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マリアンヌの疑惑

 デュークハルト家は王都の一等地にあった。つまりマクスウェル家の近所である。


 馬車の中で身支度を調え、カヌレを受け取ると、デュークハルト家の敷地に馬車を止める。


 するとマリアンヌの執事と思わしき人物がやってきて迎え入れてくれる。


「始めまして、エリザベート様。わたくしはマリアンヌ様の執事のセバスチャンにございます」


「まあ、マリアンヌには専属の執事さんがいるのね」


「はい、幼き頃よりおそばでお仕えしております」


 ちなみにマクスウェル家も本家には執事がいる。今の別荘はクロエがメイド長をし、数人の使用人のみによって運営されている。


 エリザベートくらい慎ましい生活をするのならばクロエひとりで用は足りてしまうのだが、侯爵家ともなると体面があるらしく、多めに使用人を宛がわれていた。


 ただ、マリアンヌはさらに過剰に使用人を雇っているようで、館に入ると10名以上のメイドがずらりと並び、


「お嬢様の御友人」


 に頭を下げる。ずらりと並んだメイド軍団は圧巻であった。さすがは公爵家といったところであるが、気を呑まれることはなかった。


 執事の案内でサンルームにおもむくとマリアンヌにカヌレをプレゼントする。


「まあ、これはラ・マルシェのカヌレですね。さすがはマクスウェル家の御令嬢ですわ。私が食べたいものをぴたりと当てる」


 サンルームには色とりどりのスイーツが並べられていた。いわゆるアフターヌーンティーが催されている。そこにいるのは学院でも上位に位置するカーストの女子たちであった。


 彼女たちの顔に既視感(デジャビュー)を覚える。


 なぜだろうと口にすると黒猫のルナが補足する。


『彼女たちはいわゆる悪役令嬢の取り巻きなんだ。いわゆる君の手下だった生徒だよ』


「まあ、わたしに手下がいたんですね」


『正史ルートではね。でも君は今のルートではいい子ちゃんだから接点はない。そしてその手下をそっくりそのまま引き継いでいるのがマリアンヌなんだ』


「悪役令嬢と手下はセットなんですね」


『そういうこと』


 ルナがそのように解説するとマリアンヌは、


「さあ、そんなところに立ってないで座って。その使い魔の猫ちゃんにもおやつを用意してあるから」


『チュール!?』


 と瞳を輝かせるルナ。デュークハルト家はお金持ちだから最高のものが出ると期待を膨らませている。


「買収に弱そうです……」


 そのような感想を漏らすと、メイドの一人が生のマグロを持ってきてトロの部分を与えていた。


 それを食べたルナは、


『やばい。これは激ヤバ。僕、ここの家の子になりたい!』


 と叫んだ。


「駄目です。ルナはマクスウェル家の猫さんなんです」


 と引き止めを図る。


『わかってるよ。冗談さ』


 ルナとそのようなやりとりをしているとマリアンヌはエリザベートもアフタヌーンティーを御賞味あれ、と言う。


 そのように言われてしまえば食べざるを得ない。まずは一番上に置かれたマカロンを口に運ぶ。


 マカロンは口の中に入れるとふわーっと溶け、甘味だけが口内に広がる。やばい、これはエリザベートも買収をされそうであった。


 いや、まあ、別に買収をされてもいいのだけど。


 マリアンヌは代理の悪役令嬢らしいが、今の所、エリザベートにもカレンにも悪意を向けてくることはない。学院の上位カーストを取り仕切っているが、それ以外は人畜無害であった。——この先はどうだか知らないが。


 マカロンを食べ終えるとエリザベートはやや疑心暗鬼になる。ここにきて学院の悪役令嬢候補が接触を図ってきたということは彼女の心境になんらかの変化があったということだろう。つまりカレンや自分に意地悪を働いてくるのではないか、そんな疑念が浮かんだが、その疑念は間違っていなかった。


 彼女はエリザベートがマカロンを食し終わった頃合いを見計らって、質問をしてきた。


「——ところでエリザベートさん、最近、あなたは土の騎士ルクス様と仲が宜しいようだけど、あなたもしかしてルクス様のことが好きなの?」


 キター! とある意味ガッツポーズをしてしまう。やはり彼女はエリザベートのことが気に入らないようだ。なぜって自分が好きなルクスと(はためからは)イチャイチャとする邪魔者にしか見えていないのだ。もちろん、それは誤解なのだが。それを解く。、


