表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2 聖女さまとクリス

 バン王のたどった物語にクリスは、気付けば引きこまれていた。

 配下の騎士をともなう3人旅。 いよいよ魔の山を上りつめ、竜のすみかにたどり着く。 姫の命を救うために求めた宝はもう目の前だ。 「生きて帰ることはできない」 そう語った、塔の賢者も泉の精も、バン王の冒険を止めることなどできなかった。 そして最後の夜が明け――。


 向かいの椅子に腰かける聖女さまと目があった。

 初雪みたいになめらかな白い肌。 肩にかかった長い髪は夕日を吸ってきらきら光る。

 とろけるような聖女の微笑みを前に、クリスはぽかんと口を開けたまま、魔の山のかなたまで飛んで行って消えてしまった挨拶のセリフを思い出そうとあぅあぅ言った。

 少し前までさんざん練習してたのに。


 手に持っていた「バン王の冒険」を急いでわきに押しやると、「こんにちは聖女さま」口が勝手に仕事した。 

 ごきげんよう と聖女さま。

 今日もとってもステキだぁ。


「ぼくは今きたところなんです」と、ようやく思い出したセリフを端から順に語りだす。

 あれ? 待ちましたかって相手が聞いた後に言うんだったか? 

 不安にかられて、チラっと盗み見た聖女さまのお顔は、やっぱり微笑んでいた。 どうやら変ではなかったみたい。


「今日ボクは、本を読みました。 聖女さまも本が好きだといいな、って思います。 それで、その前は、」

 厨房のオーブンでジョージに焼いてもらったお菓子!

 ボクがさっき乱暴に置いた本に押されて、お菓子を包んだ油紙が開きかけていた。 あわてて手の中で整えると、


「あのこれ。 聖女さまにプレゼントがあるんです――」



◇◇◇◇


 


 今日の気分は、「甘いモノ」と決めたモイモイは、ずんずん進み、その後ろをクリスがのんびりついてくる。 そして二人は、河原にたどり着いて足を止めた。

 

 土手の茂みをかき分けて斜面を下り、目当てのイチジクの木陰まで進むと、クリスはそのまま地面に座り込んだ。

 

 互いに無言。静かな朝だった。


 上の空のクリスが下草をちぎっては、風に飛ばす横で、タヌキはせっせと木登りを始める。

 程なくして、モイモイの着る青いチョッキのポケットは、黄緑色の果実でぱんぱんに膨らんでいた。

 そして作業を終えたタヌキがようやく問いかけた。



「――でその顔はどっちやねん。 うまくいったんか?」

 

クリスは呆けた顔で、む? っと言って顔を上げた。 ややあって、 

「プレゼントはクッキーにしたんだ。 聖女様に渡したらすごく喜んでくれたよ」 


「よかったやないかボン。 ところでそのクッキーはちょっとくらい残ってへんの?」 

 タヌキは、クリスににじり寄る。


「僕が全部たべちゃった」

 にへっと笑うクリスと対照的に、一瞬で輝きを失ったタヌキの瞳。 

「……そうか。 今度作るときは、ちょっと多めにたのむわぁ」


 気を取り直したタヌキは、

「それでなにがアカンかってん?」と、クリスにたずねる。


「……いや。 それがさ 聖女さまは食べてないんだ」 

「ん? どういうこと?」

 それの何が、と言いかけたタヌキに対して、申し訳なさそうにクリスは白状した。

 

「ぼくが全部食べちゃったから」

「なにしてんねん!?」

 クリスの肩をつくタヌキ。


「聖女さまに包みを開けて見せたんだよ。 すごくおいしそうなクッキー。 でも、食べてくれなくて。 それで、毒見がいるのかなと思ってぼくが、先にひとつとって食べたんだ。 やっぱりとってもおいしかった」


