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リヴァイアサン

 王立学院の保養所は学院から歩いて馬車で一日ほどのところにある。学院は有り難いことにも馬車を用意してくれたのでそのまま馬車に乗り込むと魔王討伐軍の中核メンバーは保養所に向かった。


 馬車に揺られながら景色を楽しむが、王都郊外は特に変わったところはない、すぐに飽きる。というわけでトランプをするが、これまた四騎士様は子供っぽいとだだをこねる。


「四騎士の皆様は我が儘です」


「我が儘じゃない、子供っぽいのが苦手なだけだ」


 特に反発するのは氷の騎士のレナード様。一番大人びている彼は子供っぽいことが嫌いなようだ。それでもなんとかババ抜きと大富豪をすると四騎士それぞれの個性が見える。


 まずは炎の騎士レウス、彼は単純明快な男でババに手を触れるとにやりと微笑み、別の札にするとこの世の終わりのような顔をする。ババ抜きというゲームにこれほど向いていない男はいない。


 また風の騎士セシルはゲームを楽しむタイプで勝敗は一切気にせず、ババを抜けば悔しがり、一抜けすれば大喜びをする。


 俺様系の土の騎士様は勝負になどこだわらず豪快に札を交換したり、革命をしたりする。


 氷の騎士レナード様はババを引いたりいいところで革命をされるとまじでお怒りなされる。勝負にこだわるタイプだ。


 要はなんだかんだでみんな楽しんでいるような気がした。それを見て聖女カレンは、


「よかった。楽しい旅になりそうです」


 と微笑んだ。


 そのようにして馬車の旅を楽しんでいると道中、村に立ち寄る。ここで一泊してから保養所に向かうことにしたのだ。馬車で一日駆け抜けることもできたが、急ぐ旅ではないと全員が宿泊することに承知してくれたが、そこで少女と出会う。


 首に黒板を下げた少女を見かけたのだ。


 彼女は宿泊した宿の娘らしく、声を発することができないようであった。


 彼女は声を発することが出来ないにもか関わらず健気にも宿屋の仕事を手伝い、接客をしていた。


『こんにちは、お客様方」


 にこりと微笑み黒板にそのような台詞を書く。


「こんにちはです。ええと、あなたは――」


『マーサと申します』


「マーサさんは声を発することができないのですか」


『はい』


 どうしてだろう、聞いていいのか迷ってしまうが、本人からではなく、宿屋の女将さんから話を聞いてしまう。


「この子の両親は幼い頃に盗賊に殺されてしまったんだ。その光景を見てしまったこの子はショックのあまり言葉を失ってしまったんだよ」


「そうなのですか、可哀想……」


「ああ、可哀想な子だよ。以来、あたしたち夫婦が引き取ったんだが、この子は健気にも家業を手伝ってくれるんだ」


「なんとか声を取り戻す方法はないんですか?」


「お医者さまは時間が解決してくれると言っていたが、切っ掛けも必要だと言っていたね」


「きっかけ?」


「例えばだけど、古エルフの蜂蜜を飲ませるとか」


「エルフの蜂蜜?」


「古エルフ族の秘伝の蜂蜜さ。それを飲めば世にも美しい歌声を得られるという。つまり、喉にとてもいいんだ」


「それは買えないのですか?」


「無理だよ。とても高価なものだし、それになかなか市場に出回らないんだ」


「うう、それでもなんとかしてあげたいです」


「実はね。先月、この村に滞在した商人が偶然、古エルフの蜂蜜を持っていたんだ。あたしら夫婦はそれを買おうと悩んでいたんだけど、悩んでいる間に次の村に行ってしまった」


