レナードの従姉妹
「エリザベートに礼節を教えるだって!? オオカミに芸をしつけるようなもんだ」
と言い放ったのは氷の騎士レナード様であった。彼の友人である土の騎士ルクスも、
「この世界には可能なことと不可能なことがある」
と断言をする。
「むう、皆さん酷いですよ。わたしはこう見えても侯爵令嬢なんですから」
「すっかり忘れていたよ。君はドラゴンに育てられた野生児だと思っていた」
「ああ、侯爵家の気品を一切感じさせない」
「そ、そんなに野蛮ですか、わたし」
「悪魔や魔物をちぎっては投げ、ちぎっては投げるその姿は勇壮すぎる」
「笑顔が返り血で染まっているイメージだ」
「がーん」
そんな目で見られていたのか。しょぼくれていると彼らはフォローしてくれる。
「あくまで一般性との印象さ。近くにいた俺たちはおまえがご令嬢〝でも〟あることを知っているよ」
さ、一緒に礼節の勉強をしようか、と言ってくれる。
「しかし、礼節の試験はペーパーテストだけではありません。実技が重要視される」
「そうなんですよね。礼節の授業を受け持つミセス・ルッソーは特に厳しい方として知られています」
「そうなんだよな。実は俺も彼女の試験では一〇〇点を取ったことはない」
秀才のレナードもお手上げだ、と言う。
「そんな、いきなりさじを投げないでください」
「まあ、やるにはやってみるが、あまり期待しないように」
レナードはそう言うが、ルクスには秘策があるようだ。
「なあ、事前に次の試験の内容を知っていれば高得点がとれるんじゃないか」
「そのアイデア、素晴らしいです!」
エリザベートはそのように賞賛するが、カレンは現実的なことを口にする。
「いったい。どうやってルッソー夫人から情報を聞き出すんです」
「そりゃあ、彼女の周囲を探って試験用の用紙を盗み見るとか」
「それってばれたら退学なような」
「それじゃあ、一学年上の先輩からどのような試験が行われるか聞くというのはどうだ」
「その手がありましたか!」
あっぱれ、と言わんばかりにその案を採用する。
「しかし、わたしは先輩に知己はおりません」
「私もです」
カレンも追随する。
次いで視線がルクスに集まるが、彼も知り合いはいないのだそうな。そうなるとレナードに期待が集まるが、彼は我々の期待を十全に果たしてくれた。
「一学年上に私の従姉妹がいる。どこに出しても恥ずかしくない令嬢と呼ばれている女がな」
「そんな素敵な方が」
エリザベートは両手を握りしめ喜ぶ。しかし、レナードが苦い顔をしているのが気になる。
「あの、なぜ、そのような苦虫をかみつぶしたような顔をしているのですか」
「いや、たしかに礼節に通じた女なのだが、私を好いているという欠点があってな」
「あらまあ、従姉妹同士で素敵ですね」
「素敵なものか。私は女が苦手なんだ。なにが言いたいのかと言えば私が頼み事をすれば高確率でデートをせよと持ちかけられる」
「デートをすればいいではありませんか」
「私を生け贄にするつもりか」
「はい」
あっさりと肯定すると、レナードは堪忍ならないと激高する。
「私は女と恋愛をするつもりはない。騎士として一人前になるまでは女を寄せ付けたくないんだ」
レナードの女嫌いは有名であったので今更驚かないが、このような美男子が女嫌いとはもったいない。彼ならばどのような女性も選り好みし放題で、両手いっぱいに花々を掲げられるものを――、勝手に心配をしてしまうが、今はレナードの女嫌いを直すときではない。エリザベートが礼節を学ぶのが先決であった。
エリザベートはさっそく、レナードの従姉妹のベアトリクスに会いに行く。
彼女は二年生だから校舎自体が違う。王立学院は広大な敷地と豊かな財政を誇っているので学年ごとに校舎を分けることが可能なのだ。エリザベートは二年生の学舎に行くと、上級生に声をかける。
「この教室にベアトリクスさんという方はいませんか?」
