契約婚 ーブリジットー
父の執務室に入ってソファに座るなり父親は開口一番こういった。
「ビジィ。最初に言っておくが、父様も母様もこの話は断るつもりだよ。わかったね。」
そう言われてブリジットは口をとんがらせた。
「聞いてみればわかるわ。楽しい話じゃないのよ。」
ブリジットの顔を見て母様が呆れたように笑いながら言った。
「今日来たのはゴスルジカ小公爵セドリック様の名代。セドリック様の頼みというのは、10代以上続く伯爵家の令嬢なら誰でもいいから半年の婚約期間と3年の契約婚を結んで欲しいと言うものだったんだよ。誰にも内緒でね。」
「ケイヤッコン?」
父親は無言でうなずく。
「書類上結婚するだけと言う事だよ。でもそんなことは本来許されない。だから表向きは本当に結婚したような演技をして欲しいとセドリック様は私たちに頼んでいるんだ。婚約期間も入れて約4年間、周りを騙し続けてほしいってことだ。そんなことお前には無理だよ。」
ね?と父親はブリジットの顔を伺うように見た。
ブリジットは首を傾げていた。
「どうしてそんな遊びがしたいのかしら、セドリック様は。」
「どうやらセドリック様には想い人がいるらしいがその令嬢は男爵令嬢。公爵家とは家格が釣り合わないそうだ。」
「んんん?」
頬に人差し指を当てて首をかしげ、クエスチョンマークを頭に何個も出しウンウン唸りだしたブリジットを見て思わず両親は笑った。
そして2人は毒気を抜かれたように、わかりやすく噛み砕いて話しだした。
ゴスルジカ公爵家は四大公爵家と言われる由緒正しい公爵家の一つ。
その家に嫁に入るとなれば公爵家か侯爵家。
しかし10代以上続く由緒正しい家であれば伯爵家でも可。といった慣例がある。
今回のように男爵家の令嬢となれば普通は上位貴族に養子に入るのが常らしいがそれを男爵令嬢は断固拒否したらしい。
「なぜっ!」
「彼女には彼女の事情があるのだろう」
驚くブリジットに父親はあっさり言ってのけた。
そこで男爵家のまま嫁ぐことができないかと調べたら後妻なら可能だということがわかった。
しかしそのためには一度結婚しなくてはならない。
だから形だけの結婚をして3年経てば、子供が生まれないことを理由に離婚できる。
そしてそのあと男爵令嬢を後妻に迎えるそうだ。
「公爵家の跡取り問題は重要だからね。しかもお前は若すぎたせいで子供ができなかったんだ、という言い訳もたつし離婚は傷にならんだろうと言われた。それに公爵家から次の結婚相手も紹介すると。しかし傷になるかならないかはお前が結婚するまではわからないだろう?その時のお相手が嫌がればそれは瑕疵なんだよ。そんなことでお前の未来の可能性が狭くなるのは父様も母様も嫌なんだ。」
「ええ!ないないないっ!!全くそんな事ないってば!」
慌てたようにブリジットは勢いよく立ち上がった。
「離婚の傷で狭まる可能性より、公爵家で学んで未来が広がる可能性の方が大きいわ!そう思わない?父様母様!」
父親も母親も力説し出したブリジットを虚をつかれたように見上げた。
「私、公爵家でたくさん勉強したい!本も読みたい!知りたいことはたっくさんあるのよ!!王都の図書館は大きいわ、きっと答えが見つかるはずよ!マナーだって!この間のルラート伯爵領のお茶会で私マナーを知らないって笑われてしまったの。でも公爵家でマナーを学んだらもう恥ずかしくなんかないわ!それにたくさん勉強したらヒステマラ領のために何かできるわ!父様と母様を手伝える!」
無邪気なブリジットの言葉は知らず両親の心を抉っていた。
そうか、お茶会で笑われていたのか、と。
ルラート侯爵領はこの辺りで一番大きく領も潤っている。
令嬢のマナーや教育は完璧だろう。
まだ子供だからと、田舎だからと、ブリジットには最低限のマナーしか教えてなかった。
領地が大変な今はそれどころではないのも事実だった。
ブリジットが好奇心旺盛で知りたがりなのは知っていた。
しかし最後に本を買ってあげたのはいつだったか。
そしてこのあたりに図書館などない。
16歳の年になったらルラート領の小さな学校に行くのを楽しみにしているがお金が捻出できるかどうかは正直わからなかった。
「ねね?いいでしょ?きっとたくさん知識を身につけて帰ってくるんだから!離婚がキズだなんて言わせないくらい素敵なレディーになってみせるわ!だからお願い!私王都に行ってみたい!」
手を胸元で組んでキラキラと話し続けるブリジットを前に父親も母親も黙り込むしかなかった。