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黒猫のルナ

 アルバルト大陸の中央に存在するセルビア王国は、大陸でも有数の列強に数えられるが、国土は広くない。たいした資源もなく、本来ならば弱小国のはずであるが、この王国には優秀な人材が揃っていた。


 セルビア王国最大の産物は人材! そのように喧伝されるほど多彩な人材を輩出していたのだ。


 政治家、芸術家、著述家、聖騎士、大賢者、ジャンルは問わない。


 あらゆる分野のエキスパートを世に送り出していた。


 それはこの国が学問に力を注いでいるからだ。この国の小学校普及率は他の国の追随を許さない。識字率に至っては80パーセントを優に超える。


 末端レベルまで教育が行き届いているのがこの国の特徴であり、長所であった。ゆえにこの国の最高学府も素晴らしいものであり得た。


 エリザベートはこの国、いや、この世界でも最高の教育を施してくれる学院を見上げる。


「……ここが王立学院ですか」


 明日から通うことになる学院を見つめ、ごくりと唾を飲む。


 セルビア王国王立学院。


 この国の国王陛下が資金を提供し、国民に〝智〟を提供する叡智の詰まった学院。


 この学院に通うことができるものはふたつの人種に限られる。


 ひとつは家がとても裕福な家庭。貴族や大商人の子息や令嬢たちだ。この学院に入るには多額の入学金と寄付金が必要であった。


 ふたつ目はとても優秀な人間。平民でもなにかしらに秀でた能力を持っていれば入学を許可される。


 ちなみにエリザベートは〝貴族枠〟で入学が認められた。父親が多額の入学金を支払ってくれたのだ。


 〝こちらの世界〟での父親は決してエリザベートのことを好いていなかったが、侯爵家の娘としての体面があるのだろう。入学のときに「この学院でせいぜい、人脈作りに励め」と惜しげもなく入学金と寄付金を払ってくれた上に、学院の近くに館を借りてくれた。


「ありがたいことです」


 ちなみに目付としてメイドをひとりつけられている。エリザベートが奔放なことをしでかしてマクスウェル侯爵家の名を傷つけぬようにという意図があるのだろう。つまり見張りであるのでこのメイドとは仲良くしておかなければならない。なので定期的にお話をし、親睦を深めるが、エリザベートのメイドのクロエは鉄面皮で必要以上に言語を発しない人であった。


「お嬢様、明日から王立学院での暮らしが始まります。制服等、すべて揃っておりますが、なにか不備があればこのクロエになんなりと申し出てください」


「ありがとうございます、クロエさん」


「クロエ、でございます。どうか呼び捨てにしてください。私はお嬢様の使用人なのですから」


「使用人である前にひとりの人間です。それにわたしはあなたと仲良くしたい」


「……わたしは主従関係以上の関係を結ぶつもりはありません」


「わたしはお友達になる気満々なのだけど、妥協してクロエと呼びます。よくよく考えれば親しい間柄のほうが呼び捨てにするものね」


「……変わったお嬢様ですね。旦那様からそのような報告を受けてはいますが」


「お父様はなんと?」


「まるで人生を二周生きているかのように悟りを開いた賢しい娘だ、とおっしゃっていました」


 お父様、するどい。正解だ。とは言わずに、


「まだまだ小娘なので周囲のサポートが必要です。どうかよろしくお願いいたします」


 と返すとエリザベートは明日の用意をするために寝室に向かう。


 明日は王立学院に入学をする日、つまりエリザベートの仇敵であるヒロインと攻略対象たちと接敵をする日なのだ。悠長に過ごしている暇はない。明日からなんとか彼女たちの妨害を避けなければいけない。


 さて、それにはどうすればいいだろうか、と悩んでいるとエリザベートの部屋の〝窓〟を叩く音が聞こえる。控えめな叩き方だったので最初は風の悪戯かと思ったが、どうやら違うようだ。生き物が強引に身体をこすりつけているような音にも聞こえた。事実、窓を見てみると黒い猫がガシガシと窓に身体を押しつけていた。


「あら、可愛らしい」


 素直な感想を口にするが、黒猫さんは必死に扉を開けようとしているので、それの手助けをする。


 扉を開放すると、猫はひょろりと入ってきて、


『ふう……』


 と、ため息を漏らすと、


『この館はすごいね。猫の子一匹、入る余地がない。あのメイドの戸締まり力は完璧だ』


 と言い放った。


「人間の言葉を発している……」


『やあ、エリザベート、はじめまして』


「はじめまして、黒猫さん」


『どうやら僕の言葉が聞こえているようだね』


「はい。はっきりと」


『やはり君は選ばれたものだ。ちなみに僕は神様に派遣された神使だよ』


「まあ、あの神様ですか」


『そう、君をこの世界に送った神様』


「その節はどうもお世話になりました」


『いえいえ、こちらこそ悪役令嬢に生まれ変わってくれる奇特な人がいて嬉しかったよ』


「悪役令嬢は人気がないのですか?」


『あるわけないでしょう。半分、破滅が決まっているのだから』


「たしかに」


『そんな中、健康になれる! と喜んで悪役令嬢に転生してくれた君は天界でもちょっとした有名人でね。神様は鼻高々になってるよ』


「喜んでいただけているようでなによりです」


『それで気をよくした神様が僕を派遣したんだ。悪役令嬢に生まれ変わらせただけでなにもケアをしないのは気が引けるって』


「黒猫さんがケアをしてくれるのですか?」


『うん、そうだよ。今日から僕が君のことをサポートして破滅エンドを回避する手伝いをする』


「とても嬉しいです。でも、学院に猫は連れていけないかも」


『ふふん、君が通う学院の校則はすでにチェック済みさ』


 黒猫はそのように言うと校則が書かれた分厚い本を取り出す。『ここを読んで見るにゃ』と本を開き、肉球で指を差す。


「ええと、魔術科のものに限り、使い魔同伴の登校を許す」


『そういうこと。これで一緒に登校して君にアドバイスできる』


「それと同時に四六時中黒猫さんの肉球をぷにぷにできますね」


 エリザベートは黒猫の可愛らしい肉球を揉みしだく。


『うん、二四時間もふり放題だよ。もふもふサブスクさ』


 黒猫はそのように纏めると、自己紹介を始める。


『おっと、自己紹介が遅れたね。僕の名前はルナ、よろしくね』


「わたしの名前はエリザベート・マクスウェルです。よろしくお願いします」


 互いに名乗りを上げると手と肉球で熱い握手を交わす。


 ぷにぷにの肉球は最高の握り心地であった。

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