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第一章④


 腹を括り、扉が開いたと同時に流れ込んできた魔力に顔を顰めながら、ハンナに支えられて降りる。そこで目にした光景に、そりゃあ一段と具合も悪くなるわと納得した。

 アルディオン邸の豪勢な門が開かれた先には、ぱっと見で三十名はゆうに超える、大勢の使用人たちが頭を下げて立っていたからだ。


(恐らくこの人たちみんな、並以上の魔力を持っているわね……)


 漂う魔力の気配だけで酔いそうなほどだから、やはりさすがアルディオン公爵家といったところだろう。人数が多いとはいえ、使用人でこうなら当主のロイドはどれだけすごいのか。


(……というか、思ってたよりもしっかりと出迎えてくれてるんですが)


 ノーラはその点についても驚いた。社交界デビューをしておらず人前に出たことがない、得体の知れぬ病弱令嬢に対するには、勿体無いくらいのお出迎えだった。

 具合の悪さを表に出さないよう観察していると、先頭に立つ壮年男性が最初に顔を上げた。


「ようこそお越しくださいました、ノーラ・ミディレイ様。アルディオン公爵邸にて家令を勤めさせていただいております、アンガス・ニードと申します」

「お出迎えありがとうございます。ノーラ・ミディレイです。本日より、どうぞよろしくお願いいたします」


 出来る限り穏やかな表情を作り、丁寧に挨拶をする。しかしノーラはそこで、真面目そうな家令の表情がどこか硬いことに気付いた。


(え……、何かおかしかった?)


 よく見ると周りの使用人たちもかなり緊張した様子で立っている。ピシリと張り詰めた空気を感じ、気付かぬうちに何かやらかしてしまったかと、ノーラの背を冷や汗が流れる。

 その時、屋敷の方から一人の若い男性が駆けてきた。


「申し訳ございません、遅くなりました!」


 アンガスの横で立ち止まったその男は、ノーラに向かってバッと頭を下げた。それから顔を上げ、鳶色の瞳をノーラへ向ける。


「ロイド様の従者、ウォルと申します。この度はお迎えに上がるのが遅くなり、たいへん失礼いたしました」


(ロイド様の、従者)


 二十歳くらいの爽やかそうな青年だった。遅れたことを余程気にしているらしく、至極申し訳なさそうな表情をしている。


「初めまして、ノーラ・ミディレイです。こうしてお迎えに来てくださっただけで十分ですから、お気になさらないでください」


 肝心なのは第一印象だ。にこりと微笑むと、ウォルをはじめ使用人たちが息を呑んだ。


(えっ、今のは何?)


 やはりまた、空気が張り詰めた。しかし原因がわからない。ノーラの返答に問題はなかったはずだが、どうして皆揃って身を固くしているのかわからず、自然とノーラも身体が強張ってしまう。


(まさか私の体質のことがすでにバレてるなんてこと、ないわよね⁉︎)


 これだけ魔力を保有する者がたくさんいるのだ。ノーラの特殊体質に気付く人がいてもおかしくないのではないだろうか。何せ、あのアルディオン家なのだし。

 嫌な予感にハラハラし始めた時、アンガスがウォルに小さく話しかけ、ウォルが眉間に皺を寄せて頭を振ったのが見えた。

 そして、ウォルが意を決したように一歩前へ出てきて、さらに深く頭を下げた。


「……ノーラ様、申し訳ありません! 我が主は……その、今とても重要な仕事をしているため手を離せないとのことで、こちらへお越しになることが出来ず……」

「え」

「本当に申し訳ありません! たいへん失礼なことを申し上げていると十分承知しているのですが……!」


 ウォルに合わせて使用人一同も深く頭を下げる。皆の申し訳なさそうな様子に対して、ノーラは拍子抜けすると共にホッと胸を撫で下ろした。


(なんだ、そんなことだったの)


 つまり皆は、花婿が花嫁の出迎えに来ていないことを気にしていたらしい。ノーラの体質に勘づかれたわけではなかったのだ。


(出迎えに来てもらわなくても、私は全然気にしないんだけど)


 むしろいなくて安心しているくらいだ。この高濃度魔力に包まれている中、さらに人並み外れた魔力を保有していると言われるロイドまで現れてしまったら、魔力の強さにあてられて卒倒してしまうかもしれないからだ。

 しかし、公爵邸でしっかり教育されてきた使用人たちにとっては、気まずいことこの上ない状況なのだろう。社交界に出ていないノーラの人物像は知られていないはずだが、普通の侯爵令嬢であれば不満の意を示すところなのかもしれなかった。


(とにかく、怒ってませんよとアピールしないと)


「あの、皆さん顔を上げてください。私は全く気にしていませんから」


 出来るだけ丁寧な口調で告げる。〝全く〟の部分に力を込めすぎたかもしれないが、慌てて顔を上げた一同には不審がられていないようだった。


「ですが……」

「むしろ、こんなにも多くの方々に出迎えていただけて、嬉しく思っているところです。皆さんもご存知かと思いますが、私は身体があまり丈夫ではありません。その点ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、ロイド様の妻として誠心誠意努めさせていただきますので、これからどうかよろしくお願いしますね」


 よし、完璧だ、とノーラは思った。皆の表情が不安そうなものから一点、安堵の表情になったからだ。今のノーラの言葉で、高慢で高飛車な令嬢でないことくらいは印象づけられただろう。アンガスとウォルが表情を緩めて口を開いた。


「恐れ多いことにございます。我々こそ、ノーラ様にはご迷惑……というよりご苦労をおかけすることになるかと思いますが、何卒広いお心でお過ごしいただければと存じます」

「我々は、貴女が不自由なく、出来る限り穏やかにこの地で暮らしていただけるよう、尽力して参ります」

「ありがとうございます」


 含みのあるようなアンガスとウォルの言葉に、「たぶんこれはロイド様が相当クセあり人間なのだな」と思いながらも、ノーラは微笑むに留めた。


「それでは、早速ご案内します。長旅でお疲れでしょう。どうぞこちらへ」

「ええ」


 アンガスに続くように歩き出す。その瞬間、またもや強い目眩に襲われた。緊張が少し緩み、大きく息を吸ってしまったのだ。酸素と一緒に高濃度の魔力が肺に流れ込んできて、クラクラする。


(……っ!)


 あ、これやばいかも。そう悟った次の瞬間には、ノーラの意識は魔力の大波に攫われてしまったのだった。



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