「それで聖女さまに、すすめたんだけどお菓子は好きじゃないのかな。 僕が食べてって」

 ふむふむと相槌をうつタヌキ。

「かわりにボクがたべたら。 手をぱちぱちさせてほめてくれて。 かわいかったなあ」

 気付いたら無くなってたんだ。と、結んだクリスの声は、恥じ入ったように小さかった。


「全部はあかんやろ。 ……せめて俺にも残してぇな」


 唖然とするタヌキにクリスは、すがりつく。

「それでどうすればいいかな? 聖女さまと別れたあとで気付いたんだ。 ボクはプレゼントできてないって」


「まぁ次渡すにしても、たべものはあかんやろな」


 じゃあなに?と情けない顔をするクリス。


 ふむ。と悩んだタヌキは、やがてぽつぽつ語りだす。

「有名な話があるねん。 今のボンと同じようにやな、好きな人にプレゼントしよう思た男たちの話や。 お姫様がおってな、姫さんと結婚するには、宝物をとってこなアカンねん。それで男が宝を探しに行くんや」

「宝さがしは大変でな、男たちはそれぞれ別のモノを探さないかんルールなんや。 

 金持ち貴族は持って帰るのに勇気がいるモノ。 勇者は知恵が必要なモノ。 商人は武勇」

 

「それでどうなったの?」


「全員しっぱい」と、タヌキ。 


 それを聞いたクリスはなぜか怒って「なんで?」と詰め寄った。

 

「男はみんな色々頑張ったんだけど、最後に無理だ、いうてあきらめたんや」


「それじゃあ、お姫様がかわいそうだ」 

 ひとりぼっちじゃないか、と下をむくクリスに、タヌキは「せやな」とおなかをぽりぽり搔きながら答える。


「ボンも料理人にプレゼント作ってもらったんがアカンかったんかもな」タヌキは朝食代の返還を迫られてはかなわん、と責任の所在をあいまいにしようとした。


クリスは、タヌキの策略を聞き流し「ならどうしよう?」と慌てだす。


 胸のつかえが消えたタヌキが提案する。

「この川もう少し上に行くと、川底がごろごろなっててな。 石が集まってるとこあんねん。 たまに宝石が混ざってるって聞いたことあるわ」


「それにしよう!」

 言うなりクリスは駆けだした。



 

◇◇◇

 ひざ下までジャブジャブ水につかり、石を拾っては遠くに投げるだけの時間がしばらく続いた。

 

 長いこと無言で作業を続けていたクリスが、唐突に口を開く。

「モイモイ。 恋って大変なんだね」

 日差しはいよいよ強くなり、額には玉のような汗が浮かんでいる。


 水浴びを終え、拾った枝で、川底をおざなりにつついていたタヌキが、

「なんや? 急に分かったようなこと言うて」と応じる。


「いろいろ手順があるなんてさ。 僕一人じゃ思いつかなかったから」

 ありがとう。と言ったクリスに、次はほんまクッキー頼んだからなと、タヌキは念を押すのを忘れない――。





 暑い暑いとひとしきり騒いだ後、タヌキは早々にヤナギの木陰に引っ込み、先ほど拾ったイチジクをむしゃむしゃ食べ始め、しまいに寝ころび動かなくなった。


 その間もクリスはあちこち動き回り、あらゆる石をひっくり返し、大きな岩の隙間の陰をさらい、もう一度戻って石をひっくり返し、さんざん悩んだ後で、「これにする」と、昼寝していたタヌキのもとに石を運んで持ってきた。


 夕日のような色をしたクッキーくらいの大きさの石だった。


 眠そうに目をこすりながら、石を太陽にかざし薄白く透けるのを確認して、タヌキが答えた。

「……メノウやないか。 よう見つけたな」

「えへへ」 汗みずくのクリスは、嬉しそうに石を受け取った。


 ほな「それ」にするんやな?と確認するタヌキに、「うん決めた」とクリス。

 ようやく仕事を終えたクリスは、木の根元に並んで腰かけると、タヌキが差し出した皮の水袋を空にする。 大事な石は片時も離さない――。


 


