4 最後の贈り物
まるで誰かが整えたみたいにまっすぐ伸びる、深緑のくきの先。
たくさんの薄い花びらが、ふんわりまとまって、手のひらほどの大きさの神々しいまでに美しい真っ白な花が一輪。 深い闇の中で天にむかって伸びるその姿は、クリスのまぶたの裏にいる聖女様のイメージとぴったり重なった。
二人は沢からバッグを回収し、もろもろ準備を整えると、タヌキが一歩前にでた。
クリスの荷物をほどくと、持ってきた暗幕で鳥かごをくるんだ。
「ボン。 そこが陰になるように布引いて」と細かく指示をする。
そして、光が届かない鳥かごの中に花を入れ、すっとナイフで切り離す。
それから手早く油紙を筒状にして、花をそっとくるんだ。全て、光の当たらない鳥かごの中での、あっという間の作業だった。
タヌキのあまりの手際の良さに、
「これだけ?」と、クリスはたずねる。
タヌキは気軽い様子で、
「あとはカゴを落としたり、急にゆすったらあかん。 転ばんように帰るだけや」
暗幕越しの鳥かごを、水平を保つように確認しながら、クリスのバッグに詰め込んだ。
そして、崖を迂回しての帰り道。 急げばおそらく間に合うはずだ。
先頭のタヌキが、ふりかえらずに話し出す。
「このガーデニアいう花の特別なところはやな。 手順を踏まずに持ち帰ってもただの綺麗な白い花やねん」
「そうだよ。 気配はすごいのに聞いてたような、香りがほとんど無いなって不思議だったんだ」
「森で取った花を、暗幕にくるんで持っていく。
その後、夕日の中で取り出すと、白い花びら全体が、夕日を吸って橙になるんや。 そしてその時とってもかぐわしい香りが広がるらしいねん。
香自体は一瞬で消えるけど、誰も忘れることは無い言われてる」
「素敵だなぁ。 聖女さまにぴったり合う贈り物だね!!」
ようやくコケだらけの森を抜けた。 ここから先は山道を使って一気に帰る。
山道の木々の切れ間から見上げた空の様子が、二人を焦らせらせる。日がずいぶん傾いていた。
「だいぶ時間かかってもうた。急がんと間に合わんな」
「明後日、聖女さまとお別れだけど、ボクは会っちゃだめだからさ。 多分の明日の夕方で最後なんだ。 あと2回だけ」
クリスは、頭の芯まで疲れていたが、ここで立ち止まるわわけにはいかない。 聖女さまが帰りを待ってる。
「今まで全部ありがとう。 聖女さまこの花のこと忘れずにいてくれたらいいな」
せやね。とタヌキ。
そして、タヌキはクリスに最後のアドバイスをした――。
◇◇◇
屋敷にほとんど近づいた時、夕日は山の端にほとんど差し掛かっていた。
体を揺らさないように、器用に駆け出すクリスの背中に、タヌキは呼びかける。
「最後のおさらいや! まずは?」
「夕日の窓辺でプレゼント!!」
「次ぃ!」
「僕は聖女さまが好きです!!」
「最後ぉ!」
「返事は明日この場所で聞かせてください!!」
「上出来や! ほながんばりや」
うん。 と一言残し、クリスは覚悟を決めた男の表情で屋敷に帰っていった。
◇◇◇
翌日の朝。 タヌキがどれだけ待ってもクリスは酒場にやってこなかった。
「……便りが無いのがいい便り、ならええんやけども」
その後タヌキは、いつも待ち合わせに使う場所をめぐり、どこにもクリスが居なかったので、夕方まで一人、川でぼーっと釣りをした。 凪の川は、あまりに静かで結局成果は得られないまま帰宅する。
日も暮れて、タヌキが酒場で飯くってたら、しぼみにしぼんだ様子のクリスが、ふらふら酒場に入ってきた。
「ボン!! こんな時間になんやどないしたんや!?」
クリスはグズグズ泣いていた。
からがら、タヌキが聞きだした内容はと言えば、「きのうあれからいつもの図書室で聖女さまに会った。 花をとっても喜んでくれた。 手はずどおり三つの作戦は成功した」というものだった。
