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ストーンサークル

 王立学院の保養所に到着する。


 そこは風光明媚な観光地の端にあった。


 馬車から降りると「ふぁーあ」と背伸びをする。


 次いで聖女のカレンが降りて同様に背伸びをするがエリザベートのように間抜けな声は上げなかった。さすがは聖女様である。


 カレンは言う。


「すごいですね。王立学院はこのような場所に保養所を持ってるなんてハイソです」


「王立学院はお金持ちのための学校ですからね。王国から潤沢な資金も下賜されているそうですし」


「しかし、わたしたちがその余韻に与っていいんでしょうか」


「学院長さんは疲れを癒やしてきなさい、と言っていました」


「それじゃあ、甘えてしまいましょう」


 カレンはにこやかに微笑むと荷物を下ろし始めた。すると炎の騎士レウスがやってきて、


「女に荷物を持たせるわけにはいかない」


 とひょいとエリザベートたちの荷物を持ってくれる。


「レウスさんは紳士ですね」


「ですね。ただの脳筋さんではありません」


 ほんのり感動すると保養所の部屋へ向かう。


 保養所は大きいので一人一部屋が宛がわれるが、エリザベートは寂しいのでカレンと相部屋を申し出た。保養所の管理人さんも快く同意してくれて二人部屋を用意してくれた。


「わーい、これで女子会が出来ます」


「そうですね。今日は夜遅くまでお話ししていましょう」


 カレンもにこりと微笑んでくれた。


 男子たちも荷物を纏めるとそれぞれに行動を始める。


 炎の騎士レウスは氷の騎士レナードと剣術の稽古を始めた。


「こういうところでも鍛錬を欠かさないのが差となって表れるんだよ」


 とのことだが、稽古熱心である。


 土の騎士ルクスは大量の恋文を持参し、それの返信を書いていた。


「こういうところで筆まめなやつがモテるのさ」


 とのことだが、なかなかにプレイボーイであった。


 一方、風の騎士セシルは保養所の一角にあるハンモックを見つけるとそこで昼寝を始める。風のように自由な彼の面目躍如である。彼の行動こそ正しいといわんばかりにエリザベートはカレンと一緒に足湯を浴びに行く。


