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ヒッポグリフも一撃

 月光の森は王都から馬で数時間のところにあるが、徒歩で向かうことになった。


 歩きながらエリザベートに礼節を教授してくれるのだそうな。


 エリザベートは頭の上に本を一冊置き、それが倒れないように歩く。さすれば優雅(エレガンス)に歩けるのだそうな。


「背筋をピンと伸ばし、体幹を鍛えれば優雅に軽やかに歩けます。礼節の授業の教師ミセス・ルッソーは歩き方を第一に見ますからね」


「な、なるほど」


 よたよたと歩く。


「女子は大変だな、礼節の授業が厳しくて」


 レウスは同情の言葉をくれる。


「男子にも一応あるけど、女子ほど厳しくない」


「男子はずるいです」


「まあ、それも仕方ないだろう。王立学院は貴族の花嫁を育成する学校でもあるのだ。礼節は重んじられるべきだ」


 レナードは他人事のように言う。


「その通りですわ。魔法や剣が得意なだけでは卒業できないのが王立学院の特色なのです」


 とベアトリクスは容赦なく二冊目の本をエリザベートの頭に置く。


「絶対に落とさないように」


 と釘を刺すが、彼女はそれだけでなく、歩きながら礼節の指導をしてくれた。


 笑顔の基本形、それに手を振るときの動作などを指導してくれる。


「え? 手って振るだけじゃないんですか?」


 と疑問の声を上げてくれたのは聖女のカレンだった。


「わたしも振るだけでいいと思ってました」


 勢いよくぶんぶん振る。


「ノンノン、それでは駄目よ。貴族は優雅に手を振るの」


 彼女はゆっくりとした動作で手を振る。


「おお、たしかにお嬢様っぽい」


「貴族は余裕を持ってゆっくりとした動作で動くものよ。せかせかと手を振るのは庶民だけ」

「たしかに食事もゆっくりするとお上品ですものね」


「うぐ……」


 いつも勢いよく元気に食べてしまうエリザベートは食事のマナーもマイナスだろう。


「ナイフとフォークもゆっくりとね。口にものを運ぶときはさらにゆっくりと」


「気をつけます」


 というと三冊目の本を頭上に置かれる。なかなかバランスを取るのが難しくなってくる。


「ちなみになれれば五冊頭の上に乗せても優雅に歩けます」


 とベアトリクスは手本を見せてくれる。


「おお、すごい!」


 一同は感動するとそのまま歩みを進めた。



 本を三冊頭の上に乗せながら歩いていると森が見えてくる。月光の森だ。


「あの森で月光を浴びるとミサンガが切れるんですよね」


「ええ、そうよ」


「それでベアトリクスさんの願いが叶うんですね」


「そうね」


 少し愁いに満ちた視線をするベアトリクス。視線がレナードのもとへ行く。レナードはベアトリクスの気持ちを知っていたのであえて冷然と無視をしていた。


(……ベアトリクスさんはレナードさんに振り向いて貰いたいんだろうな。お願いはそれ関係だろう)


 恋する乙女のささやかな願いであるが、神様はそれを聞き届けてくれるだろうか。


 そのように考えていると目の前にゴブリンの集団が。


「この森にはゴブリンが生息しているのか」


 レナードは吐き捨てるように言う。


「そうみたいだな。まあ、ゴブリンくらいならば俺たちが」


「ノンノン!」


 と割って入ってきたのはベアトリクスだった。


「ここはエリザベートさんに任せましょう」


「え? だってエリザベートは頭に本を乗せてるだろう。あれはどんなときも取っちゃだめっておまえが」


「だからこそです。ゴブリンごときなど優雅に、そして可憐に倒してこそ淑女」


「そんなむちゃくちゃです」


 と庇ってくれるのは聖女カレン。


 しかし、エリザベートは物怖じせずに挑戦する。


「分かりました。頭に本を置いたままゴブリンを討伐してみせます」


 そのように言い放つと、エリザベートはさっそく、襲いかかってきたゴブリンに蹴りを見舞う。

 


 バシュンと空を切る足、ハイキックがゴブリンの頭に見舞われる。直撃を食らったゴブリンは一撃で気絶する。


「……うん、やれる」


 そう直感したエリザベートは、正拳突きと肘打ちをゴブリンに見舞って一瞬で倒してしまう。


「すごいな、器用なものだ」


「すげえな」


 武術をたしなんでいる騎士様にはエリザベートのすごさが伝わっているようだ。ベアトリクスも、


「エレガンド&ビューティフル!」


 と喜んでいる。


「私はとんでもない逸材を指導しているのかもしれないわ」


 と続く。


 エリザベートは三分ほどでゴブリンの群れを壊滅させると、土埃が付いたスカートをはたいた。ぱしぱし、と優雅に。


「エリザベートさん、すごいです」


 と抱きついてくるカレン、それによって本が少しずれてしまうのはご愛敬だろう。


「しかし、それにしてもエリザベートさんは本当にお強いのね」


 ベアトリクスはただただ感嘆する。


「貴族の令嬢が礼節を学んでいる間にひたすらレベル上げに勤しんでいたんです」


 そのように事実を伝えるとそのまま森の奥に向かう。


 道中、犬頭人(コボルト)の一団に遭遇したり、一角兎と出くわしたり、争いごとの種は尽きなかったが、それらはすべて撃破する。


「まあ、レベル九九のカンスト令嬢なら頭に本を載せていてもほとんどが雑魚だな」


 レナードはそんな盛大な前振りをくれるが、雑魚どもをなぎ倒しているとこの森の主が現れる。

 異形の頭と身体を持った怪物だ。


「あ、あれはヒッポグリフ!?」


「ヒッポグリフ?」


 カレンは尋ねる。レナードが答える。


「ヒッポグリフとは鷲の頭と馬の身体を持った合成獣だ」


「強いのですか?」


「見た目通りだよ」


 ヒッポグリフは上位の魔物で正騎士や賢者クラスでないと単独では倒せないとされている。


「まあ、どうしましょう」


 ちらりとエリザベートの頭部を見るカレン。本を頭の上に乗せた状態ではどうしようもない、と思っているのだろう。実際にそうかもしれない。今のエリザベートは俊敏な動きも強力な一撃も封印されているのだ。


