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決闘!

 今朝の学院は喧噪に包まれていた。


 レベル99のカンスト令嬢と最強の決闘者(デュエリスト)が決闘をする、という情報は学院内に響き渡っていたからだ。


 至高と究極の戦い、果たしてどちらが勝つのか、学院内の話題はそれ一色で染まる。



「最強の令嬢、エリザベートが負けるわけがないわ。彼女はドラゴンの尻尾を振り回す女なのよ」


「いいや、最強の決闘者セルバンテスを舐めるものじゃない。彼は二八回も決闘を行って一度も負けたことがないんだ」



 まさしく最強対不敗の戦いである。校内では禁じられているブックメーカーまで現れる始末。ちなみにオッズはややセルバンテスが有利だった。やはり二八連勝の実績は伊達ではない。


 黒猫のルナは言う。


「エリザベート、絶対勝ってよね」


 なかなかに熱心に応援してくれているが裏があるようで。


「使い魔の間でも賭け事が行われているんだ。僕は君が勝つほうにチュール1年分賭けているんだから」


 利聡い猫である。しかしまあ、敵方に賭けなかったことだけは褒めておくべきだろうか。


 鍛練を重ねたエリザベートであるが、セルバンテスとの戦いは敗北という二文字が常に頭をよぎっていた。薔薇を散らしたほうが負けという変則ルールが自分に不利に働くと思っているのだ。


「普通に戦うのならば魔王だって倒せると思うのですが……」


 そのような感想を漏らすと決闘広場にセルバンテスがやってくる。


「あれがセルバンテスさん……」


 なかなかに目立つ格好をしている。貴族が着るようなビロードの服に鍔広帽を被り、腰にレイピアを掲げている。その第一印象は伊達男そのものだが、彼の場合は実力も付随していそうだ。達人特有の威圧感を放っている。


 セルバンテスは言った。


「この娘が俺の対戦相手か。見た目はただの小娘だが、中身は化け物だな」


 一瞬でエリザベートの内に眠る力を見抜いたのだ。これは四騎士ですらできなかったことであった。


「猫皮を被った虎が相手だ。侯爵令嬢はとんでもない代理を要望してくれたもんだ」


 セルバンテスは鍔広の帽子をくいっとやるとマリアンヌに文句を言った。


 マリアンヌは怒色を見せる。


「戦う前からそんな弱気でどうするのです。あなたは二八戦無敗と聞いたから雇ったのに」


「自分より弱いやつと戦っていたからその記録を残せたのさ。幸いと今までこんな化け物と当たったことがなくてね」


「惰弱ですわ」


「まあ、そんなこといいなさんな。まさかこんな虎みたいなお嬢ちゃんがくるとは思ってなかったってだけ。とはいえ負けるつもりはさらさらない」


 そもそもマリアンヌとの契約では勝ったときに多額の報償が支払われるとのことであった。負けるわけにはいかない、という。


「それにこのセルバンテス様が一介の学院生に負けたとあっては決闘屋としての沽券に関わる。以後、代理決闘の依頼が減るかもしれない。本気でやらせてもらうよ」


 そのように言うとレイピアを抜き、十字に空を斬る。


「俺は生まれてから一回も決闘に負けたことがない。公私に渡ってな」


 初めての決闘は女を寝取ったと因縁を付けられたときのものだ。振られた腹いせにセルバンテスに挑んできた男は決闘を申し込んできた。無論、一蹴してやったが。


 二回目の決闘は友人の代理で行ったものだ。酒場で名誉を傷つけられた友人のためにセルバンテスが戦った。


 三回目の決闘はこれまた女関係のトラブルで起きたものだが、それも見事に片づけた。


 以来、残りのすべての公私に渡る決闘で勝ち抜いてきたわけだ。公式記録は二八だが、私闘を含めればその三倍は勝っている計算になる。そんなセルバンテスでさえ侯爵令嬢エリザベートは強敵に見えた。