 そこでお話しをする。


「私、王立学院に来てよかったです。聖女に指名されたときは戸惑いましたが、おかげでここにやってくることができて皆さんと仲良くして貰うことができました」


「それはわたしも一緒です。お父様にはコネクションを増やせと厳命されてやってきましたが、本当に素晴らしい人たちと仲良くなれました」


「私もです。その中でもエリザベートさんは最高の友達です」


 ぎゅっと肩を寄せ合ってくるカレン。うーん、とても可愛らしくてきゅんとしてしまう。


「しかし、カレンさんは庶民の出身なんですよね」


「はい。セルビア王国の片田舎から出てきました。お父さんは羊飼いでお母さんはその手伝いをしています。エリザベートさんとは全然、違う環境です」


 そりゃあ、エリザベートは前世持ちの侯爵令嬢だ。前世は商家だったのでだいぶ庶民的な感覚は持っているが。


「侯爵家の御令嬢とは思えない気安さです」


「ありがとう。よく言われます。威厳がないと取ることもできますが」


「ううん、違います。とても親しみ深い性格をしているんだと思います」


 そのような話をしていると、彼女はにこやかに言う。


「でも、強すぎてクラスメイトたちから浮いています」


「皆さん、エリザベートさんの力強さばかりに目が行ってその優しさに目が行っていないのですね」


「はい。わたしはもっと彼ら彼女らと仲良くしたいのですが」


「時間が経てば皆、エリザベートさんの心根の優しさに気が付きますよ。それまで我慢しましょう」


 そのように纏めるが、カレンは話を自分の不甲斐なさに移す。


「あーあ、せめてわたしにエリザベートさんの十分の一でも力があったらいいのに……」


「カレンさん……」


「わたしは聖教会に聖女として認定されてこの学院にやってきたのです。本来、私が魔王討伐の中心にいなければいけないのに……」


「カレンさんはもっと強くなれますよ。そうしたらカレンさんが指導者になってください」


「……そんな日が来るのでしょうか」


「きますよ。きっときます。わたしが約束します」


 そのようにやりとりをしていると保養所の管理人さんが夕食の用意が出来たという。


「ああ、夕食です。馬車の旅ですが、とても疲れました。おなかがぺこぺこです」


「そうですね。頂きましょうか」


 ふたりは足湯から抜け出すと、稽古中のレウスとレナードを呼びに行った。ルクスとセシルはすでに食堂にいた。六人で仲良く夕食を食べると親睦を深め合った。



夕食を食べるとそのまま応接間に集まってトランプをやる。


 きゃっきゃうふふと時間が過ぎていくが大富豪をはじめ、レナードが革命によって貧民になると怒ってトランプを投げ捨てた。レウスいわく、「あいつは勝負事に負けるのが嫌いなんだ」とのことであった。たとえ遊びでも勝つことを信条にしているのだそうな。