取り次ぎを頼んだ上級生は快くベアトリクスに取り次ぎをしてくれる。一番奥の席に座っていたベアトリクスは遠目からエリザベートを見つけると、にこりと微笑んでやってきてくれた。彼女はゆったりとした動作で立ち上がると優雅な足取りでやってきた。
エリザベートの眼前にやってきた彼女はにこやかに微笑むと、「ごきげんよう」と言った。
ふわふわの髪の毛とマシュマロのような肌を持った美少女が微笑むととても絵になる。
「は、はじめまして」
緊張感に包まれているエリザベートは思わずどもってしまうが、彼女は気にせず口を開く。
「エリザベート・マクスウェル嬢ね。あなたの噂は方々から聞いているわ。破壊神だなんて物騒なあだ名をつけられているけれど、実際に会うと可愛らしいお嬢さんね」
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
「それで破壊神さんは私になにかご用かしら」
「はい。突然の申し出なのですが、わたしに礼節を教え込んでほしいんです」
「あらあら、まあまあ」
可愛らしく驚く。
「それはいきなりね。なにか事情があるの?」
「はい。わたしの家に新しく執事がやってきたのですが、彼を納得させるため、礼節の授業で九〇点を取らないといけないんです」
「――なるほど、推察するに私の愛おしい従兄弟のレナード辺りに入れ知恵をされたのですね」
「……」
ぎくりとのけぞってしまうのはエリザベートに嘘をつく才能がないからだろう。わかりやすいほどに動揺してしまう。
「ふふふ、レナードったら自分でお願いをしにこないんだから」
「あ、あの、レナードさんはけしてあなたをないがしろにしているわけではなくて、そ、その、こういうのは自分で頼んだほうがいいかな、って……」
「あなたは嘘がつけない上に優しい子なのね。私がレナードに惚れていることも知っているのね」
「……はい」
「ならば気にしないで。あなたを材料にデートを迫ったりしないから」
「それではわたしに礼節をレクチャーしてくれないのでしょうか……」
「私がそんな了見の狭い女だと思って?」
「とんでもない」
「あなたの勇気に免じて礼節を教えてあげるわ。――ただし、こちらのお願いも聞いてもらうけど」
「はい、なんなりとお願いしてください」
「ふふふ、お願いの内容も聞く前にそんなことを言っては駄目よ。私が悪人だったらどうするの」
「ベアトリクスさんはレナードさんの従姉妹です。悪人のわけがない」
「ありがとう。それでお願いなのだけど、どうか一緒に〝月光の森〟に冒険をしてほしいの」
「月光の森、ですか?」
「ええ、そうよ」
「かまいませんが、月光の森になにがあるんですか? お宝でも探すんですか」
「まさか。月光の森には月夜が一段と輝くパワースポットがあるのよ。そこに行ってお祈りをするとこの〝ミサンガ〟が切れるという伝承があるの」
「ミサンガ?」
「私の腕に巻いてあるアクセサリーよ。肌身離さず身につけているこれが自然に切れたとき、願いが叶うっていうおまじないアイテムよ」
「へえ」
「かれこれ一年近く身につけているのだけど未だに千切れる様子もなくて。こうなったら神頼みしかないと思って」
「分かりました。ベアトリクスさんをそこに連れて行きます」
「ありがとう」
「レナードさんたちにもついてきて貰いましょう」
「彼はついてきてくれるかしら」
「ふふふ、わたしは彼らを導く指導者なのです。わたしの命令には逆らえないはずです」
「ならば強権を発動して貰いましょうか」
にこやかに微笑むとエリザベートは一年生の学舎へ戻っていった。騎士科のクラスに行くとそこで月光の森探索任務を告げる。レナードは心底いやな顔をしたが、エリザベートの命令には逆らえないと同行を承知してくれた。彼の相棒である炎の騎士レウスも付いてきてくれるようだ。
「俺たちはふたりで一組、氷炎の騎士だ」
と言うのが彼の言い分だが、冒険と祭りが好きなだけであろう。そのように悟ったエリザベートは放課後になるのを待った。