契約の始まり ーブリジットー
「僕の大事なベベちゃん。ご両親には僕からも使いを出すけれど君もちゃんと手紙をだすんだよ。アベルにも手紙をちゃんと送っておくからね。アベルなら大事にしてくれる。きっと幸せになれるよ。」
そういって額にキスをした。
公爵家の人々に見送られながらブリジットは隣国に向かった。
公爵家の方ではどうやら離婚を伏せてブリジットは気候の良い土地で療養することになっているらしかったがブリジットはよく知らない。
知ろうともしなかった。
ブリジットが去った後など自分をどう扱ってくれても構わないと思っていた。
この離婚が公爵家の醜聞にならぬのならそれでいい。
自分は隣国に逃げる卑怯者だ。それでいいのだ。
アベルからもらった青の刺繍のリボンを眺めながら隣国の新しい生活に想いを馳せた。
ようやく嘘から解放された。
もう誰も騙さなくていい。
それだけで心が軽かった。
公爵家はおびただしい数の輿入れ道具と護衛を用意してくれていた。
旅路には気の知れた侍女もついてくれており、のんびりと進む道のりは嵐でさえ楽しかった。
初めて会ったアベルは手紙の印象通りの人だった。
セドリックの言った通り、長めのダークブラウンの前髪からのぞくブルーの瞳はガラス玉のように綺麗だった。
すっと通った鼻筋涼やかな口元。
王子様のようなセドリックとはまたタイプの違う。
雰囲気のある美男子だった。
ブリジットの胸は高鳴った。
年が離れた彼に子供と思われぬ様、最大限大人っぽく振る舞う。
青のリボンを眺めながらどんな人だろうといつも想像していた。
変人なんて言っていたが実際会ってみればブリジットの想像など見事に超えてきた。
落ち着かなくなり知らず服を指で擦り合わせる。
「単刀直入に問うが…」
そう言われてハッとする。
ブルーのガラス玉の瞳がじっとこちらを見据えている。
ブリジットはドキドキした。
「君は悪女なのか。」
ブリジットは頭が真っ白になった。
一気に体が冷えていく。
「公爵家より手紙は届いてはおりませんか。」
なんとか絞り出した声は震えそうだった。
「手紙?それはどういった……」
届いていない。
愕然とするがすぐに思い至る。
(嵐だ……)
そこからは自分が何を言ったのか、アベルが何を言ったのか、もう真っ白だ。
「わかった。じゃあ2年だ。2年でいい。」
気が付いたら2年の契約婚を結んでいた。
嘘から逃れて隣国まで来たのに、嘘はブリジットを待ち構えていた。
そしてまた契約婚。
嘘はブリジットを捕まえて離さない。
(皮肉な話ね。)
あまりにも滑稽でクスリと笑ってしまった。
もうどうでもいい。
ブリジットはすっかり諦めてしまった。
むしろ嫌悪感を持たれて、なにも期待されていないのだから楽だと思った。
公爵邸にいた時のような押しつぶされそうな罪悪感は持たなくてよかったと思った。
離れで住む事になり関わらずに暮らせるのならありがたかった。




