ポンコツ聖女は逆ハーレムを望まない
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「聖女セリーナ様、16騎士団黒魔法部隊へようこそ」
暗緑色の巨大な蛇を首に巻きつけて、穏やかな微笑みを浮かべながら騎士団長は言った。
「け、敬称は要りません…セリーナと呼んで下さい」
声は完全に裏返ってしまったが、気絶をしなかっただけ褒めてほしい。
騎士団長の後ろには、真っ黒なローブに身を包んだ30名の団員とウネウネと体をくねらせる蛇の魔獣達。
その全員が一斉にセリーナを見たのだ。
◇
「セリーナは16騎士団に派遣される事になったのね?私はお隣の17騎士団よ!」
数日前、ローズが嬉しそうに言っていたのを思い出す。
「16騎士団はね、全員が蛇使いで暗い感じの人が多いけど、ちゃんとイケメンもいるわ!」
だから安心してとローズは美しく微笑んだが、セリーナは全く安心できなかった。
「イケメンはどうでもいいけど、蛇がいるの?」
「あら、イケメンは最重要事項よ!」
「私は孤児院を希望していたのに…」
「え!? 孤児院にイケメンはいないわよ?」
「別にいなくていいのよ」
ローズは優しくて素敵な女性だが、たまに会話のキャッチボールが上手くいかない時がある。
「まぁ! セリーナってば本当におかしな事を言うわね。せっかく騎士団に派遣されるのよ? ……これは、女王様として君臨できるチャンスなのよ?」
「いや、仕事しに行くのよ?」
「うふふ、私が派遣される17騎士団は全員が白魔法使いなの! 意識高い系が多いから調教が楽しみだわ」
「いやだから、仕事しにいくのよ?」
「大丈夫よセリーナ、16騎士団だってキャラ負けしてないわ! 蛇使いは嫉妬深くて執着心が強いから、きっと素敵な下僕になるはずよ!」
盛り上がるローズにセリーナはツッコミを諦めた。
呑気に漫才をしている場合ではないのだ。
どうにか今からでも孤児院に変更してもらう事はできないだろうか?
百歩譲って蛇はいいけど…いや、よくはない。
よくはないけど、蛙やゴキブリよりはマシな気がする。
セリーナにとって問題なのはむしろ人間の方だった。
たぶん騎士団員って全員男性…だよね?
あーそっか、そうだよね。
うん、そうね…上手くやっていける気が全然しない。
やっぱり、孤児院に変更してもらえないですかね?
実は、セリーナには残念な前世の記憶があるのだ。
「今日も残業頼める?」
笑顔でサービス残業を強要する上司(男性)。
「この書類明日までだから、あとはよろしくね」
新人に全てを押し付けて先に帰る先輩(男性)。
「今、何時だと思ってるんだ?仕事が終わらなかった?お前は本当に要領が悪いな!」
怒り出すポイントがよく分からない父親(男性)。
ドンドンドンドンドン!
急にキレて壁を叩き始める引きこもりの弟(男性)。
「女は愛嬌って言うだろ?そんな顔してたら嫁の貰い手がなくなるぞ〜」
酔ってセクハラ発言を連発する叔父(男性)。
「だから、謝ってるだろ?」
何度も浮気を繰り返す初めての彼氏(男性)。
男なんていなくなればいいのに…って何度も思った。
きっと世の中には素敵男性もいるはずだと分かってはいるけど、自分の周りにはいなかった。
嫌いと言うより苦手なのだ。
守ってもらえた記憶があったなら、頼りになると思えたのだろうか?
