レウス覚醒
「あのケチな親父さんを説得しちまうとはすごい」
そのように言い放ったのは炎の騎士レウスだった。
「まったくだ。いったい、どんな魔術を使ったのやら」
氷の騎士レナードは疑問符を浮かべるが、エリザベートは、
「わたしはなにもしていません。ただ、ワイバーンを召喚しただけです。頑張ったのはすべてセシルさんです」
そのように花を持たすと、三人に彼を褒めてあげてください、と言った。
「やるじゃねーか、セシル」
「見事だ」
「俺はおまえを信じていた」
三騎士たちは三者三様に褒め称えるが、もちろん、聖女カレンも褒める。
「セシルさんはすごいです。たった一晩でワイバーンに打ち勝つ強さを得るなんて」
もしかしたら四騎士の中で一番レベルが高いかも。
そのような言葉を発すると、三人の騎士は身体をピクリとさせる。
レウスは小声でレナードに相談する。
「末っ子天真爛漫系キャラにレベルで負けるっていやじゃね」
「ああ、あんなガキに負けたくない」
「末っ子は一番弱くあるべきだ」
そんなふうに話し合うと、三人は色めき立ちながら、
「早く演習に行こう。そこで広げられたレベル差を埋めるんだ」
という共通認識を持ち始めた。
善き善き。競争は成長を生み、レベルアップに繋がるのだ。
しかし、演習の資金を得たはいいが、いったい、どこへ行くべきだろうか。
「最果てのダンジョンあたりかな」
ふと漏らすと、氷の騎士レナードは「それはない」と断言をした。
「最果てのダンジョンは魔王城よりも攻略が難しいと言われる最難関ダンジョンだぞ。俺たちはともかく、兵士たちに死人が出る。論外だ、論外、あそこは化け物専用だ」
「ちなみにわたしは幼い頃、あそこの最下層に到達しました」
「化け物基準で物事を決めるな」
「化け物……」
たしかにレベルは99だけど、化け物は酷い。そのように小さな抗議の声を上げるが、丁重に無視をされると王国の近衛騎士団長と相談をしたらどうか、というアイデアが土の騎士ルクスから提案される。
「近衛騎士団長ってレウスさんのお父様ですか?」
「ああ、そうだ」
「たしかに色々な演習場所を知っていそうです」
ぴゅいっと黒猫のルナに視線をやって確かめる。
『王国の近衛騎士団長ゲオルグはこの王国でも最強の騎士だよ。そうだね、レベルでいえば40はあるかな」
「私の半分です」
『それでも十分すごいんだよ。魔王と対決できるレベルだし、君と唯一いい勝負ができる騎士のひとりだよ』
「それじゃあ、その方にお話ししましょう」
とレウスを見つめるが、彼は乗り気ではないようだ。
なぜだろう、と思っていると氷の騎士レナードが説明をしてくれる。
「彼の家庭は少々複雑でな。レウスはゲオルグの実子ではないのだ」
「なんと」
「幼き頃に山で捨てられていたところを保護されたのだ。しかし、血は繋がっていないが、その絆は実の親子以上だ」
「それじゃあ、なんで会うのを嫌がっているのですか?」
「まあ、色々あるのさ。熱血馬鹿に見えるあいつも思春期なんだ」
脳天気に大剣を振り回すレウスにも繊細な過去があるようで。
事情を察したエリザベートはひとりで騎士団長に会いに行く。
この国の近衛騎士団の事務所は王立学院の側にあった。
この国は各施設がコンパクトに合理的に纏まっており、役所関連の移動がスムーズなのだ。
そんな感想を持ちながら近衛騎士団の駐屯する場所に向かうと、騎士たちが剣の稽古をしていた。細マッチョからゴリマッチョまで様々なタイプがおり、皆、青春の汗を滲ませていた。
筋肉好きならば目を釘付けにされるところであるが、エリザベートはどちらかといえば文芸肌なのでそれほど惹かれない。でも、しばし眼福のために観察させて貰うと、騎士の中で一際強い人物がいることに気が付く。
