カヌレ
こうして演習先が決まり、風の騎士セシルと炎の騎士レウスの覚醒イベントが発生した。こうなってくると残りのふたりも覚醒させたいところであるが、早々都合よくは行かないだろう。なのでこのまま演習場へ向かう。
演習場は王都郊外にある平原で行われるのだそうな。
そこで100名規模の兵士と四人の騎士たちが訓練を行うのだが、聖女カレンももちろん同行する。
彼女は、
「はわわ、わたしごときに演習など務まるのでしょうか」
と心配をしていたが、それはエリザベートも同じであった。
エリザベートは今まで単独で魔物を討伐してレベルを上げてきた。今回は兵士や騎士たちのレベルをあげるように監督をするのが目的なのだ。
自分ならば世界最強難度のダンジョンに潜り込んで魔物と死闘をすればレベルがあがるのだが、学院長いわく、「人死には出さないでくれ」とのことなのでそれはできない。
「最果てのダンジョンでレベル上げをすればすぐにレベルなどカンストするのですが……」
「俺たちをおまえのような化け物と一緒にしないでくれ」
土の騎士ルクスはそのように言う。
「百歩譲って私たちが耐えられてもあなたの御友人であるカレン嬢が耐えられないでしょう。彼女は光魔法に適性があるだけの一般人なのですから」
氷の騎士レナードはそのように主張する。
「です」
とはカレン本人の言だ。彼女は聖女として選ばれた人間ではあるが、超人的な力は持っていない。今のところ出来るのは光魔法による回復と、浄化魔法によるアンデッド退治くらいだろうか。
男子連中はスパルタ式に教育してもよかったが、カレンはそうはいかないだろう。というわけで最果てのダンジョンは諦め、ゲオルグさんおすすめの平原で鍛錬することにした。
さて、こうして魔王討伐メンバーの遠征鍛錬が決まったが、出立の前に現れたのは同じ学院の少女であった。
金色の髪の毛をまきまきにした少女でこの学院の制服を着ている。
とても居丈高と言うか、貫禄があるので誰かと思ったが、彼女は王家に連なる公爵家の御令嬢であった。
彼女はエリザベートのことをぴしりと見つめると、
「あなたが最近、学院を騒がしているトラブルメーカーですか」
と尋ねてくる。強く否定したいところだが、客観的に見れば騒動の中心にいるのはいつもエリザベートだったので否定できない。
「す、すみません。決してわざと引き起こしているわけではないのですが……」
「ふん、騒動を起こしているという自覚はあるのね。まあ、いいわ。用件を言うわね。あなた、放課後、暇?」
「はあ、特に予定はないですが」
放課後にやるのは日課のスクワットと腹筋くらいだ。それも10分もあれば終わるので用というのは特にない。
「ならば放課後、私主催のお茶会に参加しなさいな」
公爵令嬢マリアンヌはちょっぴり偉そうに言う。
「え? わたしごときが参加してもいいんですか?」
「もちろんよ」
とマリアンヌは言うが、それを聞いて黒猫のルナはエリザベートのスカートを引っ張る。
『エリザベート、この子は君の控えだよ』
「控え?」
『そう。RPG風乙女ゲーム「聖女と四人の騎士たち」の悪役令嬢は君だってのは知っているね』
「もちろん」
『この子は君の控えというかボツキャラなんだ』
「ボツキャラ?」
『君の代わりに悪役令嬢になっていたかもしれないってこと」
「ならばこの子はとても強いってことですか?」
「いや、武力はないよ。ただ、カレンを虐めるためだけに存在するキャラ。ただ、それだけじゃインパクトが弱いからと君が創造されたんだ」
インパクトの産物なのか、わたしは、と思わないでもないが、ともかく、自分より強いわけではないのだからそこは安心すべきだろう。
「それでは普通にお茶会に参加して仲良くなります」
『まあ、無視するのもあれだからその選択肢で間違ってはいないけど、ちなみにその子は権力者の家の娘だからね。デュークハルト公爵家の権力は王族につぐものがあるよ」
「つまりお茶会の誘いを断わると虐めイベントが発生する可能性があるということですか?」『お、察しがいいね』
「もう馴れてきました」
それならばお茶会へ参加すべきだと思った。
エリザベートはさっそく、放課後、彼女の家に赴こうとするが、メイドのクロエは、
「公爵家に赴くならば手土産が必要かと」
というアドバイスをくれた。
たしかにその通りだ。
女子会なるイベントに参加するのに手ぶらだとなにか言われかねない。
前世から友達が皆無なエリザベートはこの辺の機微に疎かった。
なのでメイドのクロエに知恵を借りる。
「そうですね。お茶会なのですから菓子が適当ではないでしょうか?」
「チョコレートやクッキー?」
「それもよろしいですが、ここはもっと小洒落たものを持って行って相手に好印象を与えましょう」
「というと?」
「そうですね。王都の目抜き通りにあるカヌレなどいかがでしょうか?」
「カヌレってなあに? カレーの親戚?」
「カヌレというのはラム酒やバニラの香りを利かせた焼き菓子のことです。バケツのような形をしています」
「お洒落ね」
「ええ、西方の国より伝わった伝統菓子です」
クロエはそのように言うとさっそく、それらを使用人に買いに行かせる。その間に馬車を用意させる。
「侯爵家の娘が徒歩などとんでもありませんからね」
「そこまで気を使うことはないのに」
「いいえ、このお茶会はマクスウェル家の名誉がかかっております」
なんでもクロエはエリザベートの父に他家に舐められないように最上の生活をさせろ、と言明をされているそうで、デュークハルト家に舐められるのは死活問題なのだそうな。
「なんか任侠小説の世界ね」
「ええ、貴族社会は舐められたら終わりですから」
そのようなやりとりをしていると、新しい制服を持ってくる。
「皺ひとつない新品を着て頂きます。時間に遅れるのもいやですから、馬車の中でお着替えください。髪のセットも馬車の中で行います」
クロエは最大限に張り切りながらエリザベートのお洒落を取り仕切る。
まあ、エリザベートも女なのでお洒落を施されるのはいやではないが、それにしても張り切りすぎのような気がした。クロエはここ最近、出番がなかったので気負っているのだろう。魔王討伐では彼女は出る幕がない。
そんなふうに考えながらデュークハルト家へ向かう。
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