「それじゃあ、その方から購入すればいいんですね!」


「でも、そんなお金は……」


「大丈夫です。我がパーティーはお金持ちですから」


 セシルとルクスを凝視する。


「おいおい、まさか俺たちを頼みにするつもりか?」


「はい、駄目ですか?」


 上目遣いで覗き込む。


「いや、まあ、俺は王族だから古エルフの蜂蜜くらい買えるが」


「僕もパパに頼めばそれくらい余裕だよ」


 ふたりはなんだかんだで了承してくれる。さすがはお金持ちだ。


「いいのかい、見ず知らずのあたしたちにそんな慈悲をかけてくれて」


「僕たちのリーダーの命令じゃ仕方ないよ」


 照れ隠しのためか、そのように言う。


「この娘は俺たちの最高の給仕をしてくれた。その礼だ」


 ルクスもまた照れ隠しでそのように言う。


「それじゃあ、その商人を探し出して古エルフ族の蜂蜜を手に入れましょう」


 元気よく拳を振り上げると、商人の居場所を探る。


 村の中で聞き込みを始めるが、どうやら彼は渡りの行商人らしく、次の村に向かったようだ。


 隣村で会ったので馬を使う。


 スポンサーである土の騎士ルクス様と風の騎士セシル様が馬にまただかり、エリザベートはその後ろに乗る。

「手分けをして探すぞ。俺がアレイ村へ向かう。おまえたちはレイド村へ向かえ」


「そうだね」


 その作戦に納得したエリザベートはセシルの腰にぎゅっと捕まり、レイド村へ向かった。


 小一時間ほどでレイド村に到着すると、村の広場で行商をしている商人を見つめる。


「聞いたとおりの人相の男だね」


「あの人が古エルフの蜂蜜を持っているのですね」


「そうみたいだ。頼み込んで譲って貰おう」


 セシルはそのように言うと、金貨をどんと行商人の前に置く。


「パパいわく、余計な駆け引きなど無用、適正価格でどんと買う。それがマテウス商会の流儀だ」


「す、すごいです」


 その豪胆さに商人も呆れるが、彼は思ってもみなかった台詞を発する。


「古エルフの蜂蜜ならば数日前に売れてしまったよ。喉を痛めたとか言う村の長者が買っていった」


「く、入れ違いか、その人の家は知っている?」


「村の中央にあるんじゃないかな」


「ならばそこに行きましょう。まだ余っているかもしれません」


 そのように一縷の望みに掛けるが、たしかに蜜はまだ余っていたが、その男はとても意地悪であった。

「蜂蜜ぅ? たしかに古エルフの蜂蜜は俺が買ったが、これは喉の薬として俺が買ったんだ。誰も分けてやることは出来ないね」


「そこをなんとか分けてくださいませんか? 少女の運命が掛かっているんです。それを飲めば声を失った少女が声を取り戻せるんです」


「はん! そんなの知ったことじゃないね。俺は忙しいんだ。あんたら、帰ってくれ!」


 塩をまかれそうな勢いであった。


 セシルなどはカチンときて、己の短剣に手をやり、


「暴力に訴える?」


 と提案してきた。


 それは人としてどうかと思うのでなんとか制すると交渉をする。


「あなたは喉の薬としてそれを購入したのですよね。ならばわたしたちが代替品を用意するのでそれと交換というのはいかがでしょうか?」


「代替品ねえ。そうだな。レムセス湖にいるリヴァイアサンの背苔があれば良いうがい薬になると聞いたことがあるが」


「リヴァイアサン!?」


 セシルは顔を真っ青にさせる。


「分かりました。それを取ってきましょう」


「ちょ、ちょっと待ってよ、エリザベート」


「どうかされたのですか?」


「リヴァイアサンってのは神にも近い幻獣だよ。早々安請け合いをしちゃ駄目だよ」


「でも、神様そのものではないのでしょう?」


「そりゃあそうだけど」


「それにそのリヴァイアサンを倒すわけじゃありません。背中の苔をとってくればいいんですよね」


 意地悪な男は、


「そうだ。背中の苔さえあればいい」


 と言い放つ。


「それじゃあ、迷う必要はありませんよ。わたしたちならばなんとかなります」


「うーん、そうかなあ」


「成せば成る! 成せねば成らず、なにごとも、ですよ」


 そのように言い放つと力こぶを作ってやる気をアピールする。


「……まあ、君がいればなんとかなるか」


 セシルはため息を漏らしながらレムセス湖に向かってくれた。


「他の三騎士たちの応援はいいかな?」


