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3 ガーデニア

 両開きの木製窓扉の隙間から差し込む日光を顔に浴び、寝返りをうったタヌキは、何かの気配を感じ薄く目を開いた。 

「ヒィッ!」っと息を吸い込み、飛び起きる。

 枕元に黙って立っていたのは、クリスだった。


「なんやびっくりしたぁ!!! ボンか。 おどかすなやぁ。 おるならおるで声かけんかい!」

 壁際まで飛びのいたタヌキの背中で、シッポの毛がぼわっと逆立ち舞った毛が日光に踊る。 

「わしゃタヌキやぞ。 気ぃつけぇ」 衝撃であわやブラックアウトするところだった。

 ベッドを汚したら当然店主に金を追加で取られる。


 本当に危ういところだったと、タヌキはクリスをにらみつけた。 

 そして、目の前の少年がまとうあまりの暗い雰囲気に、責めてやるのもかわいそうだと思いなおす。

「……何があったんや しんきくさい顔して?」 


 そこには、いまだまっすぐ立ったまま、下唇を噛み、ズボンをぎゅっと握ったクリスがいる。 

「……恋ってつらいんだね」


「ほんまに何があったんや?」 ようやく肩の力を抜いたタヌキは、ベッドのふちに並んで腰かけるようクリスを促した。


 しばらく下を向いていたクリスが口を開いた。

「……聖女さま、明後日帰っちゃうんだって。 父さまがセバスとそう話してた」


「そうか。 そら悲しいな。 ……そんで石はどうやった?渡せたんか」


「渡せたよ。 聖女さま、ありがとうって。 でも、今度は目の調子が悪くなっちゃったのかも。なんか仕草がそんな風に見えたんだ。」

「なんにもうまくいかないよ。 聖女さまに喜んでほしいだけなのに」


 決定的にフラれたわけではなさそうで、ひとまずタヌキは安心した。


 タヌキはつとめて明るく振る舞う。

「なら次のプレゼントは決まりやな」


 え?と顔を上げたクリスに、

「明後日までは、まだまだ時間あるやん。 ボンも男や。 聖女さんに悲しい顔は見せたらあかんで」

 タヌキはクリスの肩をぽんぽん叩くと、

「いい匂いのプレゼントを選ぶんや。 それなら目が悪くても喜んでくれるやろ?」

 

「……っ! 花だね! そうしよう。 そうだ! 選ぶの手伝ってよ!」

 単純たのじのクリスは、聖女さんが喜ぶ先ならどこへでも行くんだろう、とタヌキは思う。


「いや、買うんやない。 ボンが花を取ってくるんや」

 

 元気になったクリスは目を大きくして、タヌキの肩をぐんとゆさぶる。

「行くよ。 どこだって!! どこに行けばいいの?」

「……場所なぁ。 結構遠いぞ?」


 クリスは腰を探り、取り出した財布をそのままタヌキに差し出した。

「モイモイお願い。 ボクの銀全部あげるから手伝って」

 

 タヌキはベッドの上にすくっと立ち上がり、つられてクリスはベッドから降りて、自然と目線が釣り合う二人。 

 タヌキの馬手(めて)にはクリスの財布。 弓手(ゆんで)をクリスの肩に置き、タヌキは突然謝った。

「ボン。 ……俺はその言葉を聞きたかったんや。 ボンの覚悟を試したんや! スマン! 許してくれ!」

 男と男の握手を済ませると、  

「ほなこれはボンがもっとき」


 タヌキはじゃらじゃらと銀を抜くと、空の財布をクリスに返す。 


 そしてぴょんとベッドから飛び降りて、

「いこか。 遅くなるとアカンさけ」


 手の中の財布を見たクリスは、おばあさんだと思って話しかけた相手が、実はおじいさんだった時のあの何とも言えない表情を一瞬したが、すぐに気を取り直し、

「……うん。 いこうか!」

 男二人が、旅にでる。




 一階におりると、まずタヌキは宿の店主に声をかけた。

 そして、鳥かごと、厚いカーテン布を鉄貨3枚で借り受けた。もちろんパン二つをつけてもらうことは忘れずに。


 そしてそれら荷物を袋にまとめてクリスが背負う。何に使うのか疑問には思うが、タヌキのやることを信頼しているクリスは黙って従った。


 酒場を出た二人は、裏手にある井戸で革袋2つに水を満たす。


「今からいくんはボンとこの持っとる山や。 そこにしか目当ての花はあれへん」

 

