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底辺冒険家通信  作者: ニーティス亭夢★職
2/10

上野さんの日常 その2

「毎朝、決まって午前四時に、タバコを買いに来る、みすぼらしい死にぞこないがいるんですよ」


空野さんは、自分のスマホに転送した、防犯カメラの映像を見せてくれた。


コンビニで店員ともめる客は、それが高齢者である場合。


以前は上級職に付いていて、パワハラ、セクハラが無問題だった、昭和気質が今も抜けていないか。


または、スマホ画面の貧相な体躯の、目だけぎらついたお爺さんのように、


「おそらく収入は国民年金だけか。ひょっとしたら」


私(大倉)も、空野さんも。


共に実家暮らし。空野さんも、今は週6の夜勤で稼いではいるだろうが。以前のMKKK時代は親の年金、78歳母が老骨に鞭打ち。自分より年下を訪ねる、訪問介護のささやかなバイト代。私(大倉)は親が残した家と死に金。


お互い安酒を飲み、生活を切り詰めて、細々と自分の財布で暮らしているが。同じ底辺でも、福祉を受けている人は、見た目の雰囲気でわかった。


「税金で吸うタバコはうまいか? そもそも我々は福祉のお世話に..まだなってはいませんし。納税といっても、消費税と酒税はきちんと納めています。そんなある意味、底辺の輩同士に対し。下には下がいるが、俺だって以前はこんな立場ではなかった。上からかかってくる、底辺イキり系の、「世間一般の常識」の奴隷系迷惑客もいるんです」


スマホのお爺さんは ぶっきらぼうに、いつもの! レジの空野さんに怒鳴った。


「江戸っ子気取りなのかもしれませんが、ここは埼玉ですよ」


ほら、いつものタバコだよタバコ! 毎朝、買いに来てるんだから覚えろよ!


イキるお爺さんを、能面のような無表情で見て、無言の空野さん。


「55歳、コンビニ夜勤中の、バイト店員なりに。この「世間一般の常識」の奴隷として、コンビニという教会で無駄に踊る爺に対し。僕はモディリアニの《マリオ・ヴァルヴォーリ》を意識した、「芸術家」ポーズで接客しているつもりなんですが」


以前、今日は見かけない、相方の女子店員から。


空野さんて、ガチンコ過ぎて協会をクビになった元親方を、ミイラ化したような外見ですよね。


そう評されたことがある。と聞かされてことがあった。


「でもこれを見ると、彼女のいう通りだ。はは、きっと僕が非正規30年で痛烈に浴びた数々の風雪が、顔に浮き出ているんでしょうね。痛みに耐えてよく頑張った、乾燥した。みたいな」


セクシー。これぞ本家横須賀を超えた、元祖埼玉セクシーだ。


空野さんが、スマホのポーズボタンを解除すると、喫煙爺とのやり取りが再開された。


「番号をお願いします」


「だ、か、ら、セブンだよ! 白地にお星様きらきらの、セ、ブ、ン! あんた何年このバイトやってんだよ! え、結構いい年なんだろ!」


それとない、「世間一般の常識」の奴隷ならではの、無意味なマウント取り。


ネトウヨヤホーター、涙目パヨク、フェミリスト(後日、別稿詳報)らが、平日の昼間から集う、あの掲示板、あのコメント欄、SNS。


底辺系「世間一般の常識」奴隷同士では、よくある無意味なマウントの取り合いが、ネットに不慣れな喫煙爺社会でも起きていた。


「番号をお願いします」


スマホ画面の空野さんは、首を傾げたモディリアニポーズを崩さず。氷の棒読みから、絶妙な誰もが不快を覚える間を演出し。まったくの無表情で、早朝から無駄に元気な喫煙爺を、容赦なくヒートさせた。


「日本のコンビニと掛けて、欧米の教会と解く。その心は、欧米の教会の牧師は、日本のコンビニ店員。協会は聖書、コンビニはマニュアル。どちらも教えを曲げるわけにはいきません」


こいつは座布団だ..いや、いきなりハワイ旅行だ..


空野さんは、日曜夕の、大喜利番組の声色でいい、顔は無表情のまま、ペチッ。軽く額を叩いた。


まさか午前四時のコンビニで、神のしもべ(空野さん)と、悪魔の使い(喫煙爺)の、「世間一般の常識」脱と現の、ガチンコ相撲が繰り広げられていたとは..