「不要です、と言いたいところですが、ルクスさんだけでも合流しましょうか」


 そのように言うとルクスが向かった村へ向かう。途中、ルクスが馬に乗って現れる。アレイ村に行商人がいないと分かった彼はレイド村に向かっていたようだ。


 合流したルクスに事情を放つと彼は嘆息した。


「まったく、なんて娘なんだ。そんな無茶な約束をして」


「でも、それしか古エルフの蜂蜜を得られる方法はありませんから」


 平然と言い放つが、勇気溢れるルクスは、


「まあいい。魔王を倒すのが俺たちの目的。リヴァイアサンと対峙できなくてどうする」


 と闘志を燃やしてくれた。


 有り難いことである。


「それでそのレムセス湖はこの側にあるんだな」


「はい。馬ならばすぐだそうです」


「それはいい。それじゃあ、さっそくリヴァイアサンと戦う準備をしようか」


 と湖に着く前から気合いを入れるが、なにもリヴァイアサンを討伐するわけではない。背中から苔を貰えればいいのだ。なのでもっと知恵を働かせる。


「わたしがリヴァイアサンの注意を引き付けますからその間に背中から苔を奪取してください」


「おまえがおとりになってくれるのか」


「はい。わたしならばリヴァイアサンに負けることはありませんから」


「その作戦がいいだろうな。情けないことだが我々のレベルではリヴァイアサンと対峙できない」

「それじゃあ、その作戦でリヴァイアサンと対峙しようか」


 と作戦は纏まりかけるが、レムセス湖にたどり着き、リヴァイアサンがいると思われるほこらまでやってくると彼らの戦意はくじかれる。


「な、なんて巨体なんだ」


 レムサス湖の主であるリヴァイアサンの大きさは相当であった。貴族の屋敷をみっつ並べたかのような巨体だ。以前、召喚したドラゴンなど目でなかった。


「さすがはこの国の神話にも登場する最強の幻獣の一角だ。なんて大きさだ」


「こいつの背中にのぼって苔をとらないといけないのかあ……」


 セシルは意気消沈しているが、勇者ならばそのくらいのことはしてほしかった。


「まあ、魔王に対峙するときの勇気を養う練習だと思っておくよ。こいつと魔王、どっちが強いかは知らないけど」


 黒猫のルナいわく、各地に眠るリヴァイアサンクラスの神獣は場合によっては魔王よりも厄介らしい。

ただ、魔王のように明確な悪意はないのでなんともいえないのだそうな。


 実際、このレムセス湖の主リヴァイアサンも時折湖で暴れて大津波を起こしたりするそうだが、それ以外はとても大人しい生物でこの湖に訪れる漁民に危害を加えることはないのだそうな。


「まったくもって厄介だが、さっそく、苔を奪取するぞ、おとり、任せた!」


 ルクスがそのように言うと戦闘が始まる。


 エリザベートは湖に生えていた木を抜くとそれを投げつける。何本も。


 まるで高射砲のように木の弾丸を投げつけるとリヴァイアサンはエリザベートの存在を知覚した。


「リヴァイアサン! わたしと勝負です!」


 そのように言い放つとリヴァイアサンは蛇のような身体をくねらせ、エリザベートに攻撃を加えてくる。


 ずどーん、と蛇の巨体は木々をなぎ倒しながらエリザベートを圧殺しようとしてくるが、俊敏なエリザベートを捕らえることは出来なかった。その間も木々を投げ、巨石を投げつけ、リヴァイアサンの注意をひきつつ攻撃を加える。


「すごいです。ドラゴンさんとはひと味もふた味も違います」


 ドラゴンは尻尾を持ってぶんぶん振り回すことが出来るが、さすがにリヴァイアサンはそういったことはできない。あるいはリヴァイアサンはレベル99のエリザベートが本気を出せる数少ない存在なのかもしれない。


 そのような感想を浮かべるが、岩の陰に潜むルクスとセシルは固まっていた。


 天地を揺るがし、創世神話のような戦いを繰り広げるエリザベートとリヴァイアサンに面食らっているようでなかなか背中にのぼる隙を見いだせないでいるようだ。


 まったく、勇気のない騎士様たちだ、と思うが、彼らが特別意気地なしなのではなく、リヴァイアサンが化け物過ぎるのだろう、と思った。これはなんとかせねばと思ったエリザベートは巨木を抜き放つとそれをリヴァイアサンの頭部に投げつけ、ひょいとそれに乗り込むと頭部に接敵する。そして手をぶんぶんと振り回すと思いっきりパンチを入れる。



 ぼこーん!



