薔薇の宿命
四騎士たちと踊ると父の気持ちも様変わりし、四騎士の誰かと結婚をさせようという作戦に切り替わった。無論、エリザベートにはそんな気持ちは微塵もないが、これで王立学院に通うことは許されるだろう。しかし、夜会はまだ始まったばかりであった。
踊り疲れたエリザベートはパーティー会場の端に陣取ると豪華絢爛な料理に舌鼓を打つ。
一流に料理人が作った立食向けの料理はとても美味しい。
「食べ物が美味しいのは健康な証拠」
とばかりに料理を詰め込むが、それを凝視する視線に気が付く。
あら、少しばかりはしたなかったかしら、と漏らすと、黒猫のルナがそうじゃないよ、と言った。
『この視線は君に憎しみの感情が籠もっている』
「人に恨まれるようなことはしたことがありません」
『妬まれる才能は持っているけどね』
ルナがそのように言うとエリザベスを睨み付けていた人物がやってくる。
『あれはデュークハルト公爵だね』
絵に描いたかのように貫禄がある貴族がそこにいた。
「マリアンヌさんのお父さん!?」
『そうみたい。彼はRPG風乙女ゲーム「聖女と四人の騎士たち」では君の味方だった人物だよ』
「ほっ、よかった。味方なんですね」
『なにをため息付いているんだい。君は今、魔王を討伐する軍隊のリーダーなんだよ』
「そうでした。つまり彼は敵ということでよろしいですか?」
『そうなるね。彼はこの王国内にいる魔王討伐反対派の中核だ。話し合いによって魔王との和平を望む派閥の領袖だね』
「それは困ります。わたしたちは魔王を討伐しようとしているのですから」
『だね。これから彼が有形無形の妨害をしてくるけど、なんとか跳ね返して』
「がんばります」
と言うとデュークハルト公爵が話しかけてきた。
「これはこれはとても麗しい姫君だ。君が噂のレベル99のお嬢さんかい?」
「……はい。そうです」
「その様子だと私が魔王討伐に反対していることは知っているようだね」
「はい。デュークハルト様が魔王討伐反対派の頭目だと聞き及んでおります」
「ああ、そうだ。最初はマテウス商会も、近衛騎士団長のゲオルグも、私の味方をしてくれたのだけど、いつの間にか切り取られてしまった。このままだと孤立無援になってしまうからその前に君と話しておこうと思って」
「お話をしてもわたしの意志は変わりませんよ」
「それは知っている」
彼は立派な髭を震わせる。
「君はとても意志が固く、それでいてまっすぐだ。その心根に皆が感化され、味方になっていく」
「…………」
「しかし、その純真さで私を説き伏せることは不可能だ。なぜならば私も純粋な志を持っているからね」
ルナの表情を覗き込む。
『……だと思う。彼はRPG風乙女ゲーム「聖女と四人の騎士たち」のどのルートでも首尾一貫、いさぎがいいまでに魔王討伐反対派だった』
「ということは懐柔不可能なんですね」
『そうなる』
「わかりました。それを前提に対処します」
こくりと小さくうなずくとエリザベートはデュークハルトに言った。
「公爵様が反対派なのは先刻承知済みです。そして絶対にその方針を変えないことも知っています。ですが、それはわたしたちも同じ。魔王討伐は定められた運命なのです」
だって魔王を討伐しなければ魔王化するのはエリザベートなのだから。
四人の騎士たちと仲良くするどころか、討伐対象となって断罪されてしまうのだ
こちらとしてはもう本気で魔王を倒すしか道は用意されていない。
「それでは貴殿と私は終生の宿敵となるかもしれないが、それでいいかね」
この国でも有数の公爵にそのようにすごまれるとさすがにたじろぐが、エリザベートはとても芯が強い娘であった
「分かりました。今日よりこの日、わたしと公爵はライバルです」
「竹を割ったような性格の娘だな。あいわかった。私はこれから色々と邪魔立てをするが、許してくれ」
「こっちこそそれをはねのけますが、許してくださいね」
奇妙な挨拶であるが、このふたりには相応しい挨拶かもしれなかった。ふたりは最後に両手を握り絞め、互いの信念が成就されることを祈った。
夜会が終わるとエリザベートは馬車で家に帰る。
疲れがどっと湧き出てくる。
そりゃあそうだ。四騎士様と踊って、さらに終生の敵役となるデュークハルト家の当主とあのような会話をしたのだ。とても密度ある一日であった。
エリザベートはくたくたになるが、メイドのクロエは身体の疲れを癒やすために入浴を勧めてくれる。
お化粧も落としたいし、その勧めに従う。
バスタブに張られた湯を見るだけで心がゆったりとする。
エリザベートは入浴が好きなのだ。
バスタブに身体を預けると神経が和らいでいくことに気が付く。
「うーん、本当、色々と問題が起こりすぎて思考回路がショート寸前です」
色々と考え込むと本当に知恵熱が出そうなので、エリザベートはあえて思考停止すると口まで湯船に浸かる。
ぶくぶくーっと息を吐き出すと湯船に泡が出来上がる。
「本当、魔王ひとつ討伐するのにこんなに色々と手間が掛かるなんて……」
これならばエリザベートが単身、魔王城に乗り込んで単独討伐をしたほうが楽ちんであった。
「いっそ、そうしてしまいましょうか」
と迷うが、黒猫のルナはそれはやめたほうがいいと断言する。
『そんな化け物じみた行動を行えば君が魔王認定されるよ。あくまで君は黒子に徹しないと』
「面倒です」
『だけどいい兆候じゃないか。学院に入って念願の友達も出来たし、恋をするきっかけも得た』
「そうですが……」
『僕は君と一緒に居るとわくわくするよ。次の瞬間、なにをするか分からない娘だし、周りも君を放っておいてくれないからね』
「わたしは健康的に静かに余生を送れたら満足なのに……」
『君は薔薇の宿命に生まれたのかもね』
「薔薇の宿命?」
『そう。根っからの主人公体質。華やかに激しく生きるために生まれたんだ』
「よく分かりませんが、タンポポだったらよかったのに」
タンポポならばゆんわりふわりと風に乗って種子を運べばいいのである。閉じこもり気味の陰キャであるエリザベートにはぴったりのお花であった。