壁ドンと第三王子
将来、自分を討伐する可能性があるヒロインに「お友達になってください」と手を差し出されたエリザベート。もちろん、その手を払い除けるという選択肢も用意されていたが、その選択肢を選ぶことはなかった。
なぜって生まれたての子鹿さんのように潤んだ瞳でお願いをしてくる天使様の頼みを断れる人間など早々いるものではない。聖女カレンは懇願をするようにエリザベートにお願いをしてきたのだ。その切々さたるや物語のヒロインそのものであった。――いや、ヒロインなのだけど。
なんでもカレンは平民の出なのでこのような場所には慣れていないのだそうな。
他のクラスメイトたちはとても意地悪そうだし、そもそも生まれが違いすぎて話が合わないのだとか。そんな中、平民っぽいフレンドリーさと気軽さを携えた上、クラスメイトたちから除け者にされているエリザベートは格好のお友達に見えたそうで。
これも前世が商家の娘だったお陰であるが、このようにして「聖女と四人の騎士」の聖女様とお近づきになれるのはとても光栄なことであった。
そのような感想を抱いていると黒猫のルナが、
『光栄なんかい!』
とツッコミを入れてくる。
「だって聖女様ですよ。それにこんなにふにふにで女の子らしいです」
ひしっと聖女カレンを抱きしめるとマシュマロのような感覚が伝わってくる。それに女の子らしいとても甘い匂いがする。香料ではなく彼女自身の身体から発せられていることは明白であった。
『匂いで友達を選ぶのもどうかと思うけどね』
黒猫のルナはそのような皮肉を漏らすが、エリザベートは丁重に無視をすると、プロム会場の端で好きな推理小説について延々と話していた。
「エランシー・ジェームスの作品に出てくるエイカー・ストリートは実在するのでしょうか?」
「実在するとしたら一度はいってみたい」
「だけど作中通りだと世界一治安が悪いストリートだと思う。だって週に一度は殺人事件が起こるんですもの」
などという推理小説あるあるに花を咲かせていると男性がふたりやってきた。
赤毛の男と水色の髪の生徒だ。
赤毛の男は頭に包帯を巻いて松葉杖もしていた。
おいたわしい、と思ってしまうが、怪我をさせたのはエリザベート本人なので、「ごめんなさい」と言うべきであろうか。というか言う。
「炎の騎士レウスさん、怪我をさせてしまってごめんなさい」
炎の騎士レウスは、
「ふん、なにを勘違いしている。これは転んでできた傷だ」
と言い放った。
最初はエリザベートのことを気遣って言ってくれているのかと思ったが違った。どうやら彼はただの女であるエリザベートに決闘で敗れたことを認められないようで、頑なに転んで怪我をしたと周囲に言い張っているらしい。
『涙ぐましい自尊心だね』
「こういうときは突っ込まないのが礼儀なのでしょうか」
『だね』
と怪我のことには触れないでおくとレウスは言った。
「まさか、おまえがプロムにやってくるとはな」
「プロムは新入生ならば誰しもが参加できますから」
「チート女は例外だ」
「チートではありません。測定機械の故障です」
魔力値999オーバーはなにかの間違い、というスタンスは崩さない。そのようなやりとりをしていると炎の騎士レウスの友人にして攻略対象のひとり氷の騎士レナードが間に入ってくる。
彼は氷のような微笑を浮かべながら、
「すまないね。こいつは負けず嫌いで」
とレウスの頭を小突いた。レウスは「なにをしやがる」と鼻息を荒くするが、彼は赤髪の騎士の扱い方を心得ているようで、すぐに大人しくなるが。
「こいつが君に決闘を挑み、負けたことは事実だ。君は退学なんてたいそうなものを賭けたのだからもっと偉そうにしていればいい」
それは性格上できないのであくまで平身低頭でいると、レウスはエリザベートの脇にいるカレンに目を掛ける。
「こちらのお嬢さんは?」
「この方はカレンさんです。わたしのお友達なんです」
そのように紹介すると彼女は己のスカートの両端を持って、にこやかにカーテシーをする。
「は、はじめまして。カレンです」
「カレンなんていうんだい」
「ただのカレンです。平民なので」
「ああ、そうか、君はたしか平民出の聖女の」
「はい。教会から聖女認定を受けて、この学院に特待生として通わせて貰っています」
「へえ、この娘が例の聖女か、ごくごく普通の娘だな」
レウスはそのような感想を漏らす。どうやら聖女であるカレンは入学前から話題だったようだ。
「王立学院に久方ぶりに聖女がやってくると幼年学校の頃から騒ぎになっていたんだ」
ちなみに黒猫のルナいわく、平民の出の聖女が魔力値123という数値を叩き出し、歴代最高スコアで入学してくる、というのが「聖女と四人の騎士」の始まりである。そこで四人の騎士たちに興味を抱かれる、あるいは見初められるというのが物語の始まりであったが、ご存じの通りそれもエリザベートのせいで台無しとなる。
