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底辺冒険家通信  作者: ニーティス亭夢★職
3/10

空野さんの日常 その3

昼間の活況が噓のように、普段は寝静まったような深夜のコンビニが、お祭りのような活気を呈していた。


「パパ!」


カウンター内ではなく、レジ前にうずくまり、商品の氷を額にあてた、山田の名札をつけた中年男に、ベニーちゃんは悲鳴をあげると。


「五万円貸して! 今すぐ!」


娘という特権的立場を利用し、若い肢体をくねらせ、甘言を用いている時間はない。タクシーのメーターが、容赦なく上がるから。


ベニーちゃんが女子らしい割り切りで、声を大にしてパパ兼オーナーにお願いをすると。


「邦子、なんだその恰好は? おじいちゃん世代なら」


「おいお前、不愛想接客中は名無し制服に、ジミーなすっぴんですましやがって。普段は商売〇みたいな恰好してんのか! やっぱオンナは魔物だな!」


偏屈を絵に描いたような小柄な爺さんが、制服警官に囲まれながら、ベニーちゃんに杖を突きつけ、昭和ワードを怒鳴った。


「パパも娘にエラそうなことを言えた義理ではないけどな、この惨状スルーでいきなり金貸せだ? まあ、それはいつものことだからともかく。本来ならパパではなく、ここは邦子のシフトだろ? オーナーの娘が率先してバイトをバックレてどうすんだ! ほかの若いバイトに示しがつかんだろうが!」


「なあ、俺はもう帰っていいのか?」


喫煙爺は、自分の立場が理解できないらしく、あくびしながらいった。


「いいわけないでしょ? 被害者次第だけどね、最悪、強盗致傷で逮捕送検もあり得るんですから」


中年太りの制服警官が、喫煙爺にもう戻せない現実を告げた。


「はあ? 客に対する態度がなってないこいつに、大人として注意したらもめて、つい興奮して金を払うの忘れて店出て」


「追いかけてきたオーナーさんを杖で殴って通報された」


「金なら気づいた時点で払ってたよ。なのにこいつときたら、大学アメフト部直伝みたいな、明らかに俺を仕留める気満々の、殺人タックルかましやがって。だから俺も対抗して杖で、正当防衛だろ?」


喫煙爺が、一人だけ私服の、刑事風の男に抗議すると。


「あなたね、取ったのがタバコひと箱でも、被害者に暴力振るえば、法的には強盗致傷になるし、市民逮捕は合法なんです。オーナー、どうします? 我々も深夜に働いてるふりだけは、きっちり近隣住民に猛アピールしました。告訴されると、これから取り調べとか書類作成とか。ハハ、お互い手間じゃないですか。ねえ?」


刑事は事情を説明し、意味ありげな目をし、オーナーに穏便な解決を求めたが。


「おい邦子、ちょっと待てよ。仮にタクったとしてもだ。深夜割り増しを加算してもだ。K町からここまで、五万はしない、精々三万。そうだね? 経営者としてのお父さんの目に狂いはないぞ。シフトをバックレたあげく、どさくさに紛れて二万抜こうなんて、お父さんは許さないからな!」


「はいはい、糟糠の妻をポイ捨てして、金で若いアジア系女性をゲットした、敏腕コンビニ経営者はいうことが違いますわね。でもお生憎さま。今日はホームのK町ではなく。アウェーのS北沢ですから。ライブハウスのこじゃれたサブカル娘どもに、この勝負服に、これ見よがしのゲスパ貼って、きっちり彼女ヅラしてきましたから!」


「邦子、日本には敗戦から今日まで、「S年法」という、ガキの万引きを国や弁護士が推奨する、コンビニ経営者には大迷惑な法律がある。邦子もそうは見えないが、まだ17歳じゃないか。仮に踏み倒して逮捕されたって、そもそも高校に行ってないんだから、学校を退学になる心配もない。パパは今日、娘への教育の一環として★一徹になる。パパという獅子は、心を鬼にして、娘を千尋の谷に落とすぞ!」


「パパ? それ「ちひろ」じゃなくて、「せんじん」の間違いじゃないですか!」


「..せ、せんじんの谷にならぬ、警察の闇に落とす。刑事さん、ちょっと待ってください。今から30分以内なら、強盗致傷のほかに、無賃乗車現行犯逮捕も、セットでお届けします!」


皆、黙った。


空が、白みかけてきた。


「爺さん、「世間一般の常識」と踊っちまったな。あんたはどれだけ俺が手を差し伸べても、結局、芸術家にはなれなかったな」


空野さんが、一歩前に出ると、突然、この舞台の主役のように語りだした。


「じゃあなにか? コンビニでタバコ買うと、魔法使いの店員が、げ、芸術家とやらに、変身させてくれるのか? あんた見た目もきめーが、いってることも訳わかんねえんだけど!」


私(大倉)は、久々に我を忘れた、ガチのマジギレを、至近で見た。


だが喫煙爺は、どこか悲し気だった。


テレビゲームで、どうしてもクリアできない時。


進む道の正解さえわかればクリア出来るのに。


喫煙爺は、今の「ネット時代と違い、攻略本がなくて五里霧中、何度も同じミスをし、かっとしてコントローラーを投げつけ、テレビごと壊してしまった、昭和の子供のようだった。


「我々、日本人は「美味しんぼ根性」や「世間一般の常識」に取り憑かれて生き、己の潜在能力を発揮できずに、無駄に苦しい人生を送っている。今のあなたのようにね。それらを捨てて自由になれば、あんただって芸術家になれたのに」


「あいにく、俺はゲージュツなんてもんには、とんと縁がなくてね。絵も下手なら、歌も音痴だ」


「あんたのいうゲージュツは、歌や楽器の演奏がうまくて、美麗で細密な絵が描ける人間のことだろ? だかな、それは単なる技術であり美術であって、人生に無意味な勝ち負けをつける「美味しんぼ根性」や、自分で生き方を制限して苦しむ「世間一般の常識」の奴隷どもの勘違い、たわごとに過ぎない。真の芸術とは、それらを乗り越え打破した先にある、人間の自由な生き方をいうんだ!」


空野さんは、歌舞伎役者のように大見得を切った。


世が世ならば、場が場ならば。


大向こうから、千両役者の屋号を叫ぶ声が、鳴りやまなかっただろう。


「確かにいってることは立派っぽいけど、いってるのが55歳のこどおじのコンビニバイトじゃねえ」


だが、現実のこの国の「世間一般の声」は、空野さんには無理解で、冷たいのだった。


(続く)


構成 文責 大倉さとし


国内底辺学者


国内底辺研究所 所長 主席研究員

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