セリーナは生まれ変わっても、前世のモヤモヤした思考を受け継いでいた。
聖女は能力が現れると神殿に引き取られるため、セリーナは2歳頃からずっと神殿で生活している。
神殿は国中の聖女が集められる女の園だ。
唯一接点がある男性は神官長のおじいちゃんくらい。
能力が強い聖女達は色々な場所へ援助活動に行ったが、セリーナは力が弱かったので神殿にいる事が多かった。
聖女と言っても使える力の種類や強さは個人差があって、大聖女様と呼ばれる方々は本当に凄い。
砂漠に雨を降らせたり、ちぎれた手足を元に戻したり、枯れた森を甦らせたりするのだ。
セリーナの能力は『少し霧が出せる事』と『ほんのわずかに幸運を授ける事ができる』という、あまり役に立たないものだった。
ポンコツだって自覚はある。
でもそんな事は、聖女の派遣を希望した騎士団の人達は何も知らないのだろう。
落ち込みそうになって、ふとローズの事を思い出した。
実は、ローズだってあまり能力が強いわけではない。
だけど彼女はいつも前向きで明るいのだ。
ちょっと変な事を言ったりもするが、大切な親友で頼れる姉のような存在だった。
「セリーナはお人好しだから心配だわ。何か問題が起きたら、すぐに私の所に来なさいね? あとこれは餞別よ。16騎士団で挫けそうになった時に読んでね」
別れ際、ローズは手紙をくれた。
いつも助けてくれた頼もしいローズの顔を思い出して、セリーナは少し泣きそうになった。
早すぎるけれど、もうすでに挫けそうなのだ。
騎士団の人達に挨拶をしただけ。なのに心が勝手にダメージを受けて、ライフは0に近いほど減っている。
セリーナは荷物の中からローズのくれた手紙を探し出して封を切った。
『 親愛なるセリーナへ
この手紙を読んでいるという事は、何かに悩んでいるという事ね?
大丈夫よ、これを読んだらすぐに元気になるわ!
おすすめイケメン度 ★★★★★
騎士団長 マイケル (巨大な蛇を使役するパワー系)
穏やかな性格が少し物足りないけれど、マッチョが好きならオススメよ!
いつも大きな蛇を首に巻きつけているから、女性人気はいまいちだけれど、顔も体も完璧だと思うわ。
おすすめイケメン度 ★★★★
副団長 ジャックス (毒蛇を使役する頭脳系)
メガネキャラが好きならこの人がイチオシよ!
メガネをかけている男性って素敵よね?
神経質そうなところがいいと思うわ。
お高く止まった表情って崩したくなるわよね?
おすすめイケメン度 ★★★
赤蛇使い ルーガ (吸血蛇を使役する人外系)
遠い先祖が吸血鬼だったという噂があるの!
顔色が悪くて犬歯が尖っているのがキュートだわ。
私はムキムキが好きだけれど、軟弱タイプにも惹かれてしまうのよね。
本人が吸血できるかどうか分からないから星は3つだけれど、吸血可能なら星は4つよ。
リサーチ不足でごめんなさい。
おすすめイケメン度 ★★★
影蛇使い ダグラ (影になれる蛇を使役する探知系)
見るからにねちっこそうなところがポイント高いわね。
人や魔物の影に蛇を忍び込ませる事ができるそうよ。
これってストーカー行為に最適な能力よね?
いつも見られているかもしれないなんて、想像するだけでゾクゾクしちゃうわ。
おすすめイケメン度 ★★★
白蛇使い リネル (魂を吸い取る蛇を使役するオネエ系)
イケメンと言うより美人枠かもしれないわ。
かなりの美形だから隣に並ぶのは少し勇気がいるわね。
注目ポイントは白銀の髪をしている事よ。
黒魔法使いって黒っぽい髪色の人が多いから、白銀って珍しいわよね。
私は男らしい男性が好みだけれど、美しい男に迫られるのも悪くないんじゃないかって思うわ。
とりあえず、特におすすめの5名を書いてみたわよ。
他にもまだイケメンはいるはずだから、探してみてね。
検討を祈るわ!
