女子に二言ない
執事セバスチャンによる過剰な教育は終わりを告げ、平穏を取り戻したエリザベート、これで魔王討伐に邁進できるかと思った矢先、問題が生じる。学院長様に呼び出されたのだ。
立派な白髭を蓄えた彼は、学院長室で「うーむ」と難儀していた。
「学院長様、どうされたのですか?」
エリザベートが問うと学院長は白い髭の間から言葉を発した。
「エリザベートか、実は魔王討伐にまたしても試練が発生してしまっての」
「まあ、またどこからの横やりですか」
「そうじゃ」
「生徒会でしょうか」
「生徒会の反発などは気にするようなことでもない。無論、無視もできないが、それよりも厄介な組織から横やりを入れられそうなのじゃ」
「それはどこでしょうか?」
「おぬし、星教会は知っているか?」
「もちろん知っています。この世界で多くの信徒を持つ宗教組織です」
「カレンをこの学院に入れた星教会が反発をしているのじゃ」
「え? 星教会は魔王とは相容れぬ聖なる存在だと聞いていますが」
「その通り。かつて魔王が復活したときに真っ先に立ち上がったのが星教会と彼らを先導する聖女たちじゃ」
「はい。そんな彼らが魔王討伐を邪魔する理由はないと思うのですが」
「それがあるんじゃな。魔王討伐の指導者は聖女カレンであるべきと言う意見書がこの学院に投函された」
「まあ」
「今回も聖女主導の魔王討伐を望んでいるようじゃ」
「しかし、カレンさんはまだ未熟です。今のままでは魔王を討伐できないでしょう」
「そこなのじゃ。今のところおまえさんを指導者に据えているからこそ魔王の眷属との戦いに勝利できている、と、わしは分析しているのだが、星教会の連中はそうではないらしい」
「うーん、それは困りましたね。カレンさんもですが、それに味方する四騎士さんたちもまだまだ未熟です」
「そうなのじゃ。おぬしがおってこその魔王討伐軍なのに」
「星教会はカレンさんを指導者にしなければどうすると言っているんですか?」
「カレンを王立学院から退学させる、と言っておる」
「ええー! それは困ります。数少ないわたしのお友達ですのに」
「魔王を倒すには聖女の力は必須じゃ。ここでカレンが戦力外になるのは魔王討伐軍の痛恨事となろう」
「な、なんとかしないと」
エリザベートは「どうしましょう」と学院長に尋ねると、彼は「まずはカレン自身に相談するのじゃな」と言った。
「この学院の学費を支払い、特待生待遇で入学させているのは星教会じゃ。彼女は星教会に選ばれしもの。まずが彼女の意思を確かめるのが先決だ」
「彼女の意思など確かめる必要はありません。彼女はきっとわたしといることを選んでくれますよ」
これまでの仲良し度から自信満々に宣言すると、エリザベートはカレンのもとへ向かった。
教室に戻り、笑顔でカレンの手を握りしめ、「カレンさんはずっ友ですよね」と発すると、彼女はばつの悪そうな顔をして、
「あ、あの、私、星教会が運営する学校に転校することになったんです」
と言った。
「な、なんですと」
と驚きの声を上げると彼女は説明をしてくれた。
「私の育て親であるシスター・クレアが北方にある星教会の学校に戻れという手紙を送ってきまして」
「なんと」
「私、幼き頃に親兄弟を亡くし、天涯孤独の身になったのです。以来、シスターに育てられたので彼女の意向には逆らえません」
残念です、と肩を落とす。
「そんな、カレンさんは王立学院が楽しいって言っていたじゃないですか」
「はい。楽しいです。平民である私を快く迎えてくださいますし、それにここの授業はレベルが高い。ここで学べるのは喜び以外のなにものでもありません」
「そ、それじゃあ」
「でも駄目です。私はシスターの意向に逆らえません。彼女は私の母であり、姉なんです」
「うー」と唸ってしまうが、カレンの決意は固そうであった。
「それじゃあ、わたしが直談判します」
「え? 直談判?」
「はい。幸いともうじき夏休みです。その休暇を利用してわたしも北方に赴きます」
「本気なんですか!?」
「女子に二言はありません。ましてや侯爵令嬢に退転の二文字はないのです!」
胸を反らし、偉そうに言う。
その様子を見て黒猫のルナは『やれやれ、エリザベートの悪い病気が始まったね』と呆れた。
そのような皮肉を言われようともエリザベートの決意が揺らぐことはなかった。エリザベートはさっそく、夏休み期間中の外出届を学院に届け出ると即座にそれは受理された。