 それではお開きとトランプをやめ、それぞれの部屋に戻るが、エリザベートは夜中になるとむくりと起き上がり、保養所の外に出た。


 なかなか眠りにつくことが出来なかったので夜空を眺めることにしたのだ。


 保養所の空は王都よりも綺麗であった。明かりが少ないからであろう。


 そのような感想を抱いていると、後背に気配を感じた。獣ではない、人間の気配だ。振り返るとそこにいたのは氷の騎士レナードだった。


「レナードさん」


 声を掛けると彼は、


「こんばんは」


 と挨拶をしてきた。


「こんばんは、です。レナードさんも眠れないのですか」


「ああ、先ほど悔しい思いをしたし、それに旅は慣れていない」


「わたしもです。みんなと遊んで興奮してしまったのかも」


「だろうな、明らかにテンションがおかしかった。――少し話してもいいか」


「もちろんです!」


 そのように言うとレナードは倒木を見つけそこに座ろうと提案してくる。


 ふたりはそっとそこに座るが、良い雰囲気になったりはしなかった。


「……道中、リバイアサンを気絶させたそうだな、ルクスとセシルから聞いたぞ」


「気絶だなんてそんな。ただ、思いっきり殴りつけただけです」


「昏倒したと聞いた。たいしたもんだ」


「いえいえ」


「その強さにあやかりたいものだ」


「レナードさんは強いですよ」


「しかし、その強さは君の数分の、いや、数十分の一だろうな。それじゃあ、駄目なんだ」


「どうしてですか?」


「私の父親はこの国の財務大臣をしていてね。私を文官にしたがっている」


「そうなんですか」


「ああ、騎士科に入るときも一悶着あった。父親はいまだに私を官僚科に入れたがっているよ」「でも、レナードさんは騎士としての務めを果たしています」


「そうありたいものだが、肝心の父上がそれを認めてくれない」


「ということはもしかしてこのままだと官僚科に転科するという可能性も」


「大いにあるね」


「そうしたら魔王討伐軍から脱退されてしまうのですか?」


「そうなる」


「それは困ります。聖女様と四人の騎士がいなければ魔王は倒せません」


 この世界はRPG風乙女ゲーム「聖女と四人の騎士たち」なのだ。騎士が三人になったら魔王討伐に影響が出る。


「無論、仮の話だ。近いうちに武勲を立てて父に騎士としての適性があると認めさせるさ」


「それはよかった。それでは次に悪魔を見つけたらレナードさんに退治してもらいたいです」


「それなのだが、この保養所の近くにある遺跡に悪魔がいるというのは本当か?」


「はい。学院長様いわく、その通りらしいです。今回は慰安旅行ですが、実はそれの調査も兼ねているんです」


「やはり真実なのだな、これで武勲を立てられるかもしれない。エリザベート、済まないがふたりでその遺跡にいかないか?」


「え?」


「俺は父を納得させる武勲を立てたいんだ。騎士四人で総掛かりで倒しても父は俺の武勲だとは認めてくれまい」


「わたしとふたりならばお父様も納得する、と」


「そういうことだ」


「分かりました。それでは明日、ふたりで抜け出して遺跡の調査に行きましょう」


「本当か?」


 レナードはぱあっと顔を輝かせる。


「はい、どのみち遺跡は調査したかったですし、他の三騎士さんはゆっくり保養して欲しいですし」


「そうだな。それじゃあ、明日、夕食を食べ終えたらその遺跡とやらに行こう」


「はい、それではここで待ち合わせしましょう」


 ふたりは指切りをするとそのままそれぞれの部屋に戻った。


 翌日、昼間は保養所の温泉に浸かり、夜に備える。


 そのまま夜になるのを待つと、倒木のところへ向かうが、そこにいたのはレナードだけではなかった。聖女カレンもそこにいたのだ。


 カレンはエリザベートの顔を見るなり、


「ふたりで危険なことをしようとしていますね」


 と戒めてきた。


「理由はレナード様から聞きました。独自の武勲を立てたいそうですが、私も協力させていただきます」

 ちらりとレナードの顔を見るが、


「聖女様と騎士はセットだ。彼女のレベルアップも兼ねて一緒に冒険してもいいと思う」


 という言葉をくれた。


 そうなればカレン同伴もやぶさかではない。いや、むしろ彼女と一緒に冒険が出来て嬉しいかもしれない。


「三騎士の皆さんには置き手紙をしておきました。心配をされないように、と」


「あいつらのことだから追ってくるかもしれない。遺跡の場所は秘密にしておいてくれ」


「もちろん、秘密にしておきました。というか私はどこに遺跡があるか知りません」


 そうなのだ。遺跡の場所を知っているのはエリザベートだけであった。


 なのでエリザベートはふたりを先導するかのように遺跡に案内する。


 遺跡は保養所にある森林地帯の奥底にあった。森の中にはストーン・サークルがあり、その巨石の下に迷宮が広がっているのだ。


 この大岩を動かせる者は世界広しといえども限られる、というのが学院長の言葉であった。エリザベートはひとりでも余裕で動かせるのだけど。


 

 ずずず――。



 とストーン・サークルの一部を動かすと地下迷宮の入り口が見つかった。


「この地下に七大悪魔のひとりが眠っているんだな」


 レナードは問うた。エリザベートはゆっくりとうなずく。


「学院長様はそのように言っていました」


「それを自分の力で討伐できれば父上も私が騎士になることを認めてくれるに違いない」


「頑張ってお父上に認めて貰いましょう!」


 カレンはそのように言うと張り切る。


 洞窟の入り口は真っ暗であったので松明をともすがカレンがそれを持ってくれた。


「この中で私が一番戦力になりませんから」


 とのことだが、有り難い配慮であった。この遺跡には下級の魔物がひしめいている。


 まず最初に襲い掛かってきたのはアメーバ・スライムだった。アメーバ状のスライムで遺跡の天井で待ち伏せしていた彼らはエリザベートたちを溶かして捕食しようとしたたり落ちてきたが、両手が空いていたので、


火球(ファイアボール)