「何ていう名前の花なの?」


「こっちじゃガーデニアって言われてる。 めったにない貴重な白い花や。 前に、キノコあれしようとしてたまたま見つけたんや。」


「危険な獣や魔獣さえいるかもしれん。 やめるなら今やで?」


「いくよ。 ボクは聖女さまにプレゼントするんだ。 それで好きですってちゃんと言いたい」

 どうやら、昨日も言えなかったようだ。



◇◇◇


 クリスの屋敷の脇を抜けた二人は、巻き割り小屋の裏からそのまま茂みに入っていった。 


「モイモイどうして道の無いところを進むの?」

 タヌキの後ろにぴったりついたクリスが、顔にまとわりついてくる草をかき分けながら問いかける。


「ボンとこの狩猟番に見つかったらかなわんからな。 薪取りの山道は使えん」

「どのくらい歩くの?」と聞くクリスにタヌキは、

「順調に行ってもたっぷり3時間はかかるで」 

 クリスは、頭の中で帰宅時間を計算した。 夕方までには十分帰ってこれるはず。


「恋の試練やな」

「恋ってやっぱり大変なんだね。 大人はみんなこういうことやってるのか」

 と、クリスは半ば独り言のように言う。


 答えに自信はなかったが、一応「せやね」と答えるタヌキ。


 それから二人は無言で進む。 鳥の声と風に揺れたはっぱが触れ合う音以外、二人の呼吸の音だけの行軍。 野生の獣が育てた道を無心で歩いた。 


 モソモソ藪をかき分けて抜けた先、やっと勾配が緩やかになった。

 

 ここまで来ると、頭上は葉っぱに覆われて太陽の位置がもうわからない。 

 どんどん森が深くなる。 辺りは杉とブナに覆われ、いよいよ視界も通らない。

 枯れ葉の絨毯の上を二人は、一緒にサクサクあるく。ひたすら似たような景色を進むうちに、クリスは方向感覚を失ってしまったが、どうやらモイモイには関係無いようだった。


 タヌキは、ときおりクリスを振り返っては、「あの実は喰える」 「あの花は触るとかぶれる」「あれは毒」と、ずいぶん山に詳しい様子。 そうとうな期間父さまの山で遊んでたんだろうとクリスはぼんやり思ったが、モイモイの話を黙ってふむふむ聞くにとどめた。


 今日はこの冒険を聞かせたい。 聖女さまに山の様子を知ってほしい。 クリスは、とりとめもなくそんなことを考えていた。


 

 下草の植生にシダが混ざりだしたころ、地面の枯れ葉がしけりだした。ここまでもう何時間歩いたかクリスには分からなかった。 


 無心で歩く。  

 コケだらけの石に足をすべらせ、うわあ。 うわあ。 と、クリスは何度も転びかけながら、それでもただひたすらに進む。

 

