魔王の眷属
このようにして反魔王討伐派の領袖と出会ってしまったエリザベート、そのことを学院長に報告する。
彼は真っ白な髭を持て余しながら言った。
「やはりデュークハルト家は反対に回ったか」
嘆息する大賢者ザンダルフ。
「やはり公爵家が敵に回るのはいいことではないのでしょうか」
「そりゃあ、もちろんじゃ。デュークハルク家は王族に次ぐ地位を持っておるのじゃぞ」
「しかし、こっちには第三王子がいます。つまり王族も味方です」
「第三王子ルクスは文字通り第三の王子、王国の主流派ではない」
「そういえばお兄さんがふたりいるということでもあるのか……」
ルクス自身、それほど王位をひけらかさないのはその辺の事情があるのか。
「それにときに公爵というのは王族よりも力を持つ。ましてやデュークハルト家はこの国の宰相でもあるのだ」
「そ、そんなに偉い方だったのですか」
「そうじゃ、知らずに喧嘩を売ったのか」
「はい。公爵ってことは知っていましたが、それ以上の権力を持っているとはつゆ知らず」
「無知はときに勇気となるのじゃな」
はっはっは、と笑うザンダルフ。
「それはよし、それはよし。もしもこの件でおまえさんが追放になったらわしも一緒にそこに行ってやる」
「ちっとも嬉しくないのですが」
「生涯、おまえさんの使用人を務めよう。百人力の魔法の使い手じゃぞ、わしは」
「それは嬉しいかも」
箒が勝手に踊り出し掃除をし、ティーカップたちがくるりと回ってお茶を入れる魔法の王国を想像する。
「ふふふ、まあ、しかし、それはあり得ない。我らは失脚せずに無事、魔王を倒すのじゃ」
「はい。そのためには一枚岩にならないと」
「じゃな、そのために方策を考えねば」
そのように言うと、ザンダルフは鳳凰の雛に餌をやり始める。
「大きくなりましたね。その子」
「うむ、毛も生え替わりつつある。第一段階の成長を遂げようとしている」
「成鳥になったらさぞ綺麗ぽいですね」
「うむ。そうじゃな。この鳳凰は伝説の生き物。百科事典の中には〝空想〟の生き物だと断じているものもある」
「今、ここにいるのに」
「じゃな、人間、自分の目で見たものしか信じられないのだ」
「百聞は一見にしかず、と言いますしね」
「ふむ……、百聞は一見にしかず、か」
その言葉を聞いたザンダルフは目を輝かせる。
「そうじゃ! いいことを思いついた!」
「わ、急にどうされたのですか?」
「反対派を納得させる材料を手に入れるんじゃよ」
「と申しますと?」
「魔王復活は三年後に迫っている。つまりそれは魔王の眷属が次々と復活しているということじゃ」
「ふむふむ」
「魔王には七悪魔と呼ばれる悪魔の配下がいるのじゃ」
「なんと」
「その中のひとりを討伐してしまえば反対派も納得しよう」
「魔王復活を信じない人たちもそれで信じてくれるようになるかもしれませんしね」
「そういうことじゃな」
「それではさっそく場所を教えてください。わたしがばびゅーんと一発、ぶん殴ってきます」「落ち着け、眷属の居場所はまだ分からぬ」
「まあ」
「わしがあらゆるコネを使って探し当てるから、そうじゃの、それまで四騎士と鍛錬にでも励んでおれ」
「はい」
「あるいは将来の伴侶を今のうちに決めてイチャイチャするのも悪くはないぞ」
「……マクスウェル家の事情、ご存じでしたか」
「地獄耳でな」
「でも、結婚は魔王を討伐した後です。それまでは花の独身貴族を楽しみます」
「それもよかろう。しかし、独身貴族に馴れるとわしのように寂しい老後を迎えるぞ」
「なにを言っているのです。ザンダルフ様は教え子に囲まれ、楽しい日々を送っているではないですか」
学院長室には人気が絶えない。王立学院の在学生から卒業生まで、列を成してやってくる。皆、学院長の人柄を好むものたちだ。年齢から言えば彼らは孫やひ孫に相当する。
また学院長にはパワーセブンと呼ばれる大賢者の仲間もいる。先日も隠者ウィンディーネさんが酒の肴を持って学院長室にやってきていた。コミュ障陰キャのエリザベートから見ればコミュニケーションお化けに見える。