年の頃は40歳前後だろうか、少壮の騎士でオレンジ色の髪を刈り込んでいた。
一目で堅い武人と分かる姿容姿をしていたが、事実彼は生真面目な軍人で、この近衛騎士団の長だという。つまりレウスの父親のゲオルグだ。
彼は自分が一本取られるまで連続して打ち合う稽古をしており、ただいま38人連続勝利を重ねているようだ。さすがに肩で息をしているが、まだまだその連勝記録は伸びそうであった。ただ、それを止めたのは客人であるエリザベートだった。
騎士のひとりに取り次いで貰うと、ゲオルグは稽古をやめ、汗を拭きながらやってくる。彼はエリザベートを見るなり、
「君が噂のレベル99のご令嬢だね」
と言った。
エリザベートの武名はこんなところにまで響き渡っているらしい。
「話はうちの息子から聞いているよ。俺よりも遙かに強い娘が入学してきやがった。俺はもっと強くなっていつかあの娘に吠え面をかかせてやる、と言っていたよ」
「まあ、そんなことを」
「悪気はないから許してやって欲しい。レウスのやつは単純なんだ。ものごとをすべて武力で測るきらいがある」
「強いやつは正義! って感じがありますね」
「ああ、いわゆる脳筋だが、まあ、それでも繊細なところもあるんだ。あいつは君を連れ立ってここにこなかっただろう?」
「はい」
「最近、やつは思春期でな。実は俺はいままで子がいなかったのだが、先日、実子ができたのだ」
「まあ、おめでたい」
「普通ならばな。周りのものも祝福してくれた。しかし、それでやつが遠慮してしまってな。なぜかよそよそしいんだ。先月の入学式にも出席しなくていいと言われた」
「実子さんに遠慮されているのでしょうね……」
「そうだな。俺にとってレウスは息子も同然なのだが……。詳細は聞いているか?」
「はい。たしか小さなときに戦場で拾われて養子にされたとか」
「ああ、そうだ。やつが物心を覚えるかどうかって頃にあいつの両親は戦場で死んでな。哀れに思った俺は引き取って養育していた」
「…………」
「俺はやつに武芸を教えながら人の道を説いた。最高の騎士になってもらうべく、英才教育を施した。その教育に成果があってかやつは立派な人間になったと思うよ」
「そうですね。レウスさんは竹を割ったような性格をしています。普通、女に決闘を申し込んでぼこぼこにされたら遺恨を持ちます」
「ああ、そうだ。俺の教育法は間違っていなかった、と君は証明してくれたよ」
そのように寂しく言い放つ。やはりエリザベートと一緒にやってこなかったことを寂しく思っているのだろう。
「まあ、いいさ、演習をするのだろう。我が近衛騎士団からも人員を出す。俺も査閲官として演習に参加するからそのときに会えるさ」
「それなのですが、演習先に適当な候補地はあるのでしょうか? わたしは軍事がからっきしなのでどこへ行っていいやら」
「はっはっは、どんなに強くてもやはり女性だな。演習先は私に任せたまえ」
「お願いしてもいいのですか?」
「ああ、その代わりレウスを思う存分鍛えてやってくれ」
「それはもちろん。魔王討伐には彼の大剣の腕前が必須です」
「うむ、俺もそう思う。魔王討伐は君ら若い世代の活躍に掛かっているからな」
そのように言うが、それは事実であった。黒猫のルナいわく、魔王討伐には多くの人々が関わるが、最後にとどめを刺すのは聖女カレンと四人の騎士たちであった。この世界はRPG風乙女ゲーム「聖女と四人の騎士たち」なのである。
ルナいわく、魔王を討伐させるには彼らのレベルを六〇前後に上げ、それぞれが伝説の武器を装備すればいいらしい。伝説の武器とはなんぞや、となるが、まだ学院生活一年目なのでそこは深く考えるな、とのことであった。
