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変人令息は悪女を憎む  作者: くきの助


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カフェ店員 ロイの話

(今日は来てる)


スラビーズ領の街のカフェで働くロイは、昼下がりのこの時間になるとカフェの前の公園に目をやるのが日課になっていた。


いつ頃からだろうか。

不意に現れて公園の木陰で本を読み帰って行く美少女がいる。

そんな噂がこのあたりで囁かれるようになったのは。


ロイは初めて彼女を見た瞬間、目が釘付けになってしまった。


着ている服は平民服なのに、美しい所作と醸し出す高貴な雰囲気。

お忍びなのか訳ありなのか。


いずれにしろ高位貴族の御令嬢なんだろう。

とてもじゃないが誰も気安く声をかけられなかった。


公園を横切る時など誰もがポーッと見惚れるが、足を止める猛者はいない。


彼女は木陰で本を読み、木陰が動くと彼女も後を追う。

そうしてしばらくそれを繰り返し過ごしたかと思うと立ち上がり、最初いた所に戻り自分がどの位移動したか確認してから帰るのだ。


(可愛い)


あんなに近寄りがたい高貴なオーラを醸しているのに、やっていることはまるで子供のよう。


ギャップに撃ち抜かれた。


とても気になる。

しかしロイも皆と同じ。声などかけられない。

まるで絵画を眺めるように遠くから見つめるだけで満足していた。


しかしある日ロイに好機が訪れる。

オープン部分に出してるテーブルの上を片付けながらいつものようにチラチラと彼女を盗み見ていた。


するとゴウ!という音と共に突風が吹いた。

思わず目を瞑る。

そこかしこで何かが倒れる音がした。


ロイのカフェでも表の看板が倒れ、椅子も倒れた。


突風は一瞬だったがどこの店も何かしら被害があるようだった。


(あーあ)


そう思いながら表の看板を戻しに行った時だった。

カフェと公園を挟んだ道に帽子が転がっていた。


!!


見間違うはずがない。

これは彼女の帽子だ。


バッと公園の方を見ると慌てたようにこちらに急いでいる美少女が見えた。

心臓が破裂するのではないかというくらい跳ね上がる。

バクンバクンと体から飛び出すのではないかというくらいの大暴れだ。


視界の隅で余韻のように吹いた風にコロコロと転がる帽子が見えた。

ハッと正気に戻ると走って行き帽子を掴んだ。


そしてそこで待っててというように彼女に手のひらを向けて手を軽く上げる。

彼女はロイの仕草を正しく理解し、そこで立ち止まった。


(俺の仕草に彼女が反応している。)


そう思うとまた心臓がドキーンと新たなリズムでなる。

ロイは道を横切り彼女の前まで走っていった。


緊張で汗が吹き出し、顔も真っ赤だ。

でも今走ったせいと彼女は思うだろう。

そう思うとホッとした。


「はい。君のだろう?」


自分の声ではないみたいだ。


そう自覚するくらいカッコつけた喋り方になっていた。

きっと顔つきもカッコつけているに違いない。


「ありがとう。」


ほっとしたように彼女は微笑む。


微笑んでる彼女の瞳に自分が映っている。


そう思うと落ち着かない。

嬉しくて飛び上がりそうなのに、なぜだか今すぐ逃げ出したい。

そんな矛盾した気持ちが同時に湧き上がる。


しかしロイが逃げ出さなくとも、彼女は帽子を受け取ったらすぐ立ち去るだろう。

ロイが差し出した帽子に僅かに引っ張るような力を感じる。

彼女が帽子を受け取ったのだ。


名残惜しい。

ロイが帽子から手を離す刹那そう思った瞬間、ロイに二度目の好機が訪れた。


「その本!俺も読んでる、面白いよな!」


彼女が胸に抱えてる本。

ロイもその続編を読んでる最中だった。

面白いにも関わらず周りに読んでる人がおらず寂しい思いをしていたからか、読んでいる人を見つけて嬉しくて勝手に口が動いていた。


しかし第一声のかっこつけた口調はどこへやら。

いつものロイの喋り方になっている。

カッコつけていたことがばれてしまった気がして気まずい顔になる。


が、彼女はパアっと顔を華やかせる。


「ええ!とっても!ミステリー要素もありながらも心温まる話で、何度も予想をひっくり返されて最後まで全く先が予想できませんでした。なので今改めて読み返している所なんです!」