「ふうむ、おぬしからはそう見えるのか。しかし、おぬしはもう少し普通の生徒とも関わりを持ったほうがいいかもしれんの」
「はい。頑張っていますが、皆、破壊神だとわたしを怖がります」
「ゆっくり、じっくりと誤解を解いていくのじゃ。こうして話せばおまえさんほど良い子はなかなかおらん。いつか必ずクラスメイトたちも心を開いてくれよう」
「そうだといいのですが……」
そのようにやりとりをすると、エリザベートは学院長室を出て行った。
その足で教室に戻るが、入るなり、
「破壊神が来たわよ」
と生徒たちはエリザベートを避ける。
エリザベートはにっこりと微笑み、破壊神でないことをアピールするが、この教室でエリザベートを好んでくれるのは聖女カレンだけだった。彼女だけはエリザベートを怖がらず、対等に接してくれる。
「うう、聖女です。カレンさんは本当に聖女です」
涙ぐみながら彼女の徳を称えると、彼女とお話をする。
「エリザベートさんは本当に色々なものを抱えて大変ですね」
「うう、そうなのよ。みんなを鍛えつつ、魔王討伐の支持も得なければいけないからとても大変」
おまけにクラスメイトたちから蛇蝎のように嫌われていた。エリザベートが超越的な強さを誇っているということもあるが、今、エリザベートと関わり合いになれば魔王討伐のメンバーに選ばれる可能性があるからだ。魔王討伐などといった面倒くさいものからは極力、距離を置きたいというのが彼らの本音だ。
「皆さん、エリートになるためにこの学院に入学してきただけで、魔王討伐の栄誉を得たいわけではないのですね」
「そうみたいね。もしも魔王を討伐すれば歴史に名が残るんだけど」
それよりも死の恐怖のほうが勝っているようで皆、一様に魔王討伐を避けようとしていた。
「それを考えると四騎士の皆さんはすごいですね。皆、前のめりで魔王を討伐しようとしています」
「そうね。皆、魔王を討伐する部隊に選ばれたことを光栄に思っているわ」
さすが攻略対象の主人公格たち覇気が違った。
「しかし、それでもエリザベートさんを嫌う理由は分かりません。この際、皆さんにはっきりと宣言したほうがいいと思います」
「というと?」
「エリザベートさんは破壊神じゃありません。とても優しい心を持った聖女だということを」「わたしは聖女ではないわ」
「いいえ、エリザベートさんは私よりもよっぽど聖女ですよ。だって魔王討伐を誰よりも上手く導こうと頑張っています。仮にもしも私が指揮を執っていたらこんな上手い具合に魔王討伐源は組織されていません」
「…………」
わたしの場合は命がけだから、とはなかなか言えない。自分が悪役令嬢で将来破滅ルートを塞ごうとしていることは内緒なのだ。
だから今はただただ感謝することしかできない。
カレンを抱きしめることでしか感謝の意を表すことは出来なかった。
というわけでエリザベートは宝物でも抱きしめるかのようにカレンを抱きしめる。
その光景を見ていたクラスメイトは、
「まあ、女同士でいやらしい」
「あのふたりは聖女ではなく魔女」
「ああやって懐柔してわたしたちを死地に追いやろうとしているのですわ」
などと言ってエリザベートの悪口をまくし立てるが、もはやそれら罵詈雑言は耳に入っていなかった。その姿を見て氷の騎士レナードは言った。
「このような輩を守ってやろうとよく奮起できるな」
と。
それに対する答えは明快であった。
「今は分かってくれなくても、いつか分かってくれる日が来ますから。だってレナードさんだって最初はわたしと敵対していたでしょう?」
その言葉を聞いてレナードは、たしかに、と納得したようだ。そしてなるべくエリザベートのいい評判を立てるように奮闘するとも。
事実、レナードはことあるごとにエリザベートを擁護し、悪い噂を払拭するように努めてくれた。翌週、クラスメイトのひとりがおそるおそるだが、朝の挨拶をしてくれるようになった。エリザべートは宝くじが当たったかのように喜ぶと彼女と熱い握手を交わし、こう言った。
「おはようございます!」
と元気いっぱい、健康的に。