援軍
「狼男討伐か。厄介な依頼を引き受けたな」
土の騎士ルクスはそのように言うが、風の騎士セシルは反論をする。
「そうかな。楽勝なような気がするけど。こっちにはレベルカンストの最終兵器がいるじゃん」
「それはそうなのだが、狼男は知性を持っている。エリザベートのただならぬ気配を察して姿を見せないかもしれない」
「あー、なるほど、知能と野生によって化け物を避ける可能性があるってことか」
「化け物扱いとは酷い。ただちょっとうっかりレベルをカンストさせてしまっただけなのに……」
「エリザベートの認識はともかく、ただ闇雲に森をさまよっても遭遇はしまい。ここは三手に別れて捜索をするというのがどうだ?」
「狼男が強力で各個撃破されたらどうするのさ」
「俺たちはかりそめにも騎士だぞ。狼男に遅れをとってどうする」
「そりゃ、そだけど」
「よし、決まった。それじゃあ。俺は南を捜索する」
「じゃあ、僕は東」
「それじゃあわたしは西を」
そのような役割分担が決まるとさっそく散開をするがルクスの予想は外れ、狼男は明晰な頭脳も鋭敏な野生の勘も持ち合わせていなかった。
散開してから10分後に出くわしてしまう。
「…………」
「…………」
鹿を狩ったばかりの狼男は逃げ出す気はないようだ。牙をむいてこちらを威嚇してくる。
「うーん、これはこのまま倒してしまっていいのでしょうか」
エリザベートの素朴な疑問にルナは『やっちゃいなよ』と後押しするが、狼男を見つけたら連絡をすべしと約束をしてるのだ。
護符を取り出し、ルクスとセシルに連絡しようとしていると狼男はうなり声を上げて襲い掛かってきた。
「がうるー!」
と強力無比な爪がエリザベートを襲うが、カキン! と弾かれる。鍛えに鍛え抜いたエリザベートの身体は魔力を纏っており、騎士の甲冑ほどの防御力があるのだ。
狼男は噛みつき攻撃を試してくるが、歯をボロボロにしただけであった。
圧倒的な格の違いを見せつけられた狼男は逃げだそうとするが、
「魔王の娘からは逃げられない!」
とばかりに相手の先に回り込む。
そしてぐるぐると拳を回して狼男を一撃で粉砕した。
『圧倒的勝利だね』
「武力の前にはなにもかもが空しいです」
そのようなやりとりをしていると護符が赤く光り出す。
「え? これは? 狼男さんは今、倒したのに」
この護符は狼男を見つけたら合図を送るためのものだが、ルクスが狼男を見つけたと報告をしてくる。
『もしかして、狼男は一匹じゃなかったんじゃ」
「その可能性は忘れていました!」
『すぐに救援に向かわないと』
「はい!」
そのように言うとエリザベートは風のような速度で南へ向かった。
南で狼男のかぎ爪とつばぜり合いをするは土の騎士ルクス。
彼は先ほどから狼男と互角の戦いを繰り広げていた。
魔獣の中でも高位に分類される狼男はなかなかに手強い。
力強いかぎ爪に牙、それに筋骨隆々の肉体。生半可なレベルでは勝てないが、それでもルクスは健闘していた。魔王討伐隊に選ばれたときから鍛錬を重ねてきたからだ。
エリザベートは毎日腹筋とスクワットと言っていたが、今は彼女以上のペースでトレーニングを積んでいる。
ただ、それでも彼女との実力差は埋まる気配もないが。
「そもそもあの女はチート過ぎるんだ」
腕立て伏せと腹筋とスクワットだけであの肉体は手に入らない。あの魔力もだ。あれは生まれ持った才能を独自の鍛錬によって花開かせた異才であった。真似をしようとしてもまねられる存在ではなかった。
しかし、ルクスはそれでも彼女に近づきたかった。
ぶっちゃけよう。ルクスは彼女に好意を持っていた。
今までのルクスはどのような女も落とせるという自負があった。しかしそれも彼女によって無残に打ち砕かれたのだ。
エリザベート・マクスウェルは今までにあったどの女とも違った。
ルクスがどのように微笑もうとも気にさえ留めない。
ルクスが壁ドンをしてもまったくときめかない。
ルクスが「おもしれー女」と言っても頬を染めない。
ルクスが今まで用いてきたあらゆる恋愛テクニックを無効化するのだ。
そのような娘に興味を惹かれるな、というほうが無理な相談であった。
そのようにエリザベートのことを思っていると、思わぬ角度からかぎ爪が飛んでくる。
すんでのところでそれを避けると戦闘に集中する。
「そうだ。今はこの化け物を倒すべきなんだ」
先ほど西のエリザベートが狼男と接敵したという連絡があった。彼女ならばもうすでに倒しているだろうが、この距離だ。彼女の援軍は間に合わないだろう。本気を出して挑まなければルクスは敗者になると同時に死者になる。それだけは避けたかった。
ゆえにかぎ爪を交わし、斬撃を加えるがやつの毛皮を捕らえたと思った瞬間、巨木を斬ったかのような感触を覚える。どうやらルクスの今のレベルではまともにダメージが与えられないようだ。
その光景を見た狼男はにやりと微笑むと連続攻撃を加えてきた。
かぎ爪の二重奏に牙の共演、体術や体当たりも交えた攻撃は確実にルクスを追い込んだ。
気が付けばいつの間にかルクスは巨木を背にしていた。追い詰められたのだ。
ロングソードを握りしめるが、ロングソードは飴細工のように曲がっていた。
「……もはやこれまでか。ふ……」
自嘲気味に笑う。
生まれて初めて恋をしたと気が付いて早数週間、その想いが成就するどころか披瀝されることさえなく死んでいく。
今まで散々、女を泣かしてきたものの哀れな末路か。
そのように嘆き、狼男のかぎ爪が下ろされた瞬間、奇跡が起こる。
そこに現れるはずのない人物が表れたのだ。
西の森にいるはずの少女がそこにいたのだ。
「な、なぜだ? なぜ、おまえの援軍が間に合う!?」
「山勘です。山勘で木を投げました」
見れば数十メートルほど先に大きな木が刺さっていた。彼女は木を使って移動したのだろう。まったく、どこまでも常識外れな娘だ。
そのように呆れかえると彼女は流麗な動きで近寄り、狼男の顎に掌底を食らわせる。
一撃で数十メートル吹き飛ぶ狼男、あの力だ。絶命したに違いない。
「……まったく、化け物だな。君は」
「急いで助けに来たのに、ルクスさんは口が悪いです」
「ふ……、口が悪いのが俺の持ち味だ」
そのように言うとエリザベートは駆け寄り、傷ついたルクスの身体に回復魔法を掛ける。
「おまえは回復魔法も使えるのだな」
「ダンジョンでは希に怪我をすることもありましたから。そのときのために習得しました。この程度の切り傷ならば」
エリザベートは暗黒のオーラを纏わせる。どうやら闇属性の回復魔法であるようだが、治りは光魔法と変わらないように見えた。闇の回復魔法は気休め程度との話であったが、圧倒的な魔力を持つものが使うと話は別なのだろう。
しかし、闇の禍々しいオーラに包まれているのにこの娘のなんと神々しいことか。まるで聖女のようだ。そのような感想を抱いた。
「暗黒のオーラを纏いし、黒の聖女か」
ふとそのような感想が漏れ出るが、エリザベートは気恥ずかしげに。
「わたしは聖女じゃありません。ただの令嬢です」
と笑った。
「面白かった」
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