ドレスを仕立てる
魔王討伐の演習を終えると学院長ザンダルフに呼ばれ、激賞される。
「なんともまあ見事な演習であったそうな」
と手を握りしめ、褒め称え得てくれる。
「私の功績ではありません。演習の費用を出してくれたマテウス商会、演習場所を選定し、取り仕切ってくれた近衛騎士団長ゲオルグさんのおかげです」
事実であった。エリザベートひとりではこのような大きな演習を取り仕切ることは出来なかっただろう。それにエリザベートは大筋の方針を示しただけで、実際に稽古を積んだのは兵士や騎士たち個々人であった。
「なんと謙虚な娘なのじゃろうか。貴殿を魔王討伐もリーダーに選定して本当によかった」
「ありがとうございます」
「このまま貴殿には魔王討伐の指揮を任せたいのじゃが、いいじゃろうか?」
「もちろんです」
と言ったはいいが、ここにきて問題が持ち上がる。エリザベートの見事な活躍ぶりが父の耳に入ってしまったのだ。
魔王ではない。エリザベートの育ての父親である。
学院長に褒められたあと、家に帰るとメイドのクロエが蒼白の表情でやってきた。
なんでもエリザベートの父親は、エリザベートを貴族の花嫁にするつもりで学院にやったとのこと。魔王を討伐するだなんて聞いていない、と手紙を送ってきたのだ。
マクスウェル家の令嬢が女だてらに魔王討伐に興じているのが気にくわないようだ。
当然か。貴族社会にとって娘の価値は政略結婚に集約される。そんな中、女だてらに魔王討伐の指導者に選ばれてしまったのだから、父としては憤慨するしかないだろう。高い学費を払っている意味はないと難詰されても仕方のないことであった。
メイドのクロエはそのように説明をすると魔王討伐をやめ、令嬢らしく刺繍でもすることを推奨してくるが、こちらとしても「はい、そうします」というわけにはいかなかった。
なんとか説得する手紙を彼女にしたためて貰う。
クロエは無表情に、
「なぜ、クロエに懇願をするのですか?」
と尋ねてきたが素直に本音を言う。
「クロエはわたしの味方だから」
「わたしの雇用主は旦那さまですよ」
「でも、わたしが隠れて鍛練を積んだり、魔王討伐の指導をしたりしていても黙っていてくれたじゃない」
「…………」
「演習でばれてしまったけど、それ以前にもわたしの素行を伝えようと思えばいくらでもできたはず。それなのにクロエは黙っていてくれた。それはとても有り難いことだわ」
「……わたしの雇用主は旦那さまです。しかし、お嬢様をしっかりと支えろと言明されていますので」
「今まで黙っていてくれてありがとう。あなたのおかげでわたしは素晴らしい友達と会えたわ」
聖女カレンと四人の騎士たち。本来ならば敵対するはずだったこの五人とお友達になれたのはある意味クロエのおかげであった。
「お嬢様は幼い頃から友達がおらず、寂しい思いをしていたと聞きます。しかし、この学院に来てから輝き出しました。クロエはその姿を見て心嬉しく思っていたんですよ」
滅多に感情をあらわにしないクロエであるが、実はエリザベートを想い色々と手を回してくれていたのだ。ただただ感謝するしかないが、それも今日までだった。
「クロエ、なんとかわたしに協力して。わたしはみんなで魔王を討伐したいの」
「お嬢様に初めてできたお友達ですものね。ここで王立学院から退学させられてしまえばその縁も切れます」
クロエはなんとかエリザベートが王立学院にとどまれるように努力する旨を伝えてくるが、自分に出来ることにも限界はあるとはっきり言う。
「クロエの雇い主はあくまで旦那様、ゆえに彼の意向を無視すればクロエは解任されてしまうでしょう。だから面と向かって抵抗やサボタージュではできません。しかし、知恵をお貸しすることは可能です」
「どんな策があるの?」
「それはですね……」
クロエはエリザベートの己の策を耳打ちする。
「まあ、そんな策があったなんて」
エリザベートは目を輝かせる。
クロエの策は単純であった。魔王討伐自体がマクスウェル家にプラスになればいいと判断させればいいのだ。それには四騎士たちの協力が必要であった。
要は彼らがエリザベートに求婚をすればいいのだ。さすればエリザベートの父リチャードはエリザベートがやっていることを有意義だと解釈してくれるに違いない。
だって四騎士様の実家はこのセルビア王国でも有数の貴族様なのだもの。
炎の騎士レウスは近衛騎士団長の養子。
氷の騎士レナードはこの国の財務大臣の息子。
土の騎士ルクスはこの国の第三王子。
風の騎士セシルはこの国一番の大商人の子息。
マクスウェル家はこの国の侯爵だから誰と結婚をしても釣り合いは取れるだろう。
エリザベートの発案にクロエは是の表情を見せる。
「たしかにその通りです。それにはこの四方から愛されているところを見せつけないと」
「土下座をして形だけでも求婚して貰う? この国のためだと説得して」
「まさか。そんなものは不要です。とりあえずこの四人と仲がよいところを見せつければ十分でしょう。それには今度行われる王宮の舞踏会が適切です」
「王宮の舞踏会があるのね」
「はい。国中の貴族を呼んで行われなわれます。そのときにエリザベート様のお父様もやってこられますし、アピールをする絶好の機会です」
「そうね。わたしが令嬢としての品位を学んでいると分かれば無体なことは言い出さないかもしれない」
「そうですよ。魔王討伐をしながら最高の淑女 であることをアピールすればいいのです」
「そうね、やっぱりそうするしかないわよね」
そのような結論になるとさっそくその舞踏会の準備を始める。
そうなると女子であるクロエのテンションが上がる。お嬢様を着せ替え人形にして楽しみましょうモードとなる。
「お嬢様、せっかくなので新しいドレスを新調しましょうか」
「いいの?」
「はい。旦那さまにはマクスウェル家の品位を守るように潤沢な生活資金が提供されています。ドレスなど毎月、新調してもいいくらいです」
「まあ、それは有り難いわ」
と、さっそく、ふたりで仕立屋さんに行くと、新しいドレスに袖を通す。
「今年の流行はひまわりみたいな黄色でございます」
と仕立屋は揉み手で教えてくれる。
「あるいはこういった肩口を大胆に開いたデザインのものもよろしいかと」
と肩を大胆に見せる前衛的なドレスも提示してくれる。コミュ障読書キャラにはちょっと冒険気味のデザインであるが、試着するだけならば気にならない。色々攻めてみるが、一番気に入ったのはやはりベージュのシンプルなデザインだった。
ただ、デザインはシンプルなのだが、お値段がシンプルではない。新卒のメイドさんのお給金半年分のお値段はする。
今世のエリザベートは侯爵令嬢だが、前世のエリザベートはごくごく普通の商人の娘、お値段にはシビアだ。ただ、侯爵家のメイドさんはかなり財布の紐が緩いようで、ドレスだけでなく靴も購入するようだった。ヒールのある靴を仕立屋に持ってこさせる。
「せっかくなのですからドレスに合わせて同じ色の靴を買いましょう」
「そうね」
結局、エリザベートはクロエの勧めがあったので一番高い白のドレスと白いヒールを買う。
値段は可愛くないがデザインは可愛らしく、使っている生地も上質なものであった。
仕立屋に身体のサイズを計って貰うと細かい仕立て直しをして貰って、家に送って貰う算段になった。
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