裏の演出家
「っく、やはりそうやすやすとはいかないか」
ナマケモノを刺した瞬間、黒い瘴気が噴出し、怠惰の悪魔は目を覚ます。
「貴様たち、なにものだ」
黒い瘴気はレナードを包み込もうとするが、彼は素早く避け、名乗りを上げる。
「私は聖女に仕える四騎士のひとりレナード」
「ほう、貴様らが魔王様の不倶戴天の敵の光の戦士どもか」
「そうだ。我らは清浄なる光を持っておまえたちを打ち払う」
「いいや、それは不可能だ。おまえの実力は我らが七大悪魔に劣る」
「今はな。しかし、実力差だけで勝負は決まらないぞ」
レナードはそのように言うとレイピア器用に動かし、ナマケモノを切り裂く。
「ふふん、そんなものは効かぬわ」
「っく」
苦戦を強いられるレナード。しかし、聖女様はそれを見捨てない。
「レナードさん、今、光の強化魔法を掛けますね」
「カレンか、有り難い」
レナードの細身の剣が光に包まれる。
それによってレナードはパワーアップする。ナマケモノの拳圧に押されていたレナードは聖なる力によって反撃を始める。
「これが光の戦士たちの力か」
「そうだ、悪魔よ、このまま滅せよ」
「たしかにおまえたちは弱い。しかし、互いに協力することによってその力を何倍にもするということか」
ナマケモノの悪魔は吐き捨てるように言う。
「おまえたちは危険だ。このままレベルを上げ続ければ魔王様の脅威となろう」
「脅威どころか俺たちが魔王を討伐するんだ」
レナードはそのように断言するが、このまま順調にレベルを積み上げれば光の戦士たちは魔王すら討伐できるようになるだろう。しかし、それはまだ先の話、押され始めた怠惰の悪魔は本気を出し始める。
怠惰の魔王は黒い瘴気を拳に集結させるとするどい拳圧を繰り出した。
ぼこっと遺跡の床や壁が壊れる。
もしもこの一撃を食らえばレナードはただですまないだろう。
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ここは手助けすべきか迷った。
レナードは父親に認めて貰うため、手柄を立てたがっている。
また自分の誇りに賭けて戦っている節がある。
そんな中、エリザベートが参戦してあっさり倒したら彼の自尊心は傷つかないだろうか。
また光の戦士育成計画にも支障が出るかもしれない。
そんなふうに思ったが、ナマケモノの攻撃はいよいよ苛烈さを極め、レナードに直撃する。
「レナードさん!」
慌てて彼のもとに駆け寄ると回復魔法を掛ける。
彼は「く、情けない」と歯ぎしりをする。それを見たエリザベートは決断をする。
この戦闘に介入はするがばれないようにしようと思ったのだ。まずは手始めに回復魔法を掛ける振りをしてこっそ身体強化魔法を掛ける。これで彼の身体能力は激増する。
エリザベートは彼の背中を押すと、後方から圧を掛ける。
空気の弾を作り出し、レナードに見えない位置から放ち、怠惰の悪魔から俊敏さを奪う。
怠惰の悪魔は鈍感でエリザベートが横やりを入れていることに気が付かない。
「なんだ、この威圧感は」
と困惑している。
「…………」
レナードは黙々と剣を振るって怠惰の悪魔を追い詰める。
「く、なんだ、この勢いは」
レナードの攻撃力が怠惰の悪魔を上回り始め、回復速度を凌駕していく。
「この俺がやられるというのか」
怠惰の悪魔は心底悔しそうに壁際に送り込まれる。
レナードはそのまま剣を突き立てると怠惰の悪魔にとどめを刺した。
「ぐぎゃあ!」
と悲鳴を上げると同時にエリザベートは先ほど掛けていた強化魔法をレナードのレイピアの先に集中させ、爆縮させる。
レナードの剣先は圧倒的威力を生み出す。
「く、馬鹿な、俺がたったひとりの騎士にやられるだなんて……」
怠惰の悪魔はどこまでもレナードにやられたと思ってくれているようだ。それはカレンも一緒であった。カレンは、
「レナードさんすごい!」
とはしゃいでいる。
ただ、唯一表情を暗くしているのはレナード本人であった。
彼はじーっとエリザベートの顔を見つめると
、
「我が友レウスならば余計な手助けをしやがって、というだろうな」
と言った。
どうやらエリザベートが手助けをしたというか、実質的にとどめを刺したことは分かっているようで……。
「ごめんなさい。あのままだと怠惰の悪魔さんに負けてしまうと思って……」
「君を責めるのはお門違いだ。しかし、俺は君の武勲を盗むことになってしまう」
「なにを言っているんですか、わたしは要所で力を貸しただけで怠惰の悪魔を倒したのはあなたです」
「……そういうことにしておこうか。親父には武勲をあげたと説明しないといけないしな」
「ありがとうございます」
「それはこちらの台詞だ。俺はこれで騎士としてやっていけるかもしれない」
そのように言うと彼はレイピアを鞘に収める。
「父親は俺を官僚にしたがっているが、俺は騎士になりたいのだ」
そのように纏めると、遺跡から脱出するための呪符を使う。「移動の呪符」はあらかじめ指定したポイントに即座に移動することができるのだ。三人はそのまま仲間たちのもとへ帰還する。
真っ先にやってきたのはレナードの竹馬の友であるレウスだった。
「おまえら、どこへ行ってたんだよ。心配したんだぞ」
と声を掛けてきた。
「ちょっと怠惰の悪魔さんを倒していました」
「まじか!」
レウスはなんで自分を呼ばなかった、と批難してくるが、レナードの表情を見てすべてを察したようだ。
「そうか、これで親父さんが騎士になる道を認めてくれるかもな」
さすが竹馬の友、表情を見ただけですべてを察してしまったようだ。幼なじみのいないエリザベートには羨ましくて仕方ないが、どんなに望んでも幼なじみというものは生えてくるわけもないので愚痴は言わないが。
ただ、ルクスとセシルは、
「「抜け駆け」」
だ、と騒ぐ。
「おれもエリザベートとイチャラブ討伐に行きたかったぞ」
「僕もエリザベートと遊びたかったのに」
ふたりはそのような不平を述べるが、レナードさんとはイチャイチャしてません、と封殺をする。
「しかし、それにしてもレナードがひとりで悪魔を討伐するとはな。一歩先んじられたな」
「私だけの力ではない。カレンやエリザベートの力添えがあってこそだ」
しかし、討伐風景を撮影した水晶石にはくっきりとレナードが討伐している姿が映し出されている。
「いや、強化魔法があってもこれはおまえの実績だろう」
ルクスとセシルは感心しているが、このふたりをだませるのならばレナードの父親もだませるだろう。エリザベートは自身の演出力ににやりとするが、あまりにまにましていると裏の演出家の存在を嗅ぎつけられるので表情を引き締める。
さて、このようにして帰還をしたエリザベートたちであるが、肝心の保養をしていないことに気が付く。エリザベートの目的の過半はゆっくりと温泉に入ることにあるのだ。
この保養所の温泉は弱酸性のもので、美白と長寿の効果があるのだそうな。
美白ともかく、長寿という効能にはびくりと反応してしまう。なにせエリザベートは無類の健康マニア、身体にいいというものは一通り試す無類の健康オタなのだ。ちなみに最近は乳酸菌に凝っていて腸活に勤しんでいる。
「ふふふ、この温泉に浸かってお肌をつるつるにした上に寿命もアップです」
そのように不敵につぶやくと女子友であるカレンを連れてお風呂に浸かりに行く。