可愛い

可愛いじゃ追いつかないくらい可愛い


ロイの感じてた気まずさなど吹っ飛ぶくらい、美少女が嬉しそうに話す様は可愛かった。


「続編は読んだ?」

「続編があるんですか!」


可愛らしい顔が驚く。


貸してあげようか。


ロイはその一言を飲み込んだ。

もし断られたら?

そう思うと勇気が出なかった。


「教えてくださってありがとうございます。今度探してみますね。」


ニコニコしながらお礼を言われる。


あ、帰ってしまう……


「いつも本を読んでるよね」

「え?」


彼女の少し驚いた顔に、ああこれじゃあストーカーと思われると、言ったそばから後悔する。

まあ実際ストーカー並みに見ているのだが。

誤魔化すように言葉を重ねた。


「木陰を追いかけて本を読んでいるから。最初は見るたび場所が違うから不思議だったよ。」


だから見てたんだよ、とでも言いたげな苦しい言い訳。


しかし彼女はそうは思わなかったらしい。

顔を赤らめて恥ずかしそうに少し俯くと


「見られていたんですね。」


カフェはお向かいですものね、と上目遣いでロイを見た。


ロイは気を失いそうになった。

恥じらう美少女。その破壊力は思考もなにもかも総て奪われるほどだった。


彼女は遠目で見れば美しい御令嬢なのに、近くで見ればあどけない顔をしていて可愛いらしい。

そのギャップもたまらない。

もうロイは取り返しがつかないくらい彼女に堕ちてしまった。


もう少し砕けて話ができたら。

せめて名前を知れたら。


しかしロイはもう彼女の可愛さを直視できなくなっていた。

彼女の足元に視線を落とした。


「そりゃあ、みんな見てるよ。君ってば噂の的じゃないか。」


だってすっごく可愛いから。


そう続けようと勇気を出して視線を上げてギョッとした。


さっきまでと同一人物かと疑うくらい彼女は血の気の引いた青い顔をしていた。

瞳には絶望が浮かび、唇はわなないている。


一体どうしたというのか。


「わ…私……」


なんとか絞り出したであろう声は震えている。

二、三歩後ずさったかと思うと「……行かなきゃ」と言うと踵を返し走り去った。


「あ!!待っ………」


語尾は消え入り声にならなかった。

無意識に彼女に向かって差し出していた手はゆっくり力無く下りていく。


失敗した。


やはり彼女はお忍びか訳ありの御令嬢だったのだ。

そんな彼女に向かって噂の的などと。


彼女はもうここには来ない。


確信めいたことを思った。


何もしなければ良かった。


突風なんて吹かなければ。


そうしたら何も起こらなかった。

遠くから見ているだけで満足していたのに。


ザアッ


まるで幕引きのように強めの風が吹く。


ロイはしばらく立ち尽くし、動くことができなかった。








早く


急いで


早く


まだよ、まだ


息が苦しくなっても足がもつれそうになってもブリジットは走り続けた。


誰も声をかけないから、見てこないから気付かれていないなどと、なんて馬鹿だったのだろうか。


そう言われて注意してみればすれ違う人はみんなブリジットを見ている。

あからさまではないがチラチラと。

それは走っているからか、噂の女だからなのか。


アベルも知っていたのだ。

街でもたった1人、知っている人がいるだけであっという間に噂は広まるのだ。

なぜ気づかなかったのか。


噂から逃げて国を出たはずだった。

それなのに噂は隣国まで追いかけてきた。


ー君ってば噂の的じゃないかー


さっきの言葉が頭に何度も響く。


もう街には行けない。


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