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第一章③

「ノーラ様、大丈夫ですか? 顔色がよろしくありません」


 侍女から気遣わしげに声をかけられ、回想に気を取られていたところを呼び戻される。目が合うと、侍女のハンナはパッと頭を下げた。


「申し訳ありません。大丈夫なわけありませんのに……」


 幼い頃からノーラの身の回りの世話をしてきてくれた一つ年上の侍女は、体質のことも含めノーラのことをよく理解している。そしてミディレイ家の家人たちと違い、ノーラを毛嫌いすることもなく慕ってくれている貴重な存在なのだ。

 あの家で過ごす中で唯一の味方だったとも言えるハンナの言葉だからこそ、向けられた心配をノーラは素直に受け取る。


「心配してくれてありがとう。ちょっと緊張してきたみたい。なんだか少し息苦しく感じちゃって」

「それはいけません。窓をもっと開けましょう」

「ううん、このままでいいわ。……外の空気を吸う方が、良くない気がするのよね」

「え……?」


 なんとなくそう思ったのだ。窓から吹き込んでくる空気を吸うと、気持ち悪さが込み上げてくるように感じる。恐らく、馬車が公爵邸の敷地内に入ったせいだろう。


「たぶん、ここは魔力が濃すぎるの。だから気分が優れなくなってきたんだと思うわ」


 さすがは、王国一の魔導士名門アルディオン公爵家である。敷地に入り込むだけで、これだけの濃度の魔力を感じ取る羽目になるとは。


「そんな、どうしたら……」

「ハンナは平気?」

「私は何ともありません」

「なら、いいわ。これは私の問題だし、そのうち慣れると信じるしかないわね」


 まだ人にすら会っておらず、土地の空気だけでこんな状態になっている身としては、不安の方が大きいが。


「公爵邸に着いたら、すぐに医者を呼んでもらいましょう」

「それは……駄目ね。どうせ魔力を持っている人だろうし、近付かれたら大変だもの」

「でも……」

「挨拶を済ませたら休ませてもらいましょ。……まったく、魔法に接しない限りは、病弱というのは名ばかりのはずだったのに。これなら本当に、身体の弱い令嬢に見えてくれちゃいそう」


 良いんだか悪いんだか。正直複雑だが、良しと思った方が気が楽かもしれない。


「……ごめんね、ハンナ。普通じゃない夫婦生活をすることであなたにも迷惑をかけると思うけど、これからもよろしくね」

「迷惑だなんて少しも思っておりません。私はノーラ様にお仕えすることが出来て、本当に幸せなのですから」

「……ありがとう」


 今はその言葉が胸に沁みる。

 嫁入りの宣告から二ヶ月、父をはじめ侯爵家の人間の誰もが、ノーラへの態度をこれまでとは変えなかった。最後くらいあるかと思った気遣いの言葉なんてものはなく、それどころかようやく厄介者がいなくなると思われているのをひしひしと感じたものだ。

 そんな中、変わらずノーラを案じてくれているハンナの存在だけが、今は支えだった。


「そういえば使用人たちが話していたのですが、公爵様は光属性の魔力を持っておられるのですか?」

「……そうらしいわね」


 魔力には種類がある。魔力保有者は基本能力としてまず無属性の魔力を備えているのだが、そこへさらに、地水火風いずれかの四大元素の属性魔力も持って生まれてくるのだ。

 血縁関係にあると同属性になることが多く、ミディレイ家は代々、火属性の者が多く生まれていた。

 対するアルディオン家は水属性の家柄だと知られているが、現公爵――ノーラの結婚相手ロイド・アルディオンは、四大元素とは別の光属性の魔力を扱うらしい。


「光の魔力保有者なんて、久しぶりに耳にしました。もう存在しないものかと……」

「それがね、なんと二百年ぶりに現れたんですって」

「二百年!」


 そういう意味でも彼は有名人なのだ。魔導士として秀でているのはもちろんだが、非常に稀な魔力を持っていることで、さらに注目を集めているのである。


「イデルタ史上最高の魔導士であり、最強の魔法オタク。この国唯一の光属性魔法を扱うことが出来る人。……ちょっと肩書きが多すぎるのよねぇ」


 そりゃあ性格もぶっ飛んだものになるだろう。実際に会ったことはないが想像出来てしまう。公爵家の長男に生まれておきながら、自分の好きな道を突き進むために弟へ当主の座を譲る、なんて言い出してしまうのも納得出来る。

 ハンナは恐れ慄くような表情を見せたが、ふと何か思いついたのか、突然目を輝かせた。


「ノーラ様、光属性の魔力といえば、浄化や治癒の力に長けているのではなかったですか?」

「そうね。だから歴史上でも、光の魔力保有者は聖職者になる人が多かったはずよ」

「でしたら公爵様のお力で、ノーラ様の体調の悪さだけでもどうにかしてもらえないものでしょうか」

「それは……」


 期待の表情を見せるハンナに申し訳なくなりつつも、ノーラは首を横に振る。


「やめた方がいいわね。いくら治癒の力だとは言っても、魔力が扱われる限りこの身体には合わないだろうし、それに魔法を行使してもらうとなったら彼に近付かなければいけなくなるもの」


 治療系統の魔法は遠隔操作で上手くいくものではない。ノーラの体質について説明するわけにはいかないのだし、その手段を取ることは避けるべきだろう。


「……やはり駄目ですか」

「大丈夫。きっとなんとかなるわよ。これまでみたいに……」


 言いかけて、クラリと目眩が起こる。一段と濃い魔力を感じた瞬間のことだった。


(――……っ)


「ノーラ様!」

「だい……じょうぶよ」

「いけません、先程より顔色が……」


 これは思ったよりしんどいかも。と思ったが体勢を立て直す間も無く、馬車が停まった。御者台を降りてきた男が扉を開ける。


「到着いたしました」

「……わかりました」


(ええい、もう行くしかないんだから。行くわよ、ノーラ)



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