小豆
風の騎士セシルの父親ロイド・マテウスはこの国の大商人である。
どれくらいの大商人かと言えば扱っている商材の数が半端ない。
文字通り揺り籠から墓場まですべて商っており、この国でマテウス商会の商品の恩恵にあずかっていないものなどいない、と断言してもいいくらいだった。
試しに昨晩から数えたところ、昨日飲んだ紅茶の茶葉、ティーセット、ヘアオイル、朝食のベーコン、すべてマテウス商会かその資本が入っている商会のものであった。
あらゆる場所から利益を上げるマテウス商会の規模は小さな国家そのものであり、それを率いるロイドは傑物であることは間違いなかった。
さて、そんな人物をどうやって説得すればいいのやら。
と悩んでいると炎の騎士レウスが妙案を出してくれる。
「マテウスのおっさんは甘いものが好きだぞ」
「人のパパをおっさんと呼ぶなー」
セシルは抗議するが、レウスの情報のほうが貴重であったので耳を傾ける。
「昔、四騎士で一緒に遊びにいったことがあるんだ。そのとき糖尿病予備軍かよってくらい甘いものを食べていた」
「パパは頭を使う仕事だから糖分を補給しないといけないんだ」
「なるほど、それでは甘味で釣るという手もありますね」
「妙案だとは思うが、マテウス氏は稀代のグルマン、この世のあらゆる甘味を食べ尽くしたんじゃないかな」
レナードは冷静に分析する。
三人の騎士たちの視線がセシルに集まるが、彼は「あー」とつぶやく。
「たしかにパパは食い道楽だけど東方のヨーカンって食べ物は食べたことがないって言っていた」
「ヨーカン?」
「うん、小豆って豆から作る東洋のお菓子。蓬莱って国の名物で、こっちの世界でいうチョコなのかな」
「なるほど、たしかに聞いたことがないですね」
「ならばそれを持って行けば懐柔しやすいかもしれないな」
レナードがそのように纏めるが、問題はどうやってそのヨーカンなる食べ物を用意するか、であった。
「ここは人海戦術だ。我々は五人もいるのだから手分けして情報を探そう」
「そうですね。ここで考えるよりも動いたほうがいいかも」
カレンがそのように言うと皆、ちりぢりになって情報を捜索する。
エリザベートとカレンは王立図書館に行く。通い慣れたふたりは東洋の文献コーナーに行き、目をさらのようにしてヨーカンのことを探る。仲のよい司書にも探すのを付き合って貰う。
レウスとレナードは猪突猛進に街の甘味処のパティシエを一件一件探す。
ルクスとセシルは街の賢者に話を聞きに行く。
そのようにして一週間ほど情報を捜索すると貴重な情報を得ることになる。
一週間後、学院のテラスに集まった五人はげっそりとした表情で同じ言葉を発した。
「なんの情報も得られなかった」
と――。
悲嘆と疲労にくれる五人。これだけ動き回ってなにひとつ有益な情報を得られないとは……。嘆くしかないが、レナードは、
「情報を探し回った上で情報がないと分かったのだ。これは大いなる前進だ。これこそが貴重な情報だ」
と言った。自分を鼓舞する意味もあるのだろう。
「そもそも東洋に詳しい人間が少ないのだ。東方のシュナ国に行くのでさえ半年は掛かる旅路、さらにその遠方、海の上にある蓬莱の情報を知っているものなど限られる」
「ああ、この国で有数の賢者でもない限りわからないよ」
ルクスは嘆く。
「だなあ。でもそうそうそんな都合いい人物に知り合いだなんて――」
レウスも同様に嘆くが、途中、遮られる。エリザベートの脳裏にとある人物が浮かんだのだ。
東方の幻獣、鳳凰の雛を育てている老人の顔が浮かんだ。
「学院長さんです! 学院長さんならばヨーカンの製造方法を知っているかも」
その言葉を聞いた四騎士たちは「その手があったか」と表情を輝かせる。
「そうだな。たしかにザンダルフ様ならばなにか知っているに違いない」
「そーだよ。どうしてすぐに浮かばなかったんだろう」
「灯台もと暗しだな」
とレナードは纏める。
ちなみにレウスは灯台もと暗しを、東都大学の人は元々暗い陰キャばかりである、という意味のことわざだと思っていたそうな。名門大学に入るため、勉強ばかりしているから陰キャになるという意味だと誤解していたらしい。なかなかに脳筋である。
さて、それは置いておいてさっそく、セシルとカレンを伴って学院長室へ向かった。そこには鳳凰の雛に餌を与える老人がいた。
「ほう、どうした。魔王討伐の切り札どもが雁首を揃えて」
「その魔王討伐のためにお知恵を拝借したく」
「ふむ、なんでもいえ。魔王討伐は国家の悲願じゃからな」
「それでは遠慮なく、魔王討伐をするものたちを集め、演習をしたいのですが、それには費用が掛かって」
「金ならばないぞ。もしもやるにしても来年じゃな。今期の予算はもう動かせない」
「違います。セシルさんのお父さんにお願いしようと思って」
「なるほど、マテウス商会をスポンサーにする気なんじゃな」
「はい」
「それでなにが必要なんじゃ?」
「小豆です。東洋にある小豆という豆を使ってお菓子を作りたくて」
「なるほど、あんこを作るのじゃな」
「はい」
「ふうむ、いい作戦じゃな」
「協力してくださるのですか」
「もちろんじゃ。ただ、いいニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」
「いいニュースからお願いいたします」
「いいニュースは小豆なる豆はわしが持っておる」
「なんと!?」
一同は驚愕する。
「それではそれを分けてください」
「だめじゃ。というか無理じゃ」
「協力してくださるんじゃないのですか?」
「10分前に来てくれたら分けられたのじゃが……」
学院長は申し訳なさそうに視線を落とす。その先には鳳凰の雛がいた。
「まさか……」
「そのまさかじゃ。小豆は鳳凰に餌としてすべて与えてしまった」
「……やっぱり」
一同は肩を落とすが、学院長は「まあ、そのなんじゃ」と元気づけてくれる。
「また何ヶ月かすれば小豆が手に入るかもしれん。そのときに渡そう」
と言うが、それでは手遅れだ。魔王復活まで三年しかないのである。
「ふうむ、それじゃあ、これを分けてくれた賢者仲間にまた分けて貰うしかないのぉ」
「伝手があるのですね」
「ああ、あるぞ。ただし、そのものは森の隠者と呼ばれておっての闇深き森でひとりで生活しておる。
次々に拠点を変えているからこちらからコンタクトはできない」
「でも、その森のどこかにはいるんですよね?」
「おるの」
「それではそこに向かいますから紹介状を書いて頂けませんか?」
「よかろう」
学院長はそう言うと机に座りさらさらと文字を書き始める。達筆である。
あっという間に手紙を書き終えると、それに封蠟をし渡してくれる。
「これを渡せば小豆を分けてくれよう」
「ありがとうございます!」
三人皆笑顔で頭を下げると、さっそく、その森に向かうことにした。
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