念願の悪役令嬢(けんこう)な身体を手に入れたぞ
魔王の眷属が見つかるまでは待機と言われていたが、その間、なにもしないのも気が引けたので四騎士たちと剣術の修行をする。いや、武術か。エリザベートの武器は徒手空拳なのだ。
「前も言ったが、よく素手で戦えるな。どんな拳をしているんだ?」
炎の騎士レウスはエリザベートの手を握りたしかめてくる。
ツンツン、ぷにぷに触ってくるが、エリザベートの拳はどこにでもいる令嬢のような柔らかなものであった。
「攻撃の瞬間、魔力を過集中させて攻撃力を増大させているのだろう」
眼鏡知的キャラの氷の騎士レナードはそのように考察する。
「で? 本当のところ、どうなの?」
風の騎士セシルが尋ねてくるが、こればかりはエリザベートも分からない。そもそもなんで〝自分〟以外の皆が弱いか理解できていないのだ。
「毎日腹筋とスクワットをやるだけですよ? わたしの鍛錬は」
「しかもどれも百回程度らしいじゃないか」
土の騎士レクスはその10倍は鍛錬しているそうなので、まさしくエリザベートの強さはチートだった。
「その程度の鍛錬でレベル99を維持できるのだから羨ましい」
あるいはエリザベートは天に愛されている少女なのかもしれない。心当たりはちょっとある。前世で死んだとき会った神だ。彼はエリザベートが悪役令嬢に転生するときにチートをくれたのかもしれない、そう思った。
しかし、そんなことをのたまえば精神異常者のレッテルを貼られるので控えるが。
さて、そのようにいつものやりとりをしていると鳳凰の幼体がやってくる。
「あら、この子は」
「なんだ、こいつ、珍しい鳥だな」
「鳥鍋にして食べちまおうぜ」
「可哀想だろ」
「食べるのは禁止です。この子は世にも珍しい鳳凰ですよ」
鳳凰などどこにでもいるものではない。恐らくではあるが、学院長の使い魔だろう。事実、鳳凰は首に掛けていた魔石を照射させる。
すると学院長が映し出される。
「おお、映った、映った」
「学院長!?」
「そうじゃ、おまえたちの学院長様じゃ。今、隣国の大図書館に来ていての。そこで文献をあさっていたら魔王の眷属について分かったんじゃ」
「使い魔を使うと言うことは緊急事態なんですね」
「左様じゃ、さすがじゃの。エリザベート」
「いえいえ、それで魔王の眷属はどこにいるのですか?」
エリザベートがそのように問うと、魔術式映像の学院長は「下じゃ!」と指をさす。
「下?」
「そう、今、おまえらがいる場所の地下じゃ」
「な!? 学院の下に魔王の眷属がいるんですか?」
「そうじゃ、前回の聖魔戦争のおり、当時の賢者が封印をしたのじゃ」
「それは大変だ。さっそく、俺たちで倒してしまおう」
炎の騎士レウスは脳筋に言い切るが、それは悪い手ではなかった。魔王の眷属が自我を取り戻して地下から出てくるよりも先に倒してしまうのが一番、被害が少ない。
「魔王の眷属は悪しき心を持つ人間にとりついて魔人化すると聞きます。この学院の生徒が取り込まれる前に倒してしまいましょう」
「それには賛成だが、問題は今の俺たちで倒せるかってことだな」
その言葉に学院長は即答する。
「無理じゃな。レベル20程度のおまえたちでは相手になるまい」
「くそ、それじゃあ、手をこまねいて見ているしかねーのかよ」
「無論、それは〝おまえ〟たちだけじゃ。おまえたちには最強の令嬢が付いているだろう」
「そうです。わたしのレベルは99。皆さんの力添えさえあればなんとかなります」
「そうだな。こちらには史上最強の令嬢が付いているんだ。負ける気はしないね」
「ああ、そうだ。エリザベートさえいればなんとかなる」
四騎士たちは奮起すると、それぞれに剣を持ち、地下迷宮に向かおうとする。
それらに付いていくは聖女カレン。
「エリザベートさん、悔しいですが、我々の命運とこの国の未来はあなたに託されています」
悔しいというのは嫉妬という意味ではない。自分の力不足が歯がゆいという意味だろう。それはカレンの表情からありありと伝わってきた。
「任せてください。わたしがその魔王の眷属という人に一発本気の一撃を食らわせてみせます」
その言葉を聞いてレウスは苦笑いを浮かべる。
「その調子じゃ、俺との一戦で見せた拳は本気じゃないんだな」
当たり前である。対人間ならば手加減する。もしもエリザベートが本気で人を殴れば頭は潰れたザクロになる。身体の中心部に当たれば木っ端微塵に消し飛ぶ。レウスが今も健在なのはエリザベートの繊細な手加減のたまものであった。
「まったく、とんでもない令嬢だが、味方にするととても頼りがいがある。しかし、道中の雑魚は我々に任せるんだ」
