学院長の贈り物
学院長室へ向かうとそこには学院長がいた。書物を読んでおられる。錬金術全体系と書かれている本だ。学院長様は賢者であらせられるから錬金術にも造詣があるのだろう。
かなり読書に集中されているので声を掛けるのを躊躇われるが、放っておくといつまでも読んでいそうだったので声を掛ける。
「学院長様、学院長様、よろしいでしょうか」
「おお、レベル99の娘よ、やってきたか」
そのように言うと魔法で栞をひょいと出し、本に挟む。
「呼び出して済まない。なにか所用があったのではないか?」
「いいえ、お友達ときゃっきゃうふふふすることを夢想していただけですから」
「なんじゃ、おぬしは友達がおらんのか」
「はい。有り体にいえば」
「そりゃあ仕方ないか。おぬしは特別な存在じゃからの」
「はい。入学早々測定機械で馬鹿みたいな数字を出して、幼年学校以来の俊才と言われた人をボッコボコにしてしまいました」
「しかも女の身で。それじゃあ、目立って仕方なかろう」
「はい。私を友達扱いしてくれるのはカレンさんだけです」
「あの娘の心根は聖女のようじゃのう」
「実際に聖女ですけどね」
「うむ。得がたい存在じゃ。大切にするのじゃぞ」
「はい。ところで学院長様、なにかご用なのでしょうか?」
「そうじゃ。おぬしに慰労の言葉を掛けようと思っての」
「慰労の言葉?」
「我が学院に巣くっていた七つの大罪の悪魔のひとりを倒してくれたではないか」
「ああ、そのことですね」
「とても助かったぞ。本来ならば学院側で処理をせねばならぬことをおぬしはやってくれたんじゃ」
「悪魔が神聖な学び舎の地下にいると分かったのです。退治しないでどうするのですか」
「その言葉なによりも頼もしい。さすがは魔王討伐軍の指導者じゃ」
「はい。わたしの目標はふたつ。楽しく学院生活を送る。もうひとつは魔王を頑張って討伐する、ですから」
「なんともまあ健気な娘じゃ。なにか褒美をやらないとな」
「え、御褒美を頂けるのですか」
「無論じゃ。信賞必罰は王立学院のモットーのひとつじゃからな」
「ありがたいです」
「それではおまえさんの苦労を慰労するため、休暇を取らせて進ぜようか」
「え、本当ですか、それは嬉しいかも」
「おぬしの仲間と一緒に学院の保養所へでも行ってきたらどうじゃ」
「学院に保養所があるんですか!?」
「あるぞ。そこでおぬしたちは普段の疲れを癒やすのじゃ」
「お友達と旅行です!」
「そうなるな」
「ありがとうございます。……でも、悪魔討伐はいいんですか?」
「もちろん、引き続き七大悪魔討伐は続けて貰うが、六匹目の居場所がまだ見つかっていないのじゃ。それにもしかしたら保養地付近の遺跡におるかもしれない」
「あら、そんなからくりがあるんですか」
「そうじゃ。ただおぬしを遊ばせておくわけじゃないのじゃぞ」
「どこまでいってもわたしは魔王討伐の要なんですね」
「そういうことじゃ。おぬしはともかく、四騎士どもはまだまだひよっこじゃからな」
「彼らもだいぶ強くなりましたよ。レベル二〇台です」
「しかし、おぬしの足下にも及ばぬレベルじゃ」
でも、これでも史実よりは遙かに速いペースでレベルアップしているんです、という論法は通じないだろう。学院長はこの世界がRPG風乙女ゲーム「聖女と四人の騎士たち」であることを知らないのだから。
というわけでここは大人しく保養所へ向かう。なぜならば保養所には温泉があるから。
「温泉!」
健康をなによりも愛おしく思うエリザベートにとって温泉は最高の娯楽であった。温泉に浸かって日頃の疲れを浄化すれば健康に長生きできるのだ。さてさて、保養所にある温泉はどんな効能があるのだろう。そのように楽しみにしながら温泉に思いを馳せ、四騎士と聖女様に保養所行きを伝える。
四騎士たちは、
「ひゃっほー! やったぜ! 温泉!」
とはならなかった。なんでも彼らは温泉はじじくさいものと認識しているらしい。
「俺たちは水を弾くような肌を持った若者だ。温泉でしっぽりって歳じゃない」
とのことであった。
たしかに彼らの身体は筋肉痛知らずの屈強なもので弱っているところは一切なかったが、それはエリザベートも一緒だった。
「温泉とは疲れた身体だけでなく、疲れた精神をも癒やすのです。温泉を笑うものは温泉に泣きます」
と説教を加える。
立場上、エリザベートは彼らのリーダーなのだ。
先日の魔人討伐の件や圧倒的実力差があることもあってか、彼らは最終的には保養所行きを了承してくれた。やれやれ面倒くさい連中である。
一方、マブダチのカレンのほうは最初からあっさり保養所行きを楽しんでくれた。
「私、旅行すること自体、初めてなんです!」
と顔をきらめかせる。
偉い! これが正しい反応だ。ちなみにエリザベートも旅行自体初めてである。いったい、なにを持って行けばいいのか、ふたりで相談してしまう。
「トランプは必ず持って行きましょう!」
とはふたりの約束であるが、着替えの枚数や種類なんかも気にしてしまうのは女子の性だろう。一応、制服だけでなく、向こうでゆったりできるよう可愛らしいネグリジェなんかも持ち込みたかった。
「保養所でぷち女子会を開催するのです」
とはエリザベートの目標であるが、みんなでババ抜きをするのも夢であった。エリザベートは使い魔にして紳士のルナとしかババ抜きをしたことがないのだ。
ふたりでするババ抜きはすぐに終わってしまってつまらない。大富豪もしかり。
エリザベートはるんるん気分で保養所に向かう準備を始めた。