貴女の心の友 ローズより 』
………………セリーナはそっと手紙を閉じた。
うん。あー…うん。とりあえず5名の団員を覚えられたから良かったと思う。
顔を上げると、窓の外には美しい青空が広がっていた。
◇
騎士団での仕事は、主に書類整理と備品の補充。
聖女の力を求められる事は特になかったので、セリーナは内心ホッとしていた。
団員達は紳士的で、グイグイ話しかけてくるような押しの強い人はいなかった。
これなら、何とかやっていけそうな気がする。
書類にサインをしてもらうために副団長を探していたら、何やら赤蛇使いのルーガと揉めていた。
「副団長!どうにかして下さい!」
「いや、しかし、金が…」
「これがないと無理ですよ?」
「それはそうだが…でも金がないんだよ…」
2人は、呪われた扇風機?みたいな形をした道具を叩いたり揺らしたりている。
ものすごく声をかけにくい雰囲気だ。
すると、気付いた副団長の方から声をかけてくれた。
「セリーナ、書類ですか?」
書類を受け取る副団長は、いつものキビキビした俊敏な動きではなかった。
何か、とんでもない問題が起きたのかもしれない。
ルーガも頭を抱えてずっとブツブツ言っている。
「あの、何かあったのですか?」
セリーナの問いに、副団長はメガネをクイっとしながら暗い顔で答えてくれた。
「実は…蛇用の魔道具が壊れてしまいまして……」
たぶん、この不気味な扇風機みたいなやつの事だろう。
「これがないと、乾燥で蛇達が弱ってしまうんです」
副団長は肩に乗せている小さな毒蛇を優しく撫でた。
紫色をした毒々しい蛇は、気持ち良さそうに目を閉じてチロチロと舌を出している。
「この魔道具は、かなり高価ですからね…」
副団長とルーガは大きなため息を吐いた。
16騎士団員にとって、蛇は仕事の相棒でもあるが大切な家族でもあるのだ。
この国の気候は温暖だが乾燥している。人間には過ごしやすいけれど、蛇にとっては過酷なのかもしれない。
セリーナは話を聞きながら何となく霧を作り出した。
「セ、セ、セ、セリーナ!そ、それは…!」
激しく動揺する副団長につられてセリーナも動揺する。
「え? あの、き、霧です…」
副団長とルーガさんは目を合わせて頷くと、両サイドからセリーナの腕をガシリと掴んだ。
「セリーナ! こちらに! こちらに来て下さい!」
もの凄い速さで、ほとんど引きずられるように連れて来られたのは『蛇専用ルーム』と書かれたドアの前。
蛇の文字はインクが滲んで怪しさを増している。
恐る恐る中を覗くと、部屋には木の屑が一面に敷き詰められていて、観葉植物や巨大な石や穴の空いた木があちこちに置いてあった。
ここは蛇の遊び場だろうか?
薄暗くて少し不気味だ。
「さっきの霧をもう一度出してもらえますか?」
2人はすがるようにセリーナを見つめている。
「は、はい……でも私、少ししか出せないんです…」
いつもの小さな霧を作ると、毒蛇と吸血蛇は嬉しそうに体をくねらせたのだ。
「な、な、なんて素晴らしいっ!」
何度か霧を出すと部屋の中はシケシケになった。
本来、聖女の霧は魔物討伐時に目眩しとして使う。
だけどセリーナの霧は、量が少ないので外だとすぐに消えてしまうのだ。今まで使い道がないと思っていた。
「こ、この霧……魔力が混ざってる…よな?」
震えるようなルーガの声に副団長は力強く頷いた。
2人とも少し泣いている。
蛇達は大喜びで部屋の中を動き回り、心なしか鱗がツヤツヤと輝いて見えた。
その後、セリーナは蛇専用ルームで霧を作るのが日課になったのだが、目を爛々とさせて体をくねらせる蛇達には今だに慣れない。
「あの部屋の霧ってセリーナが作り出してるらしいぞ」
「蛇達、明らかにパワーアップしてるよな?」
「やっぱ聖女様って凄いんだな…」
「そう言えば、白魔法部隊の奴らも聖女様が来てから変わったよな?」
「最近、あまり絡まれなくなったな」
「この前さ…アイツらムチで叩かれてたんだよ…」
「俺も見たぞ! えーと、ローズ様…だっけ? 17騎士団に派遣された聖女様に……その、踏まれたり叩かれたりしててさ……何故だかアイツら嬉しそうにしてた」
「も、もしかしたら、それも聖女様の祝福ってやつなのかもしれないな…」
セリーナの株が爆上がりしている頃、何故だかローズの株も爆上がりしていた。
◇
騎士団に派遣されて数ヶ月が過ぎ、セリーナは休みの日にお菓子作りをするようになった。
お菓子作りと言ってもクッキーしか作れないけれど。
騎士団勤務に慣れて、少し余裕が出来たのだ。
作りすぎたクッキーを見てセリーナは考えた。
これ、誰かもらってくれないかしら?
