ドレス選び
入学早々、破壊神なるあだ名を貰ってしまった侯爵令嬢エリザベート、もしもその報告を聞けば父はあきれ果てることだろうが、幸いなことにまだそのあだ名は学内にしか広まっていなかった。なんとかそのあだ名が世間に流布しないように努力しなくては、家に帰るとそのように誓いを新たにするが、黒猫のルナは、
『うーん、君が「加減」と「自重」を覚えるのは、猫に芸を仕込むより難しいと思うよ』
と率直な感想を言ってくれた。
悔しいのでルナにお手を仕込んでいると、メイドのクロエがやってくる。彼女は無言でエリザベートを採寸していた。なにをしているのだろうか。
単刀直入に尋ねると、彼女はなにを言っているのですか、的な顔をした。
「お嬢様、明日は学院登校三日目、ということはプロムがある日でございますよ」
「プロム?」
果実の一種かと思ったら違った。
「プロムナードのことでございます。新入生歓迎社交パーティーが開かれるのです」
「まあ、素敵」
ちなみにエリザベートの前世は裕福な商家であったが、貴族ではない。社交界に出入りするような家柄ではなかったし、そもそも病弱なのでダンスの類いは苦手であった。もっとも今世でのエリザベートは侯爵令嬢として一通りの教育を受けているから人前に出ても恥にならない程度には踊れると思うが。
「今宵の内に採寸をしてしまうので、明日までにプロムのドレスを用意します。何色のドレスがよろしいでしょうか?」
「色を選んでもよろしいのでしょうか」
「もちろんでございます。我がマクスウェル家のウォーク・イン・クロゼットには無数のドレスがございますから」
じゃん、とクロエはウォーク・イン・クローゼットにエリザベートを案内するが、たしかに多種多様な衣装が用意されていた。シックでフォーマルな黒いドレスから、花嫁衣装みたいな白、それに極楽鳥の羽をむしって作ったかのようなものまで、なんでもあった。
黒猫のルナは「にゃおん」とクロゼットに入ると『これなんて異世界の大阪のおばちゃんが喜びそうなヒョウ柄だよ』と肉球でぷにぷにしていた。神経質なクロエはルナの首をつまみ上げてクロゼットから追い出すと、
「お嬢様は黒髪黒目ですので、派手な色のドレスよりも白を基調としたシンプルなものがよろしいかと」
とアドバイスをしてくれた。
「黒髪黒目で黒いドレスだとお葬式ですしね」
あるいは魔王の娘か。今のところ魔王の娘であることがばれる兆しはないが、入学二日目で破壊神なる不名誉な称号を貰ってしまったのだ。これ以上、目立つのは避けたかった。
なので極楽鳥カラーや大阪のおばちゃんコーディネートは避けると、無難に白いドレスに袖を通す。
クロエがいそいそと着付けをしてくれると鏡の前に出る。
そこにいたのは可憐な令嬢であった。
「……まるで貴族の令嬢みたいです」
ぽつりと漏らすと、メイドのクロエは「ふふ」と笑う。
「お嬢様は貴族の令嬢ではありませんか、セルビア王国の侯爵令嬢でございます」
「そうでした。わたしは貴族でした」
過去生を持っているとついつい前世に引きずられてしまうが、本来、エリザベートは毎日のようにこのようなドレスに身を包んで華やかな社交界にいるべき存在なのだ。
と久方ぶりに女の子モードになって着せ替え人形を楽しみ。新入生歓迎社交パーティーの準備をする。
翌日、朝目覚めるとメイドのクロエは軽い食事を用意してくれた。
「お嬢様、このあとコルセットを着付けますので、本日、これが最後の飲食だと覚悟してください」
と親の敵のようにコルセットの紐を絞り上げる。
思わず「むぎゅう」という情けない声を出してしまう。こんな声を上げたのはドラゴンの攻撃を食らったとき以来だ。まったく、社交界というやつはドラゴンよりも厄介なのかもしれない。エリザベートは白を基調にワンポイントで赤い薔薇をあしらったドレスに袖を通すと、新入生歓迎社交パーティーの会場へ向かった。
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