さて、こうして演習先のめどが立つと、レウスがやってくる。
なんでも一本手合わせをして貰いたいとのことであった。
「レナードや親父から話は聞いているだろう。俺の家庭事情」
「はい」
ちなみに原作ではこの家庭事情を乗り越えることによってレウスはパワーアップをするというイベントが発生する。
「俺は情けないやつだよ。この歳になっても親父にコンプレックスを持っている」
「そんなことありませんよ」
「いいや、ある。親父自身は実子だ養子だ、関係なく接してくれているのに俺自身がそこにこだわってしまっている。……なあ、あんたの拳によって俺を目覚めさせてくれないか?」
「それはつまり本気で決闘をしろってことですか?」
「ああ、以前の決闘でも手を抜いたことは知っている。それにおまえが本気を出せば俺なんて消し炭になることも。だが、今の俺にはおまえの拳が必要なんだよ。馬鹿な俺を殴ってくれるやつが必要なんだよ」
「…………」
黒猫のルナいわく、このイベントは彼が二年生のとき、カレンが引き起こすイベントだ。実父が養子にばかりかまけるといじけているレウスにビンタを加えるのである。
そのイベントがなぜかエリザベートに回ってきたと言うわけだ。
「ルナ、ここは決闘に応じたほうがいいわよね」
『そうだね。これはレウス覚醒イベントの一種だから受けておいたほうがいいかも』
「……でも、本気を出したらレウスを殺しちゃうかも」
『そんときはそんときだ。一発、思いっきりビンタをしてあげな』
「……うーん、それは無理」
『それじゃあ、これを使うといい』
とルナが渡したのは戒めの呪符だった。
これを装備すればあらゆるステータスが六分の一になるらしい。
「そんな素晴らしいものをルナは持っているのね、なんでもっと早くくれないの?」
『数に限りがある上に一回一回使い捨てなんだよ』
「なんだ。それで普通の女子になれると思ったのに」
『六分の一でも化け物だと思うけどね』
ルナはそのようにいうが、たしかに六分の一でも化け物であった。決闘が始まるとエリザベートは目にもとまらぬ早さで動き、レウスの大剣を破壊するとその頬に強力な一撃を加える。
ばこーん!
とレウスは吹き飛び、木々はへし折れる。
「あ、あわわ、もしかしてレウスさんを殺してしまったかも」
慌てて彼のもとへ駆け寄るが、彼は頭部から大量の出血をしていたが、生きていた。
「……へへっ、相変わらずいい一撃を持ってるな。今ので完璧に目が覚めたぜ。俺はゲオルグの息子だ。養子だが実子だかなんて関係ない。ゲオルグの気高い志を受け継いでいるんだ。だからこうして最強の魔神に勝負を挑めるんだ」
人を勝手に魔神扱いしないでほしいが、父親とのわだかまりは消えたようだ。
「王立学院の寮に入って以来、実家に帰っていなかったが、明日、帰るよ。〝弟〟のおもちゃでも買って」
「それがいいです。ゲオルグさんと弟さんはレウスさんの家族なんですから」
「ああ、俺と父さんと母さん、それに弟は家族だ。血は繋がっていないが俺の家族なんだ」
レウスはそのように言うと事切れる。いや、ここで気絶されるとエリザベートが運ばなければいけないのだが……。しかし、まあ、覚醒イベントは終わったようなので、エリザベートは彼をむんずと持ち上げると学院の医務室へ連れて行った。
その光景を見てこの学院の生徒たちは、
「破壊神がまた炎の騎士を倒した」
「今度も完膚なきまでに叩きのめし、子分にしたらしい」
「エリザベートに敵うものはこの学院に存在しない」
と、ささやき合ったという。
「面白かった」
「続きが気になる」
「更新がんばれ!」
そう思って頂けた方は、下記から★★★★★評価を送って頂けると、執筆の励みになります。