隠者ウィンディーネ
ずびゅーん!
と高速で疾走する巨木。
その勢いは凄まじかったが見事なコントロールがされており、無事、湖中央の小島に着弾する。ぶすりと突き刺さり土煙を上げる中、ルクスとセシルは、
「こんな経験初めてだ」
と言い放った。
「わたしは何度かありますよ。幼き頃、ダンジョン内を移動するときよく使っていました」
「君のレベルがカンストしている理由がよく分かったよ」
そのようなやりとりをするが、今さらエリザベートのレベルにツッコミを入れても仕方ない、とふたりは意識を小島の中央に建てられた建物に移す。
粗末な建物でとても人が住んでいるとは思えないが、逆に隠者の住まいに相応しいような気がした。そう思ったエリザベートはさっそく、コンコンとノックをする。すると中からしわがれた声で「入ってもよいぞ」と返事を貰った。
老人の声だったので中にいるのも老人かと思ったが違った。先ほどの返答をしたのはマンティコアと呼ばれる魔獣であった。
ルクスとセシルは慌てて剣を構えるが、それを制すのは涼やかな女性の声だった。
「この程度のことで慌てるなんて王立学院の四騎士様もたいしたことはないのね。臆病だわ」
見ればそこには魔術師風のローブを着込んだうら若き女性がいた。
この人が噂の隠者なのだろうか、と考えていると彼女は自ら名乗りを上げてくる。
「私の名前は隠者ウィンディーネ。この闇深き森と研究を愛するこの国の七大賢者のひとりよ」
七大賢者とはすごい。
ちなみに七大賢者はパワーセブンの異名を誇り、ひとりひとりが一騎当千の猛者らしい。学院長ザンダルフと隠者ウィンデーネはその一角を占める強者とのことであった。あるいはレベル99のエリザベートに唯一対抗できる数少ない集団がパワーセブンなのかもしれない。
そのような感想を抱いたが、セシルは当然の疑問を口にする。
「パワーセブンってのは何十年も魔術の研究に没頭したもののごく一部が到達できる至高の存在なんでしょう。それなのにこんなに若いって変じゃない」
「たしかに言われてみれば」
ウィンディーネの姿はうら若き女性だった。しかもお色気ムンムンで胸元を大胆にはだけさせた衣装を着ている。年の頃はどう見ても二〇代にしか見えなかった。
「もしかして実年齢と見た目が違うタイプの魔術師さんでしょうか」
そのように問うと、ウィンディーネはこめかみをひくつかせ「女性が女性に年齢を聞いちゃうかなー」と言った。
「私の年齢なんてこの際どうでもいいでしょう。あんたらはそんなつまらないことのためにわざわざ私の庵にやってきたの?」
「まさかそんな。私たちは小豆という豆を探してここまでやってきました」
「あら、小豆なんて珍しい。あんなのはあんこにするくらいしか使い道はないわよ」
「もしくは鳳凰さんの餌です」
「大賢者ザンダルフは最近鳳凰の雛を手に入れたと聞いたわ。その餌を探し求めているの?」
「いいえ、逆です。ザンダルフ様が餌に使ってしまったから困っていて」
「ふうむ、よく分からないけど、話くらいは聞いてあげるわ。あとお茶でも出しましょう」
ウィンディーネはそう言うと庵に招き入れてくれた。
ウィンディーネの庵はとてもこじんまりとしており、雑多だった。至る所に書物や薬品の素材が積まれている。文字通り歩く隙間もないとはこのことであった。潔癖症であるエリザベートは片付けをしたくなるが、彼女は安易にこの庵の中のものに触れないように、と言った。
迂闊に触ると爆発したり、異世界に転移する秘薬や秘宝が溢れているとのことであった。
怖いのでなるべく触らないようにすると、ウィンディーネはダイニングテーブルに備え付けられた椅子に座れと言った。素直に従うと食器たちがくるくるとダンスをしながらやってくる。
くるくる、かちゃかちゃ、と音を鳴らしてティーカップが勝手に目の前にやってくると、お湯を入れたポットがやってきて紅茶を注いでくれる。
「すごいです。魔法使いみたい」
「違うわ。私は大賢者」
「大賢者様はとてもすごいです」
目を爛漫と輝かせるが、ルクスは皮肉気味に言う。
「おまえの実力は恐らくウィンディーネ以上だ。なにを謙遜している」
「それは戦わないと分かりませんよ。それに私は武力と魔力にステータスを全振りした女、ザンダルフ様やウィンディーネ様のような細々とした魔法は使えません」
「たしかにおまえの使い魔はなんの芸もないしな」
ルクスがそのように言うとルナは『ふにゃー!』と怒るが、事実なのでかばい立てはしなかった。
そのようなやりとりをしているとウィンディーネは自分の分の紅茶に口を付ける。
「うーん、エクセレント。ローズヒップで味付けした紅茶なのだけど、お口に合って?」
「もちろん合います!」
エリザベートはごくごくと飲む。
「それはよかった。こう見えても結構な茶道楽でね。色々とあるからくるたびに退屈はさせないと思うわよ」
「それは有り難いが、本題に入りたい」
そのように音頭を取ったのはルクスであった。
「俺たちは茶飲み話をしにきたわけじゃあない」
「そうね、小豆がほしいんだったわよね。結論からいうと私の頼みを聞いてくれたら無償で分け与えてあげましょう」
「本当ですか?」
ぱあっと表情を輝かせるエリザベート。
「女に二言はないわ」
「ならば是非、その頼み事を言ってください」
「そうね、単刀直入に言えばこの森に住み着いた狼男 を倒して欲しいの」
「狼男ですか?」
「ええそうよ」
「てっきりドラゴンを退治してくれと言われると思っていました。意外です」
「まあ、この森には今のところ厄介なのはそいつくらいなのよ」
「でもウィンディーネさんならばご自身で倒せてしまえるのでは?」
「そりゃあね。私はパワーセブンと謳われた大賢者ですもの。ただ、生来の引き籠もりでそんな面倒なことをしたくないの」
ウィンディーネは根っからの引き籠もりらしい。
「本と水晶玉さえあれば退屈することはないから普段は一歩も外に出ないようにしているんだけど、人間、悲しいことに働かないと生きていけないのよね」
なんでもウィンディーネはこの湖に庵を建て住んでいるが、食料などはすべて外部から取り寄せているとのこと。昨今、狼男が森を彷徨っていると贔屓の商人も近寄らないと嘆いている。
「このままじゃあ、小豆を煮て食べちゃうかもしれないから、早くしてほしいわね」
ウィンディーネは悪戯好きの妖精のような顔をする。
そのような表情をされてしまえば従うしかない。
エリザベートたちはそのまま外に出ようとするが、土の騎士ルクスはウィンディーネに尋ねた。
「こちら岸にある船を貸してもらってもいいだろうか?」
と。
「もちろん、いいわよ。って、あなたたちここへはどうやってやってきたの?」
首をひねるウィンディーネ。彼女は島に突き刺さっている木の存在を知らないようだ。エリザベートとしては帰りもあの方法を使おうと思っているのだが、ルクスとセシルは〝普通〟の方法で帰りたいらしい。
うーん、絶対木を投げたほうが早いのに。
そのような感想を持ったがここは多数決を採用することにする。
エリザベートたちはウィンディーネから小舟を借りるとそれに乗り込んだ。
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