 濡れた服を日向に広げて乾かすクリスの背中にタヌキが声をかけた。


「ボン。 聖女さんに好きです言うたんか?」

「え? ……いや。 そういえばまだ言ってないよ」

 うつむき少し赤くなるクリス。

「好きですって言わなそこは。 相手に気付いてもらうん待ったらあかんよ」

「そうだね 言うよ」

 クリスはうなづいた。 



 よっしゃとひとつ伸びをして、「一旦貸してみ」と選んだ石を受け取ったタヌキは、口の中ですばやく呪文を唱え、再びクリスの手の中に石を握らせた。 

  

「その石を聖女さんやと思って練習や。 声は出したらアカンねん。聖女さんに話すみたいに心の中で石に語り掛けるねん」やってみいと、タヌキ。


 石を顔の前にかかげ、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐きだしながらクリスは目をつむる。

 そして思いをこめていく。

 長いこと祈るような姿勢で立ち尽くすクリスの足元で、それをボーっと眺めるタヌキ。



 クリスはようやく目を開けた。 

 タヌキは声を出さず、身振りで、手を開くように促す。 黙って従うクリスの手の平の上で「パキッ」と小さな音がしてオレンジ色の石が半分に割れた。


ああああああああああああああああああああああああああああああああ


 広げた手の上。 二つになった石をタヌキに見せつける、涙目のクリスに、

「いやこれでええねん。 あとはこの半分になったんを、ボンと聖女で半分こするんや」

 タヌキはどこか得意げだった。 


 話を理解するにつれ、じんわりと笑顔になってクリスはこくこくと頷いた。

「大きい方を聖女さまにあげようかな」


タヌキの目にはどっちがどっちか分からなかったが「ええやん」と答えた。


◇◇◇

 

河原からの帰り道。 二人は並んで土手の上を歩く。


 タヌキが何の気なしに質問した。

「それで聖女様ってどんな人なんや?」


 疲労困憊のクリスは、ゆっくり答える。

「……僕より、2つか3つ、年上なんじゃないかな」

「真っ黒な目と、髪で、すごくいい匂い。 いつも、真っ白なローブ着てる。優しそうな人だよ」 

 クリスは両手に一つずつ握りこんだ石を、片時もはなすまいと決めたようだった。

 

 ふーんと相槌を打って、

「聖女様名前なんていうんや?」 

「ないみたい」 まるで何でもないことのように、クリスは答えた。


「え?」タヌキが聞き返す。


「ありません。って」 しらずクリスは、宙に指先で何かを書くような動作をしていた。


 タヌキが目を丸くする。

「……聖山の巫女やないか」 

「え?」今度はクリスが聞き返す番だった。


「いやなんでもあらへん。 ……そうか。 しゃべれんか」

「え? しゃべれ……どうだったかな?」 言われてイメージしてみたが、クリスには聖女さまの声が思い出せない。



「……病気なのかな?」

「いや 神さんに渡してもうたんやろ。 名前も声も神さんに渡したんやな」 


 タヌキは立ち止まり、クリスの目を見て、

「ぼん。 その聖女さんそうとうな人や。 なかなかおらん。 ようボンとこ来たなぁ」

 

 クリスは、少し不安になる。

「やっぱりえらい人なんだよね?」


「その聖女さんが聖山降りて巡礼なさる、なんて聞いたことないわ。 なんかあったんやろか」

「さぁ? 父さまなら知ってるんだろうけど。 教えてはくれないよ……」


 一瞬、山の方から強い風が吹き、土手に植わった柳が大きく舞うように枝をしならせる。

 雨の予兆に空を見上げると、山から流れてきた灰色の雲が町の端に近づいていた。 

 いつしか陽は傾きだしていた。


「そろそろかえらなきゃ。 聖女さまがまってるから」

 

 今日はありがとうと言って去るクリスの背中に、タヌキは「おう」と、(ささや)くようにつぶやいた。



「……ボン。 がんばりや」

 タヌキは、動く雲をぼんやり眺めていた。



ここまでお読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたのなら、幸せです。

ブックマーク及び、下部の☆☆☆☆☆を押して評価ポイントを入れていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