マテウス商会の援助
マテウス商会の邸宅兼事務所に通される。
マテウス商会の事務所は白亜の宮殿でまるで王の宮廷のような作りであった。
セシルいわく、必要な部分には惜しみなく金を使うのがロイドという人物の特徴なようだ。逆にいえば不必要だと判断したら銅貨一枚も投資しないのが彼の哲学だともいう。ならば演習費を必要な投資だと認識させることに成功すればお金を引き出せるはず。
そのような目算のもと、開口一番に援助を申し出たが、ロイドは即座に、
「無理だ」
と言い放った。
「なぜでしょうか?」
「無意味な投資だからだよ」
「魔王を討伐するのは無意味なのでしょうか?」
「ああ、無意味だね」
「魔王が復活すれば商売どころじゃありません」
「本当に復活すればだがね。そもそも魔王が復活する、などと言っているのは一部の学者と賢者だけなのだろう」
「はい、でも、わたしは復活すると思っています」
「根拠は……」
「根拠は――」
と黒猫のルナを見つめるが、この世界が乙女ゲームの世界で魔王復活が定まっているから、とは言えない。そのようなことをいえば誇大妄想家として一蹴されるに決まっていた。
「学院長様がそのように言っているからです」
無難な回答であったので相手の心には響かなかった。
「それだけの根拠で金貨数百枚はだせんよ。私も商売で身を立てているのでな。たしかな証拠と利益がほしい」
「…………」
沈黙してしまったのはエリザベートに説き伏せる力量がなかったからだ。この海千山千の凄腕商人をやり込める言葉などなかった。こうなれば最後の手段、〝土下座〟コースしかないと思ったそのとき、マテウス家の使用人が大慌てでやってくる。
「た、大変でございます、旦那さま。セシルお坊ちゃまが傷だらけで帰ってきました」
「なんだと!?」
さすがのロイドも顔色を変える。
だが、エリザベートは顔をほころばせる。
「ワイバーン退治、間に合ったのね」
「なんだと!? 我が息子はそんなことをしていたのか」
ロイドはエリザベートに詰め寄るが、応接間に現れたセシルは、
「エリザベートは関係ないよ」
と言った。
「本当に傷だらけだな。なぜ、そのような身に」
「真の騎士になるために自分を鍛えていたんだ。今の僕は昨日の僕よりも強い」
「そんな傷だらけになって。一歩間違えば死んでいたのではないか」
「だろうね。ワイバーンはパパが用意してくれる師匠たちと違って手加減してくれない」
「おまえは殺し合いを演じたのか」
「そうだよ。ワイバーンと命の取り合いをした」
「なぜ、そんな愚行を」
「さっきも言ったろ。強くなって真の騎士になるため。真の騎士になって魔王を討伐するためさ」
「おまえは魔王復活を信じているのか」
「うん。リズは不思議な子だよ。人生、二度目のような達観したところもあるかと思えば、子供みたいにはしゃいだりする。なんか一緒に居ると落ち着くんだ。そんな彼女が魔王が復活すると言っているんだから信じるしかないよ」
「おまえはこの娘に魅了されたのか」
「恋じゃないと思う。でも愛でもない。なにか不思議な気持ちによって僕は突き動かされているんだ。ともかく、僕は彼女のために剣を振るいたいんだ」
「……なるほど、おまえがそこまでするのならば魔王は本当に復活するのだろう」
ロイドは観念したという表情でそれを認めると話し合いの席に応じてくれた。
それと同時にエリザベートは用意したヨーカンと抹茶を差し出す。
「まったく、この娘は天性の人誑しだな。息子を誘惑したと思ったら次はわしの舌を虜にしようとしている」
「民間人同士の賄賂は合法ですから」
にこりと微笑むエリザベート。
メイドさんによって抹茶が入れられるとロイドはヨーカンを頬張り、抹茶を飲みながら言った。
「セシルは幼き頃より身体が弱かった。商人になれば将来が約束されるというのに騎士になると子供の頃から誓っていた。正直、セシルが可愛い。歳を取ってからできたということもあるが、息子たちの中で一番の宝がセシルだ」
「……パパ」
「もしもおまえを放り出してしまえばそのまま魔王討伐にいってしまうかもしれないしな。それではあたらむなしくおまえを殺してしまうかもしれない。ここは演習費とやらを支払っておまえと周囲のものをレベルアップさせたほうがいい」
そのような論法のもと、演習費をすべて払ってくれるとロイドは約束した。その額は庶民感覚の塊であるエリザベートが青ざめてしまう額であったがロイドは気前よく小切手を切ってくれた。
「エリザベートよ。おぬしが魔王討伐の指導者になると聞いた。我が息子をどうかよろしく頼む」
「それはこちらの台詞です。セシルさんはとても強い意志を持っています。一日でワイバーンを倒すほど強くなるなんて将来有望です」
ちなみにエリザベートが初めてワイバーンを倒したのは8歳の頃で3時間ほど掛かったと明記しておこうか。
「そしてなによりもマテウス商会の援助が嬉しいです」
「うむ、我がマテウス商会はエリザベート率いる魔王討伐軍に全面的な協力をする」
そのような布告が発令されるとそれを聞いた魔王討伐軍関係者の士気は大いに上がった。
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