 モイモイは、そのたび少し休むか?と尋ねたが、もう少し行こう、とクリスは根性をみせた。


 そして、コケだらけの大きな大きな樫の木に行き着いた。 


 唐突に、水の流れる音が聞こえる。

 道中で、水は飲み干しており、二人の革袋はずいぶん前に空っぽになっていた。 クリスは喉がカラカラだった。

 モイモイは、ニヤリと笑って振り返えり、

「着いたで。 帰りは使えんけど、ここから行った方が早いんや」 

「この先が今日の目的地や。 よう頑張ったなボン」

 クリスはぜえぜえ言いながら、やっと水が飲めることに安堵する。

「よーし。 あとは花を探すだけだね」


「とはいえその前にここのぼらなあかんねん。 勾配(こうばい)40度近いからやな落ちたら墜落言うらしいで」

 クッキーみたいにぺったんこになってまうなとモイモイ。

「笑えないよモイモイ」


 見上げた先は、モイモイが住む酒場の屋根ほどの高さのほとんど崖のようだ。


「よっしゃ。 いこか」

 急斜面に生えた細い木を手掛かりに、タヌキが進んだ道をゆっくりクリスもついて行く。

「足を置く位置に気ぃつけや。 石は抜けるから踏んだらあかんぞ」


クリスは、口では「わかった」と言ったが、下を見るのが怖すぎて自分の置いた足の位置が正しいかは正直わからない。


「モイモイは大丈夫なの?」

「俺はスペシャリストや。 こんなとこ朝飯前や――」

 言ったそばからモイモイがつかんだ枝から信じられない音がした。 


 バキッ


そしてまっすぐクリスのもとへ墜落した。

「へぶっ」タヌキの尻を顔の中心で受け止めたクリスは、


あああああああああああああああああああああああああああああああ


 タヌキの尻に巻き込まれ、クリスはバンザイしたまま、まっすぐ斜面をずりずり滑り落ち、たまたまそこに生えていた頑丈なツタにに絡まってとまった。早鐘を打つ心臓をなでつけ、ため息をつく。あやうく岩に突っ込むところだった。

「いったぁ。 気をつけてよモイモイ!!」

「スマン 朝飯喰いすぎたかしら」 

 そーっと体を立て直し、二人はひいひい言いながら、今度は一気に登り切った。  



たどり着いたのは、綺麗な沢だった

 川幅はせいぜい一歩でまたげるくらい。 岩の間を通る水はどこまでも透き通っていて、冷えてておいしい。 疲れた体に染み渡るようだ。



「今のは恋のアクシデントやな」と、タヌキ。

「恋って 痛いんだね」 手と肘の皮ががむけただけですんだのは、幸運以外の何物でもなかった。

 

「ちょっと最近太ったかしら」 タヌキは、突き出た下腹の皮をひっぱりながら、パン二つくらいでどうこうと、ぶつぶつ独り言を言っていた。





「ここで一旦休憩や」

 二人は川辺の平らな石に腰かけ、途中でモイモイが見つけたヤマモモをむしゃむしゃ食べた。 タネが多いが甘酸っぱくて大変な美味。

  

 その後、クリスは、足首ほどの深さの沢に直接頭を突っ込んで、汗を流した。 あまりの気持ちよさに、ようやく気力が満ちてくる。

 「もう花はすぐそこ。 聖女さま、今度こそまっててください! クリスはあなたの花をお届けします」


張り切るクリスを横目に、モイモイは崖で破いたズボンをちくちく縫っていた。


◇◇◇


 クリスが、荷物を再び背負い込んだのを確認するとタヌキは、

「この川越えて上に進んだとこで、見つけたんや」と、言った。


 タヌキの指さす先の森はこれまでと明らかに様子が違う。

「暗いから注意してすすむぞ」 

「りょーかい」


 小川にそって一列で進む。 あたりに岩が増え、斜面がだんだんきつくなる。 

 ここから先はけもの道。 

 少し進んだ先で、クリスは木の根元に黒い毛のかたまりがついてるのを見つけた。

 「縄張りに入ったんやな」


 クリスは、いったいなんの?と聞こうとして、

「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」

 

「!!」

 山にこだまするオオカミの吠え声。 


 先ほどまでの花探しの冒険気分が、一気にしぼむ。 薄暗い山の中に急に取り込まれたような気がして、クリスの膝が震えた。 


 耳をすませてあたりをうかがうタヌキに、クリスは小声で問いかける。

「モイモイ。 このまま進んでほんとに平気かな」

「今の声はまだ遠い。 さっさと見つけてとんずらしよか。 万が一出くわしたら、ボンは走って逃げるんやで」もしモイモイが居なければ、今すぐ絶対走って逃げてた、とクリスは思う。


