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第一章⑤

「――……?」

「ノーラ様!」


 重たい瞼をゆっくりと上げると、ハンナがノーラを覗き込んでいた。


「ハンナ……」


 胸の苦しさと頭痛があるが、どうにか声を絞り出す。ぼんやりした視界の中、ハンナの後方に装飾の施された天井が見えて、自分が横になっているのだと察する。

 そして唐突に、それが何を意味するのかまで理解した。


(やば……っ! 私、倒れたの⁉︎)


 慌てて起き上がる。だが、ハンナがそれを阻止した。


「起き上がってはいけません! 意識を失って倒れられたのですよ」


 ハンナにそっと身体を支えられ、横たえられる。急に動いたことでさらなる目眩に襲われたこともあり、ノーラはおとなしく従った。


「……やっちゃったのね、私」


 我慢出来ると思っていた。だが、ノーラが思っていた以上にこの地とここの人々の魔力は強大だったらしい。今まで魔力にあてられて具合が悪くなることはあっても倒れることなどなかったのに、初日の数分でこんな事態になってしまうとは。


「私の落ち度です。そこまでノーラ様の体調が悪くなっていたのだと、気付けませんでした……」

「ハンナのせいじゃないわ。私が自分の限界を見誤っていたのよ。あなたには、あの場の魔力がわからなくて当然なんだから」

「ですが……」

「それより、私は倒れる以上のことをやらかしていないかしら……」


 ハンナが「はい」と頷き、ノーラに水の入ったグラスを差し出した。その時手が触れ合ったが、不快感に襲われることはもちろんない。


「『ノーラ様はお身体が丈夫ではなく、人や魔力にたいへん敏感な体質です。過剰な魔力に接すると酔いに似た症状に襲われてしまうため、念のため他の方は触れないでください』……とお伝えして、こちらまで私がお運びしました」


 それを聞いて安心する。


「ありがとう。なら誰も私に触れていないのね」

「はい。ノーラ様に触れたのは私だけです」


 公爵家の使用人たちは驚いただろう。侍女が自ら主人を運んでいくと言い出したのだから。

 だがそうしていなければ、その時点できっとノーラの問題体質はバレていた。親切で手を貸してくれた誰かの魔力を無効化する、というかたちで。ゆえに、ノーラを運ぶのはハンナでなければいけなかったのだ。


「私の体質が早速お役に立って何よりです」


 ハンナが苦笑する。実は、ハンナも珍しい体質の持ち主なのだ。


 ノーラほど稀少な――聞いたこともないようなおかしな体質というわけではないが、ハンナはこの国で一割ほどしか存在しない、〝魔力を持たない人間〟なのである。


 魔力がある者ではどうしてもノーラの世話を出来なかったため、ハンナは父が領地内から探し出してきた貴重な存在なのだ。

 だから彼女は、ノーラに触れても全く問題がない。そのぶん、この土地が高濃度魔力で満たされていることも、当然わからないのだが。


「重かったでしょ。ごめんね、ハンナ」

「まあ、これしきのこと全く問題ございません。ノーラ様はとても小柄ですし、私はこの通り力持ちですから」


 ハンナはノーラと比べてずっと上背がある。その上、農村育ちの平民出身ということもあり、力仕事には慣れたものなのだ。


「家令のアンガス様や、先程までここにいらした家政婦長のマリエッタ様も、ノーラ様のことをとても心配しておられました。本当に顔色が悪かったので……」

「もしかして、医者を呼ばれたんじゃ……」

「呼ばれそうになりましたが、『ノーラ様は早速魔力に酔われてしまったようですが、少し休めば回復されるのでその必要はありません』とお伝えしました」


 良かった、と息を吐く。公爵家で何かあった時のための言い訳は事前に用意していたのたが、早速実行してくれたハンナの冷静な判断能力には感心させられる。本当に頼りになる侍女だ。