 互いに互いの実力を認める状態だ。ある意味エリザベートもセルバンテスも初めて好敵手と出会ったといえるかもしれない。


 エリザベートは腕をぐるんぐるんと回して戦闘の準備をする。


 しかし、考えてみればレイピアvs素手というのは異色な対戦である。エリザベートはどんなにレベルを上げても武器の類いは使わないようにしていた。


 黒猫のルナは問う。


『君はなんで徒手空拳なの? 武器装備すればさらに攻撃力が上がるのに』


「それはわたしは血を見るのが嫌いだからです」


『なるほど、君は優しいものね』


 ちなみにぶん殴っても血は出るし、加減を間違えば挽肉になってしまうが、それでもエリザベートは幼い頃から拳一本で戦ってきた。


 ドラゴンの尻尾をぐるんぐるんと回し、巨人と腕相撲で勝ってきたのだ。


「たとえこの先、武力で行き詰まっても武器は装備しません」


 確固たる意志を込めて言い放つ。


『いやはや、たいした意志力だよ。この決闘だと不利に働くけど、いまさら宗旨替えしろだなんていわないから』


 セコンドに立ってくれているルナは「あっぱれ」と賛辞を送ってくれる。


 ルナとそのようにやりとりをしているとセルバンテスは決闘広場の中央に陣取る。いつでも決闘を始められる体勢を整えていた。


 エリザベートも舞台中央に立つと審判役を務める生徒が決闘の方法について説明する。


「時間は無制限、まいったというか、胸に挿した薔薇を散らされたほうが負けだ」


 シンプルなルールである。


 これくらいシンプルなほうが決闘をする側も観戦する側も楽で助かる。そのような感想を抱きながら女生徒に胸に薔薇を付けてもらう。


 セルバンテスは情熱を赤い薔薇。エリザベートは不可能の象徴の青い薔薇を胸につけてもらうと決闘の準備は整った。


 決闘の開始は正午ちょうどの鐘の音によって始まる、とのことだったのでドキドキしながら鐘の音を待つと、正午は訪れた。


 その瞬間、セルバンテスの身体が消える。


 気が付いたときには懐に入り込まれレイピアを振りかぶられていた。


 鋭い一撃がエリザベートの胸に突き刺さる――ことはなく、間一髪のとこで回避をする。


「やるじゃないか、俺の一撃を避けるなんて」


「……それだけじゃありませんよ」


 そのように宣言するとセルバンテスの鍔広帽子がズタボロになる。


「やるねえ。あの短い間に四発もパンチを入れていたか」


「五発です」


 そのように言うとセルバンテスは帽子を捨て、再び斬り掛かってくる。


「お嬢ちゃんに主導権を渡すとそのまま圧殺されそうだ」


 それは正解だ。もしも自由に動き回れるのならば拳で弾幕を作ってそのまま薔薇を散らす。しかし、こちらがいつ薔薇を散らせられるか分からない状態ではその戦法を取ることが出来ない。こちらがいつやられるか分からない状態というのはそれほどやりにくいのだ。


 エリザベートをはしっかりと防御を固めながら時折攻勢に出るしかなかった。


 セルバンテスはレイピアを掲げ、攻防一体の攻撃をしてくる。それを観衆のひとりとしてみていた炎の騎士は批評する。


「あの剣士すげえよ。俺はエリザベートと二度戦ったけど、まともに剣を交えられなかった」


 その友人である氷の騎士も評す。


「俺も一度戦ったがエリザベート嬢の戦い方は剛の拳だ。こまかな技術など通用しないが、セルバンテスは圧倒的柔の技で対抗しようとしている」


「あのおっさんは相当の実力者ってことだな」


「ああ、世界は広い。世界最強の令嬢と互することができるのだから」


 そのように評されている間にも無数の剣先が飛んでくるがエリザベートはそれを颯爽と避ける。


 それを見て観衆たちはざわめく。


「エリザベートは力だけでなく防御術も一流だ」


 今までの決闘や対戦でエリザベートは圧勝を繰り返してきた。開幕ワンパンチで敵を粉砕してきたから逆にその強さが目立たなかったのだ。しかし、セルバンテスという強敵と戦って華麗な動きが出来ることも証明することが出来た。


 中にはその動きを見て、


「素敵……」


 とうっとりとする女生徒も出始める。思わぬ副作用であるが、この戦いも永遠には続かなかった。ほんの些細な切っ掛けで均衡が崩れる。エリザベートがバランスを崩した瞬間、セルバンテスは鬼気迫る表情で必殺の一撃を繰り出してきたのだ。



「セルバンテス流奥義ユニコーンの突き弍型!」



 ユニコーンの角を想起させる強力な一撃、それはまっすぐエリザベートの胸野バラにめがけてやってきた。その速度は飛燕を思い起こさせる。


 避けることは出来ない。そう思ったエリザベートは決意を固め、同じように拳を繰り出した。



「ええと、エリザベート流奥義瞬獄殺!!」



 格好付けて真似てみたが、要は素早い拳を繰り出すだけの正拳突きである。レイピアと拳のクロスカウンターを行ったわけであるが、その結果はどうなるだろうか――。


 最速のレイピアと最強の拳のぶつかり合い。竜虎の戦いの結果は目に見える形で現れた。


 薔薇の花が散ったのである。


 散った花の色は――赤、であった。つまり赤い薔薇を刺していたセルバンテスが敗北したのである。


 稀代の伊達男であるセルバンテスは無念、とかがみ込む。これまでの人生で勝利しか知らなかった男が初めて敗北を知ったのだ。その動揺は計り知れないだろう。



 勝敗を確認した学院生たちは、

「おお!」

 と、ざわめきを発する。



「最強の決闘者に勝った!」

「最強不敗の令嬢だな!」

「破壊神に勝てる人間なんていないんだよ!」



 そのような台詞が口々に漏れでるが、決闘の代理を依頼したマリアンヌは激おこである。


「大枚を叩いて雇ったというのに、なに、そのていたらくは!」


「……すまない」


「ああ、これでルクス様はあの泥棒猫に取られてしまう……」


「いや、取りませんよ……」


「嘘よ。あなたはルクス様の女になることを企んでいるのよ」


 重ねて否定をしたいが、冷静さを欠いている彼女に言っても効果はないだろう。ここは勝者として振る舞ったほうが賢明であろう。なので彼女を無視すると喜び勇みながら駆け寄ってくるカレンの手を取る。