「以前、テレビで、極太だけど可愛い女装家と、あだ名付けをやめてから退屈になった、元八百長冒険旅行芸人が。コンビニの24時間営業を論じていたのを、僕は偶然見て、メロス張りに激怒したんです」 温厚な空野さんが激怒した芸能人。二人とも上級ならぬ、庶民派を自称している、バラエティー番組の人気者だ。


「彼らは、深夜の路上で危険な目にあった一般人が、助けを求めて駆け込める防犯上の理由で。コンビニは24時間営業をしている。とんでもないおバカ勘違いをしていました。で、その視点から、コンビニの深夜営業は必要ない。ああ、奴らはコンビニ夜勤の真実を何も知らない。同じ田舎出の非正規でも、奴らは成功者だ。お財布パンパン系の、コンビニ夜勤の真実などに興味もない、隠れ上級国民なんだ。僕はその日のうちにアマゾンプライムに加入しましたよ」


確かにコンビニの深夜勤がなくなったら、激ヤバ警報発令中のメロコア系バンドマンや、役者志望の小劇団員は、どうやって食っていけばいいのだろう?


「夢見る系もそうですが、リストラされた40代のリーマン。奴らが再就職するまでのつなぎ。福祉に頼らないセーフティーネット。それがコンビニ夜勤の役目であり、教会同様、24時間開いている意味なんです。夜勤で週5入れば、手取り20くらいになる。円じゃないですよ、万です。とりあえずそれで生活しながら、昼間は就職活動をする。深夜のコンビニのバイト店員といっても、誰もが僕のようなもう後がない、崖っぷちだからこそ「世間一般の常識」を捨て、悟りを開いたコンビニ牧師じゃない」


空野さんは、伊達に非正規30年を貫いてはいない。


私(大倉)はぐうの音も出ない、空野さんの火の玉ストレート理論に、詳しい意味はよくわからないが、そのふつふつと湧き上がる心意気。魂の叫びに圧倒された。


「ただ、最近はコロナの影響で売り上げが落ち。稼げるコンビニ夜勤は、オーナーとか家族が、経費節減のために、持ち回りで入っていて。夢見る系、リストラ系には、冬の時代と聞きましたが」


私のペンを持つ手に力が入ると、空野さんも、我が意を得たりと、大きくうなずいた。


「最近はコンビニの夜勤といえど、縁故がないと入れない。それがない非正規底辺には、ホームレス待ったなしの、絶望的な社会になりました。上級でも縁故、底辺でも縁故。それが全政治家が見て見ぬふりをするこの国です。僕だって叔父さんがコンビニオーナーだったからこそ、土俵際でセーフティネットに救われた。だからこそ、僕はただのバイト夜勤ではない、コンビニ牧師として、「世間一般の常識」の奴隷根絶にこの身を捧げ、力を尽くさなければいけないんです」


「空野さんという、「世間一般の常識」から逸脱、ええっと、解脱したコンビニ店員を装った牧師に。「世間一般の常識」の奴隷として、無意味な価値観に踊らされている、午前四時の喫煙爺が、今の「世間一般の常識」からの救済対象なんですね?!」


「僕はいつ何時、このコンビニで、誰の「世間一般の常識」とも闘う用意があります。コンビニという、長方形のジャングルは、「世間一般の常識」の奴隷が、この僕によって解放、救済されるための教会なんです。いつ死ぬかもしれない高齢、孤独な独身、団地住まい、福祉生活。なおかつ、いまだに喫煙までしている。働いたら同様、それが恥だと思ったら、その人は「世間一般の常識」の奴隷であり、人として最初から終わってるんです!」


ドーン!!


どこからともなく幻聴が聞こえた。ような..気がした。


「喫煙厨の、死にぞこない底辺三冠王が。コンビニという教会で、牧師である店員を装った僕に。兄ちゃん、夜遅くまで精が出るね。ああもう朝か。やめられないとまらないヤニひと箱、44番せぶんすたおねしゃす! かー、ヤニも高くなったね! ライブハウスのドリンク代かよ。でも、お上に税金納めてると思えば安いもんだ。などと、例え埼玉でも正しい江戸っ子を気取れば。あの死にぞこないの喫煙厨も。今時タバコなんて吸ってる俺、かっこ悪い。しかも福祉の金でタバコを買ってる俺..よーし俺、この「世間一般の常識」の奴隷ゆえの、虚しさ、居心地悪さを。俺より底辺のいい年してコンビニバイト店員だと誤解している、このミイラ花親方にぶつけちゃる。前者を選べば、死にぞこない喫煙厨は、「世間一般の常識」の呪いから解放、救済されるんですが、現実は」