 という派手な音が鳴り響くとさすがのリヴァイアサンも昏倒する。


 脳を揺さぶられたリヴァイアサンはばたーんと倒れ落ちる。


「今です! ルクスさんとセシルさん!」


 エリザベートはそのように叫ぶが、騎士様の判断力は素早い、エリザベートが言葉を発するよりも先にリヴァイアサンに向かっていた。背中に乗り込むと、短剣で苔をむしっている。それを確認したエリザベートはリヴァイアサンから離れる。


 それと同時にリヴァイアサンの怒りは頂点に達し、激発する。周囲の水をうねらせ、大海嘯を発生させようとするが、もはや後の祭りである。苔を手に入れたエリザベートたちは一目散に逃げ出していた。


「世の中、レベル99でもどうにもならないことってあるみたいです」


「つまりひとりじゃリヴァイアサンは倒せないってこと?」


「はい、そうみたいです」


「地上最強の生物ではないのか」


「そうみたいですね。わたしはか弱い乙女のようです」


 なよなよとしなを作るが、彼らは信じてくれない。


「いや、時間を掛ければだがリヴァイアサンとて倒せるような気がするぞ」


「うん、ぶん殴って気絶させていたし」


「気絶が精一杯ですよ」


「まあ、なんだ、俺たちの敵が魔王だけでよかったよ。神獣まで討伐せよって使命を課せられなくてよかった」


 そのように纏めるとルクスはリヴァイアサンの背中からむしり取った苔を見せる。


「これを煎じれば喉にいい薬ができあがるのですね」


「ああ、あの男も古エルフの蜂蜜と快く交換してくれるだろう」


 そのようにやりとりをするとレイド村に戻り、男に苔を渡す。


 彼は目を丸くしながら、


「冗談で言ってみたんだが、本当にリヴァイアサンの苔を取ってきたのか」


 と言った。


「はい。これで交換してくれるんですよね」


「もちろんだ。こちらのほうがより希少だからな」


 と彼は快く古エルフの蜂蜜を譲ってくれた。


 こうして蜂蜜を手に入れたエリザベートたちは村に戻り、マーサに蜂蜜を飲ませる。


 すると言葉を失っていたマーサに声が戻り始める。


「あ……ぁぁ……わ、わたし、しゃ、しゃべれる……?」


 僅かであるが十数年ぶりに言葉を取り戻した少女に彼女の育ての親は感動する。


「マーサがしゃべったよ! 十数年沈黙していたマーサがしゃべった!」


 涙さえ浮かべる宿屋の女将さん、彼女は涙ながらエリザベートの手を握り絞めると、


「ありがとう! 本当にありがとう。あんたたちは天使だよ」


 と言った。


「そんなことはありません。マーサさんの言葉が戻ってよかったですね」


「ぁ……りがとう、お、おねえちゃん、たち……」


 不器用ながらも言葉で謝意を伝えてくる娘。エリザベートたちの心はほんのり温かくなる。


「エリザベートはすごいよ。まさか本当に古エルフの蜂蜜を手に入れてそれを少女に渡してしまうなんて」


 セシルは言う。


「紆余曲折の末、リヴァイアサンまで殴りつけちゃうんだもんね。すごいよ、まったく」


「そんなことはないです。ルクスさんとセシルさんが背中にのぼって苔を切り取ってくれたのが決め手です。わたしひとりでは不可能でした」


 そのようなやりとりをすると六人は旅を続ける。


 今回の目的はあくまで慰安旅行なのだ。脱線してしまったが、保養所に向かってそこで温泉に入るのが目的であった。人助けはあくまでおまけなのである。


 マーサたちはもう少し滞在してくれた頼んでくるが、帰りもここに泊まると約束すると解放をしてくれた。


 さて、こうして一仕事終えたエリザベートたちは保養所に向かう。

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