なにせトップスコアどころかカウンターストップの999を叩き出し、話題をすべてかっさらってしまったのだ。つまり三日目にしてやっと四騎士のうちふたりがカレンの存在を認知したということだ。
ちなみに真っ先に惚れるのは熱血漢の炎の騎士レウスなのだが、彼はカレンを見ても頬を染めない。ルナいわく、彼は自分よりも強いものに一目置く習性があるらしいが、999という数値はやはり彼の目を狂わせてしまっているようで。
さらに言うと氷の騎士レナードはレウスに友情と愛情が混じった感覚を持っており、それによってカレンに嫉妬を抱く、という形で関係性を築いていくのだそうな。これもエリザベートが台無しにしてしまっている。
しかし、よくよく考えると色々と歴史が改変されているが、四人の騎士様のうちふたりはカレンに好意を抱くフラグをへし折られている。もしかしてエリザベートの鍛錬は断罪エンドを遠ざける最良の手だったのではないだろうか、そのような感想を抱くが、ルナは警戒を怠らないように、と言う。
『カレンの純朴なベイビーフェイスを見てみな、とても可愛らしいだろう』
「はい」
『あれは魔性の女だよ。男っていうのはカレンみたいな保護欲をそそられるタイプに弱いんだ。たしかにこのふたりのフラグはぶった切ったけど、まだまだ挽回のチャンスはある』
実際、カレンは生まれ持ってのコミュニケーション能力でレウスとレナードと会話を深めていた。自分の出自が平民であり、さらに田舎者ゆえ、不躾であること。また剣も魔法も未熟なのでどうかご教授ください、と頭を下げている。
炎の騎士レウスは、
「お、おう」
と照れながら応じ、氷の騎士レナードも、
「仕方のない娘だな」
と返答している。
「すごいです。コミュ力は999以上あります。わたしは初対面の男性とこんなに仲良くお話しできません」
『だろう。強敵だよ。この娘は。しかし、ある意味、仲良くなってよかったかも』
「と言いますと?」
「兵法にこう言った言葉がある。友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
「どういう意味ですか?」
『最大の敵に自分の知らない場所で蠢動されるより、目に入る場所に置いておいたほうが対処しやすいってことさ』
「なるほど。つまり、聖女様と四人の騎士が必要以上に仲良くならないように見張っておけばいいのですね」
『そういうこと。もう君は挽回できないほど彼らに認知されてしまった。隠れることも逃げることもできない。もう彼らのもとに飛び込んで彼らが結託のを阻止すればいいんだ』
「逆転の発想です。さすがはルナです。コロンブスの卵的な発想です」
『えへへ、さ、というわけでこの場で一番相応しい行動を取って』
「と言いますと?」
『そうだね。このふたりのフラグはへし折ったけど、君の敵はあとふたりいる』
「風の騎士のセシルさんと土の騎士のルクスさん」
『そう。土の騎士ルクスはこのプロムでカレンをナンパすることによってフラグを立てる』
「ナンパですか」
『ああ、そうだよ。土の騎士ルクスは稀代の女好き。俺様系なんだ。彼はプロムでカレンを見初め、壁際の華になっているカレンに壁ドンをしながらこう言うんだ』
「俺の女になれよ」
と。
ルナはニヒルな表情で壁ドン男を演じる。
「か、壁ドンですか。現実でする人もいるんですね」
『うん、土の騎士ルクスは稀代のプレイボーイ、幼年学校時代からガールハントをしてきた天才ナンパ師なのさ。さあ、君はなんとしても彼がカレンに壁ドンをするのを防ぐんだ!』
ルナはそう叫ぶと肉球をかざし、エリザベートにそのように命令を下すが、その命令を実行することはできなかった。
なぜならば土の騎士ルクスはカレンに壁ドンをしなかったからだ。
いや、正確に言えば壁ドン自体はした。
しかし、その対象はカレンではなく、エリザベートだった。
土の騎士ルクスはプロム会場の中心地からずかずかと歩いてやってくると、エリザベートを壁際に追いやり、壁に向かってドン! と手を突いた。
そして発するは伝家の宝刀、
「俺の女になれよ」
であった。
エリザベートが戸惑っていると彼は合意と見なしたのか、顎をくいっと持ち上げて接吻しようとしたが、異性に免疫のないエリザベートはとっさに防御態勢を取ってしまった。
武術の教科書に書いてあるかのような見事なカウンターパンチを食らわせてしまったのだ。
ばちこん!
とプロム会場に響き渡る打撃音。
こうしてエリザベートは入学三日目にして三つ目の伝説を作り上げる。
学院一のハンサムと持てはやされている土の騎士様にカウンターパンチを食らわせたという伝説を。ちなみに彼はハンサムという属性だけでなく、王族という設定も兼ね備えている。
そう、土の騎士ルクスはこの国の第三王子なのだ。
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