空野さんは顔を曇らせ、手ならぬ、スマホをじっと見て、ため息をついた。


「つまり喫煙爺は、欧米の人が、聖書の教えに沿えない、みじめな自分の生き方。日本の「世間一般の常識」奴隷同様、神の道に外れた自分を恥じる気持ちに耐え切れず。人大杉な場で金で買える高性能銃を乱射し、自らも無駄死にする。聖書の教えを「世間一般の常識」に置き換え、照らし合わすと。恥ずべき人生を生きている誤解を忘れるため、高齢コンビニバイト店員を逆恨みしたあげく自分より下だと決めつけ。銃乱射の代わりに、午前四時の横柄な態度になっていると?」


「ええ、コンビニという名の教会で、アルバイト店員のふりをした牧師の僕に対してね。おい、俺より下の負け組コンビニバイト、いいからタバコ出せになるんです」


「つまり、「世間一般の常識」に囚われ、幻想の恥辱感に負けた、喫煙爺の横柄には。痛み耐えて乾燥した非正規30年の、からっからのミイラ顔で対抗するしかない。そういうことなんですか?」


空野さんは、スマホをぎゅっと握り。


「死にぞこないの、「世間一般の常識」の奴隷系喫煙厨に接客するとき。僕はコンビニ店員の皮を被った牧師、聖書に負けないコンビニマニュアルを超えた、エクソシスムの封印を解くしかなかった。そうして僕は、「世間一般の常識」という悪魔に囚われた、死にぞこないの喫煙厨から。「世間一般の常識」という悪魔を追い出し、正常な好々爺に戻すエクソシストとして。日本の撒く、清めるのの、塩文化に敬意を表し。塩接客で死にぞこないの喫煙厨に、毎朝、「世間一般の常識」退散! エンドレスリピート悪魔祓いを施しているんです。僕の塩接客はやる気がないんじゃない。ラジオ体操を超えた、「世間一般の常識」奴隷客に対する、早朝コンビニ悪魔祓い。という意味があるんです」


深い..


あまりに深すぎて、私(大倉)は息が出来ず、窒息してしまいそうなほど、空野さんの塩系神接客の意味は深かった。


喫煙爺も、心のどこかで「世間一般の常識」の奴隷たる己に気づき。


空野さんというコンビニ牧師の悪魔祓いを無意識に求め、毎朝、タバコを買うふりをしながら、塩接客覚悟でコンビニ教会に通う、ある意味、熱心な信徒なのだ。


と、そこへ。


「やっぱここか。ねえミイラ乃花、店に午前4時の迷惑じじいが早出して来ててサ、パッパが大苦戦してるんだけど。あたし、そこにタクシー止めてて、早く精算しないと、どんどんメーター上がっちゃうんだよね。叔父さん、今すぐ物言いつけに行って、パッパの財布解放してくんない?」


プロレスのブッチャーの額のような腕をしている。


背中にSガリアならぬ、Sンリオキャラの痛タトゥーをしている。


「偶然」着替えを見てしまった。


空野さんは、その時ばかりは、悪魔の顔でいったが。


「山田氏、今日は午後10時からのシフトだったはずでは?」


「オーナーの娘」という、同じ縁故系相方に冷ややかにいうと。


「親方さあ、夜職女子の無断当キャンなんて、今どき「世間一般の常識」でしょ? アテンダーの嘆きツイートくらいチェックしといてよ。あと、じじいのタバコ番号同様、いい加減覚えてよ。あたしは山田邦子改め、べにーきちがわだから」