「そうです。我々がエリザベートさんの露払いとなって体力を温存させます」
カレンは力拳を作り上げる。
「有り難いです。わたしの力は千人力ですが、体力までは千人分ありませんから」
そのように言い放つと、五人はフォーメーションを組み、エリザベートを守りながら地下道をひた走る。道中、スライムや狼などの低級の魔物は彼らが瞬殺してくれた。トロールや竜などの高等な魔物も彼らが討伐してくれた。
彼らのレベルは次々に上がり、一番レベルが低いカレンでもレベル20となる。
「すごい、これが実戦の成果?」
「そうですね。演習でも大幅にレベルアップしましたが、やはり命がけの実戦はレベルの上がりが違います」
「このままレベル99を目指したいな」
「みなさんならきっとできます」
ウェルカム、カンストの世界へ、と言いたいところだが、レベルは30台から非常に上がりにくくなると付け加えておこうか。
さて、最強のパーティーはずんずんと迷宮の奥に向かっていく。エリザベートは聖女様と四人の騎士たちのおかげで一切ダメージは負わず、魔力も消費しなかった。しかも彼らが景気よく魔物を倒してくれるものだから士気はいやがおうにも上がる。
「皆さんの決意と努力は無駄にしません」
士気の値がマックスのまま最下層に潜む魔王の眷属と対峙できる。
眷属がいると思われる場所へ到着すると、エリザベートは扉を蹴破って中に入る。すると魔王の眷属は復活し、椅子に鎮座していた。
「ほう、我の復活を見越してそちらからせめてくるとはな」
青白い顔をした貴族風の男はそのように言い放つ。
「あなたが闇の眷属ですか?」
「ああ、そうだ。魔王様の眷属のひとり、グラトニーである」
「暴食の名前の割には細身ですけど」
「痩せの大食いという言葉を知らないのかね」
そのように言うとグラトニーはシャツを開放させる。すると彼の腹からは大きな口が出てきた。
「上の口は人並みだが、下の口は貪欲だぞ」
そのように言い放つと、下の口は吸引を始める。周囲にあったものをすべて飲み込む。
「きゃあっ!」
カレンが危うく吸い込まれそうになるが、土の騎士ルクスがそれを助ける。
「まったく、世話の焼ける聖女様だ」
「ありがとうございます」
エリザベートはルクスの手をひしりと握り締める。
「やはり魔王の眷属ともなると今の我々ではどうにもなりません」
「ああ、ここはやはり史上最強の令嬢の出番だな」
炎の騎士レウスに言われるまでもなく、そのつもりだった。
エリザベートはグラトニーの吸引攻撃が終わるのを見計らうと、相手の懐に飛び込み、腕を回す。
ぐるんぐるん。
この技は回転をするほど強くなる「ワンパンチ」の一撃だった。エリザベートがレベル上げの過程で身につけた最強攻撃の一角である。それを惜しみなく眷属に加えるが、なんと眷属はその一撃を耐えた。史上最強の令嬢の最強技に耐えたのである。しかし、それは儚い抵抗に過ぎなかった。
エリザベートの一撃に耐えられる生物などこの世界でも限られる。グラトニーは一撃で粉砕されなくても相当量のダメージを受けた。彼はうめく、
「く、くそ、なんなんだ、この女。我よりも遙かに強い闇の力を持っている」
そりゃあ、こちとら魔王の娘ですから。
そのような台詞は口に出せないので、代わりの言葉を吐く。
「魔王の眷属よ。あなたの敗因はたったひとつ。それはわたしが生きている時代に復活してしまったということ」
エリザベートはそのように放つと、闇を闇に葬るため、闇魔法を唱える。
「闇に生まれし虚空の稲妻よ。
無念の響き、嘆きの呪文を詠唱せよ。
すべてを無に帰し、裁きの力となれ!」
エリザベートの暗黒魔法、ブラック・サンダーが駆け巡る。周囲を帯電させ、グラトニーを包み込む。圧倒的闇の力によってグラトニーは死を迎える。闇の稲妻によって分子にまで還元されたグラトニー、こうして闇の眷属と光の戦士たちの戦いは終わりを告げた。
エリザベート率いる光の戦士たちの圧勝である。
四人の騎士たちはそれぞれに勝利の祝意を述べる。
「俺たちの指導者、エリザベートに栄光あれ!」
「最強の侯爵令嬢に祝福あれ!」
「カンスト令嬢に乾杯!」
「エリザベートこそ我らが光!」
それぞれの声でエリザベートに祝意を述べると、最後に聖女カレンが言った。
「エリザベートさんに未来永劫の健康と祝福を――」
聖女様からそのような言葉を頂くと、身体の芯から力が溢れてくる。
やはり健康はなによりも大切だ。
エリザベートは心の中で言う。
「念願の悪役令嬢な身体を手に入れたぞ」
と。
第一部完結です。ちょっとおやすみしてから第二部を投稿します。
ポイント評価をして頂けると嬉しいです。