 とたんに二人の足取りが鈍くなる。 モイモイが腰を落とし、枝を拾ったのを見習ってクリスもちょっと長めの枝をかついだ。


「恋のエマージェンシーやな」

「恋って 怖いね モイモイ」あたりをきょろきょろうかがいながら、クリスは答えた。


 突然、10歩先の茂みが揺れて、そこからガサガサとかき分ける音がした。

「!!!!!」


 声を殺して抱き合う二人。 互いに音の方へ体を押し合い、力の差でタヌキが前に躍り出た。 

「ひぃぃぃ!!」


 そして、黒っぽいかたまりがゆっくり出てきた。 



「…………子犬?」

 黒に灰色が混ざった毛並みのまん丸な目をした子犬だった。


「ビビらせやがって!!! なんやぁお前?」

 とたんにタヌキが勢いを得た。 

「このチビ!! ワシはホタカの侠客(きょうかく)のモイモイぞ!」


 モイモイの膨らみきったシッポより小さい相手に、恐怖が裏返ったタヌキが、強気で追い払う。


()ね! どっかいかんかい!! わしなめたらあかんどコラ」

 

 モイモイの小さい背中が急に頼もしい。 


 子犬はといえば、その場に伏せたままこちらに顔だけめぐらせてマイペースにのびをしている。


「どけ言うとるやろ! 逆らうと大変なことなるで? ワシ怒らせたらヤバいどコラ? 地元じゃ、胸倉掴んで引っ張った距離、伊能忠敬(いのうただたか)いわれてんねん!! おまえもいてまうどコ――」

「グルルルルル」


 奥から茂みをかき分けて、大きな口に大きな耳、眉間に深いシワを刻んだ、それはそれは、でかい母オオカミが子供をかばうように前に出てきた。


「冗談ですて。 伊能さんなめたらあきませんわ。 ぼくタヌキでっせ? そんなんようできませんよ」 

 たぬきは取り繕ってじりじり下がる。


 それに合わせて、ゆっくりと巨大な獣が近づいてくる。


「お母さまですか? ずいぶん賢そうなお子さんをお持ちですねぇ」


グルルルル


「勘弁してくださいよー。 息子さんとは遊んでただけやないですか」

 慌てて棒キレを手放したタヌキにならって、クリスも棒を静かに置いた。


 もう互いの距離は5歩もない。


「あれ? あきませんか? いく? ぼくのことどうしても喰う(いく)つもりですか?」


 ぐるぐると危険な喉鳴りで威嚇され、長い牙を剥く、大きな口の端からよだれが地面にしたたる様を見届けたタヌキは、小さな声で、

「……そうでっか」

 

 言うなり、ゆっくりと崩れ落ちるタヌキ。

「どさっ」

 ここまで黙って信頼してきたタヌキの『擬死』を見てクリスはついに大声を出した。


 わああああああああああああああああああああああああああああああああああ


 タヌキのシッポを引っつかむと、両手で抱えて一目散に逃げだした。


 後ろでは、すさまじい吠え声がしていたが、恐ろしすぎてクリスは振り返ることができなかった。





◇◇◇


 命からがら先ほど休憩で使った沢に二人は戻っていた。


「……ありがとうな。 ボン」

 ほどなくして目を覚ましたタヌキと、クリスは並んでパンツを洗う。


「いいよ。 二人とも無事だったし。 それよりお花どうしよう」


「いや、たぬきはな。ああなんねん」といまだに言い訳を続けるタヌキの弁を聞き流すクリスのもとに、急に不思議な感覚が届いた。


 それは、柔らかな気配。あるいは何か呼ぶような。


 苔むしたブナの倒木が重なる影に何かがある。ほとんど確信めいたひらめき。

 

 気付いたクリスは、走り出していた。 

「なんや急に!? おい!!! ボン!! 一人で行ったら(俺の身が)あぶないで!!!!」 

必死にトコトコ、タヌキは追いかける。

「まってくれ~」



 倒木の脇、苔むした岩の隙間。 クリスが見下ろす視線の先に、美しい白い花があった。



 クリスは一つ息を吐き、

「これにしよう。 この花がいい」

 


 タヌキは答えた。

「これが、ガーデニアや」



 影の中。 一輪の白い花の輪郭が輝いて見えた。



「どうやって持ち帰るの?」




 タヌキは静かに答えた。

「まずパンツはこか。 そっからや」





ここまでお読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたのなら、幸せです。

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