 の呪文で燃やすことに成功する。


 もしも松明を持っていれば初動が遅れ、奇襲を受けていたかもしれないと思うとカレンの決断は英断であった。


 そのまま洞窟を進むとゴブリンの集団が現れる。


 石器や錆びた武器を持っている彼らであるが、なかなかに手強い存在だ。氷の騎士レナードは前線に躍り出て彼らに斬り掛かる。


 ずばずばと血を吹き出し倒れていくゴブリンたち。人型の魔物なのでエリザベートは良心の呵責を覚えるが、レナードは気にした様子もなくゴブリンを倒していく。


「躊躇なく人型の魔物を斬れるところが私の長所かな。唯一、エリザベートより勝っている点だ」

 と自画自賛をするが、その自賛が謙虚に見えるほどの速度でゴブリンたちを倒していった。

「みなさん、お強いです」

 カレンは明かりをともしながらそのように賞賛してくれた。


 三人はずんずんと遺跡の地下へ潜る。


 途中、休憩のために野営をする。


 保養地の倉庫から持ってきたテントを張る。


「ここでいったん休憩です。体力を万全にしないと悪魔と出会ったときに敗北してしまうかもしれません」


 そのような根拠のもと休憩を取る。


 エリザベートは持ってきた真水を使ってお茶を入れる。燃料は先ほど倒したワーボアの毛をむしったものを使う。


 ぼうっと燃え上がるワーボアの毛。


 そこにやかんを置いてお湯を沸かす。


 沸いたお湯で紅茶をいれる。


 実家から持ってきたオレンジのフレーバーの紅茶だ。とてもかぐわしい香りが迷宮内を満たす。


「迷宮の中で紅茶を飲むという発想が女だな」


 レナードはそのように言うが女子よりも多く砂糖を入れるのはどうであろうか。


 カレンはにこりと微笑み、


「このような場所でお茶会をするのがいいのですよ。どのようなときも優雅さを忘れてはいけない。王立学院の校則にも書いてあります」


 ちょこんと小指を立てて紅茶を飲むカレンは愛らしい。


「みなさん、良かったらクッキーも食べてください」


 タイミングを見計らってクッキーを出すとレナードはぼりぼりと食べ始める。


「腹が減ってはいくさはできない」


 それが彼の理屈であったが、お茶会はなごやかに続く。


「迷宮もだいぶ進みましたが、悪魔さんの気配はまだしませんね」


「まだ完全に復活しきっていないのだろう」


 七大悪魔はまだ完全に復活していない。前日倒した暴食(グラトニー)の悪魔もそれほど強くなかったのがいい証拠だ。


「もしも完全に目覚めればレベル99のカンスト娘でさえ手こずるだろう」


 というのが公式の見解であった。


「すまないな、私たちがまだ戦力にならなくて」


 レナードは忸怩たる気持ちを覚えておるようだ。


「私も申し訳ないです。すべての負担をエリザベートさんに強いてしまって」


「気にしないでください。そういう宿命に生まれたと諦めています」


 病弱な前世から生まれ変わるとき、神はいった。おまえを悪役令嬢にすると。そのとき多大な苦労をするとも示唆されていたので今さら愚痴を言うことはなかった。


 さて、このように休憩をすると遺跡を進む。


 すると遺跡の先に大きな広間を見つけた。なにか宗教的儀式が行われそうな場所だ。その中心に魔人のような物体が眠っていた。


「七大悪魔のひとりでしょうか」


「おそらくは怠惰(スロース)の悪魔でしょう」


 カレンは確信を込めて言う。


 たしかに怠惰な寝姿はそれを想起させる。


「というかナマケモノに似ているな」


 動物園にいるナマケモノを想起させる。手足が妙に長く、猿のような姿をしていた。


「寝ている内に倒してしまいましょう」


 そのように音頭を取るが、レナードは一歩前に出る。


「いや、ここは私に任せてくれないか」


「レナードさん」


「元々、俺の功名を遂げるためにここにやってきたんだ。幸いと怠惰の悪魔は眠っている。いまらならば私でも倒せるかもしれない」


 そのようにレナードは言うとレイピアを抜き放つ。


 真剣な瞳なのでエリザベートは「わたしが倒す」とはいえずに一歩引き下がる。カレンも同様に引き下がるとレナードと怠惰の悪魔との戦闘が始まった。


 レナードは躊躇うことなくレイピアを抜き放つとそれを容赦なく突き立てる。


 討ち取った! 誰しもがそう思った瞬間、ナマケモノに似た悪魔は黒い瘴気を発し始める。

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