自分で言うのも何だけど、なかなか上手に焼けていると思う。
でも、セリーナは基本的にコミュ障なのだ。
仕事ならともかく、プライベートで自分から話しかけてお菓子を配り歩くなんて事は絶対に無理だった。
そんな鋼のメンタルは持ち合わせていないのだ。
少し悩んでから、セリーナは袋にクッキーを詰めた。
クッキーの入った小さな袋は全部で5個。
『ご自由どうぞ』と書いた箱に並べて、食堂のテーブルに置いておく事にした。
団員の中には甘党の人もいるだろうし、誰か食べてくれるかもしれない。
実はこれ、幸運を授ける力を込めて作ったラッキークッキーなのだ。
ほんのわずかな幸運だから、あまり意味はないかもしれないけれど。
翌日、箱の中を覗くとクッキーは全部なくなっていた。
そして代わりに、色とりどりのメッセージカードが5枚入っていたのだ。
『ありがとう』とか『美味しかった』とか『また食べたい』とか、どのカードにも感謝の気持ちが丁寧に書かれていた。
押し花やリボンが貼り付けてあったり、可愛いイラストが描いてあったり、開くと中の紙が立体的に出てくるカードまである。
セリーナは飛び跳ねたいくらい嬉しくなった。
こんなに喜んでもらえるなら、毎週作ろうかしら?
次回は、ナッツとかドライフルーツを入れて味を変えるのも良いかもしれない。
空っぽになった箱とメッセージカードを抱きしめるようにかかえて、軽い足取りで部屋に戻った。
◇
「お前、ラッキークッキー食った事ある?」
「あるわけないだろ!あれは模擬戦で勝ち抜かないと手に入らないんだぞ?」
「だよな…上位5名とか厳しいよな…」
「そんな顔すんなよ。筋トレでもしに行くか?」
「だな。いつか俺も手に入れてみせる!」
「その前に俺が手に入れるけどな!」
男達は爽やかに笑いながら訓練場に向かって行った。
いつの間にか、セリーナのクッキーは模擬戦の賞品になっていたらしい。
16騎士団黒魔法部隊には新たな鉄の掟が定められた。
一、セリーナを怖がらせてはならない
一、セリーナの笑顔を第一に考えて行動する
一、セリーナが成人するまで抜け駆けは禁止とする
この掟を守れなかった者は反省部屋行きとなるのだが、もちろんセリーナは何にも知らない。
男達は己を鍛え16騎士団はどんどん強くなっていく。
失敗する事が多かった魔物討伐は連戦連勝。
守りたい女性を背に戦う男達はとてつもなく強かった。
ちなみに、女王様に罵倒されながら戦う(白)豚野郎ども(部隊)もとてつもなく強かった。
やがて、16騎士団黒魔法部隊と17騎士団白魔法部隊は無敵の騎士団として歴史に名を残す事になるのだが、それはまだ先の話。
◇
「ねぇ、ダグラ? あんたさ、セリーナの影にストーキングしてない?」
「は? してねーし」
「この前、蛇ルームで怯えながら霧を出すセリーナ可愛すぎる…とか言ったじゃない?」
「い、言ってない!」
「ストーカー行為は反省部屋行きだからね?」
「だから、してねーし!お前だって、女子会しましょ?とか言ってセリーナとお茶してるよな? あれって抜け駆け行為なんじゃねーの?」
「お前たち! いい加減にしないか! セリーナに聞かれたらどうするんだ?」
「騎士団長! だってコイツが…」
「ダグラ、お前は反省部屋行きだ! セリーナの保護魔法は30倍強化する。もう次はないからな?」
「は、はい…」
「他のみんなにも言っておく! セリーナを困らせるような事は絶対にするなよ! クッキーのお礼のメッセージカードは10文字以内にする事! 金塊や宝石を貼り付けるのは禁止だ! セリーナが怯えて、騎士団を辞めたいなんて言い出したら困るだろ?」
16騎士団では、いつの間にか本人が望んでもいないのに逆ハーレムが完成していた。
今はまだ、みんなひっそりと爪を研いでいる途中。
本当の戦いはセリーナが成人してから始まるのだ。
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