隠者の年齢
こうして隠者の森の狼男を倒すとウィンディーネのところに向かう。
彼女は目を丸くして、
「もう倒したの?」
と驚きの声を上げた。
「狼男はレベルが20はないと辛いはずなんだけど……」
そのように言うと土の騎士ルクスは、
「うちにはレベル99越えのお嬢様がいるんだ。負けるわけがない」
と応じた。
「な、レベル99!? 本当」
と彼女は水晶玉を使ってエリザベートのレベルを確認するが、水晶玉にレベルがカウントされる。10、30、55、86とどんどんカウンターはあがり、99になると水晶玉はバリンと砕ける。
「……本当だわ。この子、レベルが99を超えている。まさか、こんな小娘が世界初の偉業を達成するだなんて」
「せ、世界初なんですか、わたし」
「ええそうよ。パワーセブンと呼ばれるあたしたち七大賢者だってこの領域には達していないわ」
「前人未踏なんだね」
風の騎士セシルは呑気に言う。
「ああ、ザンダルフがあなたたちを使いに寄越した理由が分かったわ。わたしが試練を与えてあなたたちをさらなる高みにのぼらせようとしているのね」
「はい。わたしは実は魔王討伐を指揮するリーダーのような立場になっています」
「あなたがリーダーならば魔王も退治されたも同然ね。あと三年でこのひよっこどもをそれなりに鍛えれば魔王も一網打尽よ」
「ひよっこいうなー」
とセシルは抗議するが、ウィンディーネは気にしない。
「ま、魔王討伐は俗世のことだからあたしはどうでもいいのだけど、ザンドルフのテンションが上がっているのもうなずけるわ」
彼女はそのように言うと小さな革袋を取り出した。
「さて、依頼を果たしてくれたのは事実だから、約束通り小豆はあげるわ」
「わーい、ありがとうございます」
「あんこの作り方は知っているわよね?」
「一応は」
小豆はまず水から茹でて下ゆでをするのが基本だ。そのあとはただひたすらに煮てあくを取るだけである。茹で上がったら大量の砂糖を入れれば出来上がり。
皮を残して粒あんにするか、取り除いてこしあんにするかはそれぞれだが。
「ちなみにセシルさんのお父さんはどちらが好みでしょうか?」
「うーん、うちのパパねえ。たぶん、繊細な味が好みっぽいからこしあんかな」
「OKです。ならばそうしましょう」
そのように纏まるとウィンディーネは庵の実験器具を使ってあんこを作り、ヨーカンを作ってもいいという。
「この庵は魔女の住処のようなもの。いろいろな器具もあるから」
ヨーカンを作るための〝寒天〟もあるそうで。
ならば王立学院に戻るよりもこちらのほうが早いだろうとウィンディーネと一緒にヨーカンを作る。魔女の大釜でぐつぐつと小豆を煮る。
「それにしてもここは何でも揃ってますね。まさか寒天まであるとは」
「出入りの商人は月に一度しかこないから、備蓄する癖があるのよ」
「つまり月に一度しか人と話さないのですか?」
「そうね。それ以外は基本研究をしているわ」
「寂しくはないのでしょうか」
「まさか、あたしは隠者よ。ひとりきりのほうが楽しいの。――でもまあ、たまにこうやって来客があると気分転換になるけど」
「よかった。わたしたちは招かざる客じゃないのですね」
「ええ、狼男討伐もしてくれるし、なかなかに有益な客人だったわ。こうしてヨーカンも作ってくれるしね」
ちなみに小豆は大量になったのでつぶあんのあんこも作って〝おはぎ〟 なる食べ物も作った。これは甘くてもちもちしており、とても美味しかった。
「東洋のチョコレートは不思議です。とても上品な甘さで美味しいです」
「東洋人たちは鋭敏な味覚を持っているの。だから西洋人であるあたしたちにはただ苦いだけの緑茶にも甘みを見いだすことができるのよ」
と言うと彼女は抹茶で作った菓子を振る舞ってくれた。
男子陣はそれを緑色の苦い物体であると評したが、エリザベートは苦みの中にもあるほのかな甘みを絶賛した。
「まあ、エリザベートちゃんは食通ね。それに引き換えこの有象無象の男子たちは」
「無礼だな、俺は王族だぞ」
ルクスは抗議する。
「ならば味音痴の王族ね。あなたに料理を振る舞う料理人が哀れだわ。てゆか、あなた毎日のように肉を出せと要求しているでしょう」
「なぜ、それを!?」
「やっぱり、まったく男は肉を食べていれば満足をするんだから」
「俺は騎士だ。頑強な肉体を作るのは当然だ」
そのようなやりとりをしていると寒天で固めたあんこが形を作る。
冷却器に入れておいたヨーカンが完成をしたのである。
それを見てルクスは抗議をやめると、ヨーカンを荷物の中に入れた。
「これをセシルの親父に持っていけば任務完了だな」
「あら、そのヨーカンは買収用なのね」
「ああ、とある富豪の舌を満足させるために東奔西走をした」
「まったく、いつの世もお金持ちは我が儘よね。そういった連中から遠ざかるためにあたしは森に閉じこもっているのよ」
ウィンディーネはそのようにため息を漏らすが、優しい性格をしているようで、小豆だけでなく、抹茶も分けてくれた。
「ヨーカンに合う飲み物といえばお茶に決まっているでしょう。それで食通の金持ちをぎゃふんと言わせてあげなさい」
ウィンディーネはそのように言うとエリザベートたちを快く送り出してくれた。
三人は船に乗って向こう岸まで行くが、その間の間、ウィンディーネについて語り合う。
「とてもいい人でしたね」
「ああ、隠者の賢者と聞いていたからどんなひねくれ者かと思ったが、竹を割ったような性格をしている」
「うん、優しいお姉さんって感じだったよね」
三人はそのように語り合うと最大の疑問を口にする。
「ところであのウィンディーネさん、本当は何歳なんだろう?」
エリザベートたちからは二〇代の女性にしか見えなかったが、本当はもっと年上らしい。
三〇代説、四〇代説、果ては一〇〇歳説まで出てくるが、結論は出ない。ウィンディーネが自分の歳を語る日はこないと思うので真実はいつも闇の中だが、ザンダルフが若き時分から親交があったようなことを言っていたので、かなりの高齢のように思えた。
ま、女性の年齢を詮索するのは良識あるものがすることではないのでそれはすぐに忘却の彼方にやるが。
こうしてヨーカンと抹茶という武器を手に入れたエリザベートはセシルの父、大商人ロイド・マテウスと対峙することになる。
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