契約と隠蔽 ーブリジットー
ブリジットが目を覚ました事を知ると公爵夫妻が2人して飛んできた。
「ああ、ビジィ！酷い目にあったわね、でも大丈夫よ！あなたが噂されてるような子じゃない事、上位貴族ならみんな知っているわ！」
夫人は涙を流してブリジットを抱きしめた。
「セドリックには二度と下位貴族のパーティーには行かないようにきつく言ったからね。もう大丈夫だ。忘れてしまいなさい。」
そういうと公爵はブリジットを抱きしめている夫人ごとしっかりと包み込むように抱きしめてくれた。
ブリジットは叫び出しそうになった。
しかし何と叫んで良いのかわからなかった。
悪女はブリジットが始めた事だ。
暖かく抱きしめられるほど、体がじわじわと冷えていく。
ブリジットは今まで深く考えたことなどなかった。
ブリジットにとっては舞台役者になったような気分で婚約者を演じ、その延長に悪女があっただけだ。
しかし夫妻の優しく抱きしめられ、ブリジットは当たり前のことに気付いてしまった。
ここは舞台ではない。
気付けば堪えきれず涙が溢れ出していた。
嗚咽を漏らしとめどなく涙を流すブリジットを夫妻はもう大丈夫、大丈夫だからねと優しく背中をさすってくれる。
この優しい手は自分には相応しくない。
自分はこの優しい人たちを騙している。
公爵家にお嫁に来たような顔をして、離婚を目論んでる。
最初から分かりきっていた事実はブリジットの胸を抉り、涙の止まらない彼女を夫妻はいつまでも優しく抱きしめてくれていた。
次にブリジットの元に訪れたのはセドリックだった。
「すまなかった。どんな噂が広がっているのかろくに確認もせずパーティーに行ってしまった。怖い思いをさせたね。」
実際広がっている噂はひどいものだった。
浪費家。男好き。公爵令息を振り回して喜んでいる悪女。
とても13歳なったばかりの子供にたつ噂ではない。
しかしブリジットは大人びた顔立ちと上背がある事から16、7歳と思われることが多い。
おそらくあそこにいた貴族たちはブリジットの年齢を知らないのだろう。
ブリジットに向けた視線は13歳の少女に向ける視線ではなかった。
「いいえ、セディ兄様。私がやろうと言い出した事です。」
力なく微笑むブリジットにセドリックは悲痛な面持ちになった。
「ああ、本当に悪かった！来月には籍を入れる。王都が嫌になったのなら療養したいとヒステマラ領に帰っても良いんだからね。」
そういってギュとブリジットを抱きしめた。
ブリジットは、そうだったわ、もう半年の婚約期間は終わるんだった、とぼんやり思った。
（あと、三年……）
騙し続けなければいけない。
「不名誉な噂がたってしまった。根も葉もない噂はすぐに消えるだろうが……これは契約違反かなぁ。」
セドリックもなんとなく契約のことを思い出したのだろう。
思ったより大事になり、契約以外のことをさせない、に反するかなぁと思ったのだ。
ブリジットはハッとした。
「お願い！セディ兄様！父様母様には言わないで！！」
ブリジットはパーティーでの男たちに囲まれ下卑た事を言われたのを思い出しゾッとした。
そして自身にどんな噂がたったのかを理解したのだ。
（こんな噂をされていると知ったら父様も母様もきっと悲しむ）
それはバカなことをした自分のせいだ。
そう思うとまたポロポロと涙がこぼれた。
必死に頼むブリジットにセドリックは迷ったが、実際ブリジットにここまで不名誉な噂がたったことは、セドリックにとっても後ろめたいものだった。
そんなセドリックにとってブリジットの申し出は甘い誘惑だった。
罪悪感を持ちつつもセドリックは了承した。
それがまたブリジットの首を絞めるとも思わずに。
そしてその日を境にブリジットの無邪気な笑顔は陰をさすようになる。