「しかし、いきなり倒れる嫁なんてあちらの印象的には良くないわよね。出来るだけ心配も迷惑もかけない存在でいたかったのに、しょっぱなからこれじゃあ……」


 特殊体質を隠し通せたとしても、非常に身体の弱い、手間のかかる面倒な奥方という印象は免れないだろう。


(なるべくここの人たちの意識に上らない存在でありたかったんだけどな……)


 考えていると、コンコンとノックが鳴った。ハンナが立ち上がり、応対しに行く。


「ノーラ様。アンガス様とマリエッタ様がいらしています」

「お通しして」


 気持ちの悪さはいまだまとわりついているが、横になって休んだことで少しは軽減されたようなので、しっかりと身を起こす。多少なら会話をしても平気だろう。


 室内に入ってきた二人は、ただただ心配そうにノーラを見ていた。


「ノーラ様、お加減はいかがですか」

「ご心配をおかけしてごめんなさい。この通り、だいぶ楽になりました」

「お付きの侍女から話は伺っております。何か必要なものはございますか?」


 家政婦長のマリエッタは、穏やかそうな雰囲気ながら貫禄もあわせ持つ人物だった。

 こんな時に何を暢気なと思うけれど、アンガスも同様、ノーラに対し純粋に心配そうな目を向けてくれるのを新鮮に感じる。体質を知られていないというだけで、他人の見る目はこんなにも変わるのかと密かに感動してしまう。


「大丈夫です。何かありましたらお声がけしますわ」

「何なりとお申し付けくださいませ。それと、こちらがノーラ様のお部屋となっておりますので――……」


 その時アンガスの声にかぶさるように、外から誰かが言い合うような声が聞こえてきた。


(? 誰か、来る)


 バタンと勢いよく扉が開く。「お静かに!」とウォルの声が聞こえ、アンガスとマリエッタがギョッとしたように入り口を振り返った。


 入ってきたのは、若い男性だった。


「ったく、いちいちうるさいやつだな。お前が行けと騒ぐから来たんだろう」


(……え?)


 その人物の姿を見て、ノーラは息を呑んだ。断りもなく勝手に部屋に入ってきたせいでもあるが、ノーラより少し年上といった感じのその男性の衣服が、明らかに使用人のものとは思えなかったからだ。


(だ、誰⁉︎ ……いえ、もしかしてもしかしなくても、ここに来たということは……)


「ロイド様、言葉を選んでください!」


 後ろから現れたウォルが、ノーラの予想通りの名を叫んだ。


(ロ、ロイド・アルディオン……⁉︎)


 ノーラの夫となる人、本人であった。


(な、なんでここに……、というか、思ってたのとだいぶ違うんですけど⁉︎)


 イデルタでも指折りの変わり者だというから、見た目からしてぶっ飛んでいる人物を想像していた。ありきたりなイメージで言うと、ボサボサ頭で血色が悪く、いかにも研究一筋のオタクといった感じの人物を。

 しかし今ノーラの目に映るロイドは、健康的な顔色ですらりとした体躯に美しい金髪、澄んだ青い瞳を煌めかせており、何というか……一言で言うなら『たいへん見目麗しい男』であった。予想外の方向にぶっ飛んでいた。


(この人が本当に、あのロイド・アルディオン……?)


 まじまじと見ていると、ロイドと目が合った。不躾な視線を送ってしまったかとヒヤリとしたが、ロイドから投げられたのはそれに負けないくらいの不躾な言葉だった。


「なんだ、起きているじゃないか。倒れたと聞いていたが」


(ひ、一言目がそれ……)


 呆れたような、面倒くさそうな表情を向けられ、ノーラの口角が引き攣る。「言い方!」とウォルがまた嗜め、アンガスとマリエッタが渋そうな顔をする。


「到着早々倒れたから見舞いに行け、と言われて来たが、何の心配もないようだな」

「……旦那様、その前にお話しすることがあるかと……」


 頭痛でもしてきたのか、アンガスがこめかみを押さえながら言う。ウォルが耳打ちし、ロイドが「ああ」とまた面倒くさそうに片眉を上げた。



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