いわゆる転生者
エリザベート・マクスウェルはいわゆる転生者である。
前世の記憶を持っているのだ。
前世のエリザベートもエリザベートという名前を持っているのだが、今世のエリザベートとはだいぶ違う。前世のエリザベートは亜麻色の髪を持った病弱な娘で儚げな少女であった。一方、今世のエリザベートは健康優良児を絵に描いたような女の子であった。
いや、そんな言葉では語り尽くせないほどの強さを誇っており、圧倒的なパワーも持っていた。
毎日、腹筋と腕立て伏せ、それにスクワットを欠かさない女子で、そのレベルは99。一撃でドラゴンさえ屠るのではないかというパワーを持っている。
なぜ、そんな力を得ているのかと言えば、それはエリザベートが悪役令嬢だからだ。
聖女カレンという少女を虐め抜き、悪名を馳せ、やがては彼女に討伐されてしまうというのが今世における正史であったが、エリザベートはそれを回避するため、圧倒的なレベルを手に入れたのである。
レベルが99ならば悪役令嬢として討伐されないだろう、そのような目算の元、幼児の頃からレベル上げに勤しんだ結果がこの無敵の身体であった。
「成せば成るものです」
というのがレベル99という高見に到達したものの率直な感想であるが、さてはて、エリザベートは討伐エンドや処刑エンドを回避できつつあるのであろうか。
エリザベートを討伐するはずの四人の騎士たちとの仲はそれなりに良好であった。
炎の騎士レウスとは、
「一緒にトレーニングしようぜ!」
と誘われることもあった。
氷の騎士レナードとは、
「レベル99の秘訣、聞かせてほしいな」
と茶飲み話をすることもあった。
土の騎士ルクスからは壁ドンをされ、
「俺の女になれよ」
と言われることもあった。(これは色んな女の子にやっているそうだけど)
風の騎士セシルからは、
「エリザベート、一緒に買い物に行こう!」
と出かけることもあった。
さらにいえば正史では敵対する聖女カレンとはとても仲良しさんだ。
同じクラスということもあってか、毎日、一緒にお弁当を食べ、一緒にお出かけをしたりもするような仲になっている。いわゆるお友達といっても差し支えないかもしれない。
「……お友達」
その言葉を発するとジーンとしてしまう。
エリザベートの前世は病弱の文学少女、お友達は本だけという寂しい人生であった。しかし、今世においてはなんと五人ものお友達に囲まれるようになったのだ。
それはとても素晴らしいことであり、喜ばしいことであった。
ひとり感動していると黒猫のルナは言った。
『感慨に浸っているところ水に差すようだけど、彼らは一歩間違えば君の敵になるんだからね。それを忘れないようにね』
神使にしてお目付役であるルナはそのように危険性を示唆するが、たしかにその可能性もなくはなかった。今のところ共に魔王を討伐するという志を共有しているが、なにかの拍子にエリザベートが魔王の娘だとばれてしまうかもしれない。そうなれば友好関係に亀裂が入るのは容易に想像できた。
「……ということは手早く魔王さんを退治して証拠隠滅したいところですね」
不穏な言葉を漏らすが、魔王復活は王立学院三年時の卒業付近とのことであった。それまではなにもできない。いや、正確には魔王の眷属を倒すことは可能であるが。先日も魔王の眷属である暴食の悪魔を討伐したばかりなのだ。
「この勢いで魔王復活前に7大悪魔を倒して魔王の戦力を削っておこう」
というのが軍師ルナの言葉であるが、その考えには賛同であった。
もっとも、みずから眷属を探して討伐をするほどアグレッシブにもなれないが。
「わたし、学生生活というやつを充実させたいんです」
『前世では病院のベッドにくくりつけられていたからね』
「はい。ですから今世ではお友達と遊びたいんです」
もっとカレンと一緒に買い物に行きたかった。アイスクリーム屋に行ってアイスクリームをシェアしたかった。一緒に手を繋いで並木道を歩きたかった。一緒におトイレにも行きたかった。(女子ってなんで一緒にトイレに行きたがるんだろう)ともかく、世間一般並みの友達というものを作ってみたかった。
そんな気持ちでクラスメイトのカレンを見つめるが、彼女は忙しそうだった。
カレンは元々平民なので貴族の礼節や常識は身につけていない。
魔法の教育も受けていないのでこの学院の授業についていくのがやっというていで休み時間も机にしがみついていた。
「ええと、貴族の令嬢がスカートの端を持って挨拶するときのあれはなんていうんだったかしら」
頭をひねっている。
エリザベートは彼女の前に行くと、
「カーテシーです」
と答えを教えてあげる。
「あ、エリザベートさん」
「カレンさん、こんにちは」
「答えを教えてくれてありがとうございます」
とカレンは立ち上がると制服の裾を持って、カーテシーを決める。なかなかにさまになっている。
「貴族は変わった挨拶をするんですね。どうしてこんなことをするのでしょうか」
「さあ、考えたこともありません」
今世で貴族の生まれ落ちてから16年、疑問に感じたことさえなかった。
「わたし、庶民の出なので正直、この王立学院のハイソさにまいっています」
「定期的に夜会もありますしね」
新入生会歓迎プロムナード、定期夜会、その他諸々、ドレスを着て舞ったりお話ししたりする機会は多い。エリザベートは侯爵家に産まれ、幼き頃より色々と礼節をたたき込まれているので、それらに対応することができた。
「……今にして思えば厳しい鍛錬でした」
本を頭の上に乗せて落とさず歩くトレーニング、優雅に食事が出来るようにウェイトを付けてナイフとフォークを握る鍛錬。朝から晩まで踊りの稽古を付けられたこともあった。
「……というかこれら厳しいお稽古事もレベル99に一役買っているのかも」
そんなことを思いながらカレンの勉強に付き合っていると学院長に呼ばれる。
「あら、なんのご用でしょうかしら」
カレンは首をひねるが、エリザベートは魔王討伐部隊の指導者、色々と打ち合わせをすることはあるのだ。そのように説明をすると彼のもとへ向かう。