 たらりと背中に汗が流れるが、ベアトリクスはそれもなおエリザベートに淑女であるように求めてた。

「人間、追い詰められたときに本性が出るのです。この状況下でも優雅に敵を倒せたら、ミセス・ルッソーも認めてくれるでしょう」


 そのように言うと頭上の本をさらに一冊増やす。


「……うう、こうなったら魔法に頼りましょうか。……だめだめ、爆風で本が吹き飛んでしまいます」


 ここはあくまで体術で解決するしかないだろう、とバランスを取りながら正拳突きをぶち込むが、腰が入っていない正拳突きではヒッポグリフに致命傷は与えられなかった。


 ヒッポグリフは強力なくちばしの一撃を加えてくる。エリザベートはもろにその一撃を貰ってしまう。

「痛い!」


 エリザベートの肌は裂けなかったがダメージを貰ってしまう。青あざができていることだろう。ただ、それでも本を落とさなかったことだけは褒めてほしかった。


「ええ、褒めますとも。しかし、このヒッポグリフを倒さなければ月光を浴びることはできません。エリザベートさん、この魔物を討伐してください」 


 ベアトリクスはそのように言うが、ここでレナードとレウスがそれぞれに剣を抜いた。


「もう、見てるだけはできない。私たちも助太刀する」


 ベアトリクスを射貫くように見つめるレナード。ベアトリクスは、


「仲間の助力を得る人望も礼節あってこそ。いいでしょう、おふたりの助力を認めます」


 と言った。


 それを聞いたカレンもまた「私も微力ながら」とエリザベートに回復魔法をかけてくれた。三人の参戦はエリザベートの士気を大いに盛り上げるだけでなく、実質的に大助かりであった。氷炎の騎士たちは見事なチームワークでヒッポグリフを困惑させるとエリザベートに渾身の一撃を放たせる時間を作ってくれた。


 エリザベートは深く腰を下ろすと、力を蓄えそれを解き放つ。


「今、渾身の力を込めて放つ必殺の一撃、エリザベート式爆裂突き!」


 岩すらも砕くエリザベートの一撃はヒッポグリフの頭部に命中し、見事、昏倒させる。


「すごい! エリザベートさんはヒッポグリフも一撃で倒してしまうんですね」


「それでいて本を一冊も落とさないなんて」


 感嘆してくれる仲間たち。こうしてエリザベートは淑女としての階段を一歩上った。


「えへへ、人間、成せば成るものですね」


「このまま月光が漏れ出る場所まで参りましょうか」


 そう言うと移動をし、森が開けた場所へ向かう。そこで月光を浴びればミサンガが切れるはずだが……。一同の視線がベアトリクスの手首に集まるが、月夜の光は不思議な光彩を放ち、ベアトリクスを包み込む。そしてベアトリクスのミサンガが切れ落ちる。


「本当に切れて落ちました。不思議です」


「これでベアトリクスさんの願いが叶うんですね」


 カレンはそのように言うが、レナードに変化はなかった。彼のベアトリクスに対する好感度は変わらないように見える。


(……ミサンガは効果がないのでしょうか)


 そのように思ったが、レナードとレウスは久しぶりに共闘できて楽しかったと笑顔を見せ合っていた。


 それを幸せそうに見つめるベアトリクス。


 もしかして、と思ったエリザベートはベアトリクスに耳打ちをする。


「ベアトリクスさん、もしかしてあなたはレナードさんの幸せを願ってミサンガを着けていたんじゃ」


「ばれてしまいましたか。そうですよ」


 平然と認めるベアトリクス。


「私はこの世で一番好きな人が幸せになれますように、とミサンガを結んだのです」


「…………」


「レナードの幸せはレウスと一緒にいること。彼とともに戦うこと。それで幸せになるのなら私の想いなどどうでもいいです」


 ベアトリクスは瞑想するかのように言う。


「レナードはレウスに思慕の念を持っています。それは報われない恋。そしてわたしもレナードに報われない恋をしています」


「ベアトリクスさんはとても慎ましやかで、それでいて健気なんですね」


「よしてください。ただただレナードが好きなだけですよ」


 そのように言うと、彼女は約束通り、エリザベートに礼節の指導をしてくれた。ミセス・ルッソーが試験に出しそうな問題も教えてくれた。


 こうしてベアトリクスの小さな願いを叶えたエリザベートは、見事、礼節の試験で九〇点を取る。九〇点ジャストぎりぎりの合格であったが、それを見たセバスチャンは、「お嬢様には礼節が備わっているようです。これからは差し出口は慎みましょう」と言ってくれた。ちなみにセバスチャン、いわく、礼節とは他人を思いはかることなのだという。つまり、想い人であるレナードの幸せを思いはかることができるベアトリクスは正真正銘の淑女であった。彼女は今日も礼節のテストで一〇〇点満点を叩きだしていた。


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