「好きですって言って、お返事は明日聞かせてください」ちゃんと言えたんだ。と、クリスは話す。
「練習通りできたやないか。 それで? 聖女さんの今日の返事は?」
とたんに表情が曇るクリス。
アカンかったのバレバレや。とタヌキも肩を落とした。
「今日は朝からずっと図書室でまってたんだ。 でも約束の夕方になっても、暗くなっても聖女さまこなかった。 これってダメってことかなぁ?」
最後は涙でタヌキの耳にはほとんど聞き取れなかった。
「何か事情があったのかもしれん。 それにやな、会えなくても手紙書いたらええ。 男があきらめたら聖女さんは、一人ぼっちになるやもしれん。 それでええんか?」
クリスはぐううと泣いて、かぶりをふった。
「きっとまた会えるわ。 あの石を枕の下に置いて今晩寝てみい。 悪い夢は見んはずや。 今日はゆっくり休みぃ」
タヌキは、うぐうぐと泣くクリスの手を引いて、屋敷まで送った。
頭上に浮かぶ大きな月が、ヨタヨタ歩きの二人をじっと見守る、静かな夜だった。
屋敷の裏口の前には、執事のセバスが無言でたたずみクリスの帰りを待っていた。 老いたこの男におそらく知らないことはないんだろう。 タヌキは黙って目だけであいさつすると、
「ほな」と言ってクリスと別れた。
◇◇
クリスは、無言のセバスに手を引かれ自室のベッドに腰かけた。 セバスはそれから濡れた暖かいタオルを渡してくれた。
もそもそと寝巻に着替え終わった頃、クリスは、いつも悲しいことがあった日に、出てくるホットミルクを受け取った。
ベッドサイドの引き出しから、半分のメノウを取り出す。
ランプの明かりをわずかに照り返し、落ち着く色で輝く石。 気付けば眠りに落ちていた。
◇◇◇
夕方のいつもの図書室。 扉を開けて入って来たのは、聖女さまだった。
「ごきげんよう。 待ちましたか?」
ぼくは練習したとおりに、今来たところです。と言った。
聖女さまは、ぼくの目を見て、
「すばらしい贈り物をありがとう。 クッキーも、宝石も、お花も、こんなに素敵なものを誰かからもらったのは初めてで、とっても嬉しかったです」と、言った。
涙が出る程綺麗な声の聖女さまに、僕はほんとは、どうして?と、色々聞きたかったけど、がまんする。 左手はどうして今日はあるのですか? お体の調子は治ったのですか?
ボクは、涙が止まらない。 考えればわかる。 子供みたいな質問をして聖女さまを困らせたくない!!
そしたらポロポロ涙がでた。 言葉は胸の中で、浮かんでは遠くに消えていく。
すると聖女様は、僕の手をいたわるように、両手でくるんだ。
聖女様の手は、お日様みたいにあたたかく。 月のように滑らかだった。
いつもはボクばかりおしゃべりなのに、今日のボクは黙ってうなずく係。
「自分が守る世界を、最後に見て回りたかった。 覚悟ができました。 ありがとうクリス」
聖女様はにっこり笑う。
初めて呼ばれたボクの名は、初めて聖女さまにさずけられたかのように、ボクの魂になじんだ。
(最後? 毎日お手紙を書きます。 毎日、石に祈ります。 だからたまに僕のことを思い出して――)
ほんとはたくさんお願いしたかったけど、出てきた言葉は一言だった。
「ぼくは聖女さまが好きです」
ボクの手をとる聖女様は、にっこり笑って、ボクの額にキスをした。
見上げた聖女様は この世で一番きれいだった。
言葉はついに空へ帰りそのまままばゆい光に消えた。
◇◇◇
夜明けの薄暗がりの中、シェパード男爵家より、去っていく一台の箱馬車があった。
その窓枠に、朝日より赤い一輪の花が刺してある。
花の名前はガーデニア。
またの名を「黄昏香」
花言葉は「それでもあなたを忘れない」
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