「あの、わたしはルクスさんのことなどなんとも思っていません。ですのでご安心ください」


「そんなわけないわ。ルクス様が近くにいてなにも感じない女子などいません」


 いるんだな、それが。前世が病弱で、今世では平穏しか望んでない女子が。無論、ルクスをはじめ攻略対象の騎士たちのルックスは魅惑的だ。眼福であり、時折眺めてはしまうが、彼らに恋愛感情を持つことは一切なかった。なぜってエリザベートはなによりも平安しか求めていないから。


 彼らのような目立つ連中を恋人にしてしまえば、マリアンヌのような厄介な敵を作ってしまう。そうなればいらぬ敵愾心を持たれ、平穏な学生生活を送れない。エリザベートはただの女子学生として王立学院を卒業し、宮廷司書の資格でもとって静かな余生を送りたいのである。


 そのことを説明するが、マリアンヌはなかなか信じてくれない。


 人間、恋に落ちると近視眼になるようでルクスのことしか頭にないようだ。


(てゆうか、わたしよりもヒロインであるカレンのほうをマークすべきなのでは……)


 と思ってしまうが、はたから見ているとかカレンよりもエリザベートのほうが仲良くしているように見えるらしい。エリザベートはなんとか納得してもらうため、自分が健康以外に興味がない女子だと認知してもらう。


「マリアンヌ様、この世界には自分の健康しか興味のない女子がいるんです」


「そんな女子聞いたことがありませんわ」


「それがいるんです。それはこうしましょう。わたし、起請文を書きます」


「まあ、起請文ですか」


「はい」


 起請文とは神との誓約時に使う文章だ。天地神明にかけて誓うときに使う。この世界の起請文は本当に魔力が籠っており、制約を破ると罰が下される。


「それではどのような罰を受けるのですか?」


「そうですね。もしもルクス様のことを好きになったら鼻からパスタを食べてみせましょう」


「まあ、鼻からパスタを!?」


「はい。それくらい有り得ないということです」


「たしかにそのような誓いをされるのなら本気なのでしょう。セバスチャン、起請文の用紙と筆を用意して」


 セバスチャンは手早くそれらを用意すると、エリザベートはささっと起請文を書く。


「ほ、本当に書きましたわ」


「わたしの本気度が分かっていただけましたか?」


「ええ、もちろん」


「そもそもルクス様はマリアンヌさんのほうが似合いますよ」


「え!?」


 とどめの一撃として相手を持ち上げる。


「マリアンヌさんは王国でも有数の公爵家の令嬢、ルクスさんは王国の第三王子、家格的にもマリアンヌさんのほうが釣り合っているかと」


「ほ、本当ですの?」


「はい。それにルクスさんは金髪が好きだと言っていました」


 これは嘘というか方便である。女たらしであるルクスは黒髪も赤髪も金髪も等しく好きなのだ。


 ただ、その点は触れずにルクスは金髪好きで通すとマリアンヌは顔を真っ赤にして、


「ど、どうしましょう。このままルクスさんに告白されたら……」


 ちなみに女好きのルクスがマリアンヌに手を出さないのは冗談が通じないから、だと思う。この娘は一途すぎるのだ。この娘に手を出せば最後、もはや結婚するしか道は残されていない。それは浮名を流すのが大好きなルクスにとって死活問題であった。だからこのような美女にもかかわらずルクスは彼女に手を付けていないのだと思う。無論、そんな考察を述べれば彼女は反発するのだろうから黙っておくが。しかし、金髪が好きだという情報に彼女は大満足なようでエリザベートに対する嫉妬心は消え去る。


 そうなれば彼女はとても単純な人間のようで、エリザベートを友人として遇してくれる。どんどんアフタヌーンティーを食べるように急かす。


「うち専属のパティスリーが作ったアフタヌーンティーですわ。いくらでもおかわりがあるので言ってちょうだい」


 そのように言ってエリザベートに大量のスイーツを与えてくる。エリザベートは胃袋を全開にして甘味を詰め込むが、限界というのもあるのでおかわりは所望しない。しかし、彼女は「おみやげ」にと大量のマカロンを包んでくれた。これはまあメイドのクロエと食べればいいか、と受け取るとマリアンヌとの対決を終着させる。


 彼女は別れ際に、


「あなたは私とルクス様の恋、応援してくださるのよね?」


 と尋ねてきた。もちろん、答えはイエスというと彼女は目を輝かせ、エリザベート大好き! と抱きついてきた。ちょろいものである。


 こうして演習前の一波乱は無事解決する。


 エリザベートは学院の悪役令嬢に睨まれることなく学生生活を送れそうであった。


 それは平穏で健康的な生活を夢みる女子にとっては有り難いことであった。

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