私はブラックピンクのリサを下品にしたような、埼玉系ギャルの山田嬢に思わず聞いた。


「その名前、どういう字を書くんですか?」


私が「国内底辺学者」としての、フィールドワークの一環として聞くと。


「はあ? こんなよくあるアーティストネームすら、聞かなきゃ分からないの? おじさんひょっとして中卒?」


私が「世間一般の常識」の奴隷なら、知られたくない弱味を突かれた。


「世間一般の常識」に惑わされ、大真面目に怯むところだが。


「ああそうだよ」


こう見えて、「世間一般の常識」からも、「美味しんぼ根性」からも、完全解脱した男だ。


私がさわやか告白すると。


「マジすか。あたしも中卒なんすよ。いや、やんちゃしすぎて、中学全休だから、小卒かな? テヘッ」


コンビニ牧師たる空野さんは、「世間一般の天然」も見逃さなかった。


「おいベニー氏、君は何を言ってるんだ! 失礼じゃないか! この大倉氏はな、こう見えて、「美味しんぼ根性」からも「世間一般の常識」からも完全解脱した、真の上級国民として。かつては中卒、今現在も実質夢★職をものともせずにだ。「国内底辺学者」を自称し、我々、底辺のためだけに、暗躍する、夜だけに。それは御立派な、来世ではワイドショーの、文化人枠のコメンテーターを務めるかもしれない、気鋭の論客的な「大センセイ」なんだぞ!」


私は虚を突かれた気がした。


確かにワイドショーで、机上の空論ばかりいう、レギュラーコメンテーターたちが。平然と「学者」を名乗っているのを見て。


ならワイ(大倉)も「国内底辺学者」でええやんけ。なにせ、夢★職でフットワークも軽いしナ。わっはっは。


安易に自称したのは事実だ。


まったく、ブーメランという兇器は、予期せぬところから、突然、飛んでくるものだ。


だが、私には、「国内底辺学者」としてのフィールドワークで得た秘策があった。


私は心の中で、全身全霊で、誰にも聞こえぬよう、魔法の呪文を唱えた。


論破されようが、とんちんなことを言って笑われようが、全部なかったことにしよう。


ひろ、イッキッー! するぞー! ひろ、イッキッー! するぞー! 徹底的に、ひろ、イッキッー! するぞー!


魔法の呪文を唱えると、萎えかけた気分が嘘のように消え、もりもり元気が湧いてきた。


「へえ、そんなにエラい人なんだ。で、親方とはどういう関係なの?」


高齢底辺同士。「世間一般の天然」には理解しがたいだろう、お互いの立場を思いやるがゆえに、言いづらいこともある。


空野さんが思わず口ごもったので、


「友達だよ」


無防備な若い「世間一般の天然」にも理解出来るよう、私はタメ口チャンスを逃さず告げた。


「ええ! 親方、友達いたんだ!」


若い女子特有の、屈託のない、素直な驚きだった。


虚を突かれた私は、今度はアウェーの異世界に迷い込んだ気がした。


「兼、マイミクだよ」


空野さんが、闇夜から轟くような、氷の棒読みで付け足すと。ベニーちゃんは冷えた場を取り繕うように、いきなり私のポケットからスマホを奪い、自分あてにメールを打った。


「はい大センセ、これがあちしの名前です。ラインはセンセイが叔父さんとの「本当の関係」をカミングアウトしたら教える。あとミクシィはやってないんでソーリー」


ベニー気血側、と書くらしい。


そういえば、殺巣鬼親などと名乗る、同じ若者(年齢非公表)もいたな。


似たようなDNFネームのこの女子も、私(大倉)に未知への扉を開いてくれる、新たなフィールドワーク候補なのかもしれない。


「それより、お父さんは大丈夫? 死にぞこない喫煙厨ともめてるんだろ?」


「ああ、そうだった! とにかくタクシー代が無駄にアゲアゲしちゃうから、親方、水入りでも八百長でもなんでもいいからサ。今すぐ物言いつけて、パッパのお財布だけでも解放してあげて」


コンビニという教会で、パート店員という非正規牧師のエクソシスムにより。「世間一般の常識」という悪魔に取りつかれた、喫煙爺の悪魔祓いが、空野さんの塩接客によりいよいよ佳境に入ったその時に、まさかの爺の早出。ベニーちゃん無断欠勤による、社長との対戦カード変更。


昭和のS日なら暴動が起きていたな..


それより、スマホの続き。空野牧師対「世間一般の常識」の奴隷たる、喫煙爺との、前哨戦対決の結末はどうなったのだろう?


前戦の結果を見ないと、最終戦を楽しめないじゃないか。


そこへ..


「え! なになに!」


闇夜を切り裂く、大音量のサイレン音に驚いて、全員で見に行くと。


サイレンを鳴らした、あわやダイナミック入店しそうな、大急ぎのパトカーを先頭に。警察の原チャ、御用だ自転車が、深夜のコンビニ駐車場に殺到して来た。


(続く)


構成 文責 大倉さとし


国内底辺学者


国内底辺研究所 所長 主席研究員



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