「すごいです、エリザベートさん! あんなに強い決闘者を倒すなんて!」


「たまたまです。偶然に偶然が重なっただけ」


 これは謙遜ではない。それを証拠にエリザベートの制服は少し破れている。後数ミリずれていたらエリザベートのほうが花を散らされ、負けたことだろう。


 この僅かな差は天運としか言えないようなものであった。エリザベートは数々の強敵と渡り合ってきたが、セルバンテスはその中でも最強なのである。


 というわけで彼の健闘を祝して握手をする。


「セルバンテスさん、素晴らしい決闘でした」


 強者というのは遺恨を持たないもの。エリザベートが謙虚に手を差し出すと彼は手を差し返してくれた。マリアンヌはそれを見て「むきー!」というが。


「人生最初の敗北がお嬢ちゃんで良かった。中途半端なやつに負けていたら話の種にもならない」

「わたし、セルバンテスさんのような強い人と初めて会いました。あの、よろしければ魔王討伐軍に入って頂けませんか?」


「なんだって!?」


 セルバンテスは顔をしかめる。


「魔王が復活するというのか?」


「はい。もうすでに復活の兆候は現れています。わたしたちが卒業をする頃には地獄の底から魔王が現れるでしょう」


「それは難儀だな」


「もしも魔王が復活し、この世界を征服したらそれこそこの世界は地獄のようになってしまいます」


「義を見てせざるは勇無きなり、分かった。もしも魔王が復活したときは応援に駆けつけよう」


「本当ですか!?」


 顔をぱあっと輝かせる。


「ああ、俺もゼノビア王国の一員だ。魔王に好き勝手されたら困る」


 その言葉を聞いて怒りの声を上げたのはマリアンヌだった。


「エリザベート・マクスウェル! あなたはルクス様だけでなく、セルバンテスも惑わせるというの! 魔王なんて復活しないわ。だってお父様がそういっていたもの」


 彼女の父親デュークハルトは魔王討伐反対派の筆頭であったので今さら驚くことはない。


「マリアンヌさん、魔王はたしかに復活するんです。それを証拠に各地に眠る魔王の眷属である七大悪魔が目覚めつつあります」


「学院の地下で倒したという化け物の話? あんなのはただの魔物よ。鬼の首を取ったみたいに騒いじゃって。ともかく、わたくしたち生徒会も魔王復活は認めません」


「うう……」


 まったくの分からん人であるが、助け船を出してくれる生徒がいた。土の騎士ルクスである。


「マリアンヌよ、おまえは俺に懸想をしているみたいだな」


「ル、ルクス様」


 顔を真っ赤にさせる。


「は、はい、お慕い申し上げております」


「ならば俺たちの邪魔をしないでくれ。俺たちは騎士道精神に乗っ取り、邪悪な魔王と戦おうとしているのだ」


「……ああ、ルクス様はその健康女に堕落されてしまったのですね。健康女、いいえ、破壊神エリザベート、わたくしだけは籠絡されなくてよ」


「……マリアンヌさん、わたしたち分かり合えないのでしょうか」


「分かり合えるはずないわ。あなたは誇大妄想家の扇動家よ。この学院に騒乱の種を撒き散らす魔女。あなたは騒乱の魔女よ」


 健康女、破壊神に次ぐあだ名を貰ってしまった。エリザベートのはこの学院に騒乱を撒き散らす魔女らしい。


 それは違う!


 と、庇ってくれるものはいなかった。四騎士はもちろん、聖女カレンまで「ああ、言い得て妙だな」という顔をしていた。正直、自分でも「そういった見方も出来るな」と思っているほどだ。


 マリアンヌの懐柔を諦めたエリザベートは凛とした表情で言う。


「生徒会とマリアンヌさんの意向は分かりました。この学院の生徒の半数も魔王復活を信じてくれないということも」


 エリザベートはそこで一拍置く。


「しかし、わたしたちがやっていることはこの学院の、いえ、この国のためになることなんです。いくら生徒会とはいえ、邪魔立てはさせません」


 よくいった、あっぱれ、という声が四騎士のシンパたちから聞こえる。彼ら四騎士は学院の人気者、その人気者が本気で取り組んでいるからには応援しようという生徒は存外多かった。


 このようにしてマリアンヌと敵対することになったが、彼女の刺客であるセルバンテスを倒すことには成功した。またこの活躍によって改めてエリザベート最強神話が学院内で流布されることになる。いや、セルバンテスという国士無双の剣士を倒したという噂は学院の外部にまで響き渡り、エリザベートの名は国中響き渡ることとなる。

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