ワイバーンさんも一撃です!
王都郊外の森は昼間でも薄暗く、人の侵入を拒否しているかのようであった。
セルビア王国の王都は世界でも有数の都会であるが、一歩、郊外に足を踏み入れれば大自然が残っている証拠の場所である。ここに住み着いた魔物ワイバーンを討伐するのがエリザベートたちの目的であるが、それと同時に聖女カレンの使い魔を探すのも同時並行しなければいけない。
「あの、カレンさん、使い魔にデュラハンはいかがでしょうか?」
「デュラハン?」
「わたしが鍛錬した洞窟にいたアンデッドです。首なし騎士ですね」
「……アンデッドはちょっと」
「でも強いですよ」
「でも臭いそうですし、首のない殿方は……」
「それではベヒモスはいかがですか? 大地震を起こし、地を割ります。王立学院の校舎でしたら三分でがれきの山に出来ます」
「……もうちょっと可愛いのがいいかと」
「なるほど、ルナみたいなのがいいんですね」
「そうですね。捨て猫さんでもいないでしょうか?」
カレンはキョロキョロと見回すが、木箱に入った手頃な子猫は転がっていなかった。
それを見て氷の騎士レナードは吐息を漏らす。
「かっこよさや可愛さで使い魔を決めるのはよくないことだと思うぞ」
まっとうな正論を言われる。
「使い魔というのは武力よりも使い勝手を重視するものだ。だから皆、鳥とか猫を使い魔にする」
「それじゃあ、ペンギンを探しましょうか」
「森にペンギンはいない」
レナードは呆れながら断言をすると、「無難に鳥でも探すのだな」と言った。
エリザベートは「はーい」と生返事をすると、「ワイバーンさんも鳥の仲間ですよね」と漏らした。
「たしかにワイバーンは飛竜の一種ではあるが」
「学院で飼ったらさぞ目立つと思うのです」
「目立つだろうが、竜をどうやって屈服させる。使い魔にするにはそのものを心の底から屈服させなければならないのだぞ」
「わたしならば余裕で屈服させられます」
と満面の笑みで返答していると上空に影が、さらに一陣の風が舞う。
炎の騎士レウスと氷の騎士は同時に剣を抜く。
「おまえが冗談を言っている間にワイバーンがやってきたぞ」
冗談ではないのだけどなあ、と思っているとワイバーンは咆哮を上げる。
「ぎゃおおおん!」
五臓六腑に染み渡る振動に聖女カレンは「きゃっ」と表情を歪める。
ふたりの騎士は真剣な表情でワイバーンを観察する。
「これがワイバーン、想像したよりも大きい」
王立学院の四騎士は座学や実技で他の生徒の追随を許さない成績を収めているが、実戦の経験は乏しい。幼年学校では魔物の実戦討伐の授業はほとんどなかったようだ。
軽く戦いているが、彼らの実力ならば苦戦はするだろうが倒せる相手だと思う。というのが炎の騎士レウスと一戦を交えたエリザベートの感覚だった。
(……てゆうか、ワイバーンなんて七歳の頃にはただの経験値だったのよね。――とは言い出すことができない。三人の表情があまりにも真剣だったからだ)
なので成り行きは三人に任せる。
「レウス、おまえはまだ怪我が癒えていない。カレン嬢を守るんだ。俺が前衛を務める」
竹馬の友レウスは「承知」とカレンを守る陣形を即座に組み上げると、カレンは「ありがとうございます」と頭を垂れた。
「カレン嬢は光の魔法が使えるが、武力は皆無だ。俺たちがワイバーンを引き付けるから君は俺たちの援護をしてくれ」
「分かりました。光の強化魔法を唱えます」
とカレンは呪文を詠唱し始める。彼女は黄金色に輝き始めた。
おお、すごい。まるで聖女様のようだ。いや、聖女なのだけど。
黄金色に輝く聖女様。ちなみに私の魔力は黒もやがかっていたり、紫色の怪しいオーラを纏う。根っからの闇属性なのだ。
「おお、すごい、カレンのバフを受けると身体が軽くなる」
レナードはそのように言うとワイバーンを斬り付ける。
ざしゅりとワイバーンの鱗を傷つける。
ワイバーンの堅い鱗を貫けるのはなかなかであったが、一撃で致命傷を与えることはできないようだ。ワイバーンは怒り狂って反撃をしてくる。
ワイバーンの牙が襲い掛かる。
ちなみにワイバーンはかぎ爪はない。翼と胴体と足だけの飛竜種だ。炎も吐かないが、その牙は強力無比だ。常人が噛み付かれれば一撃で戦闘不能、もしくは最悪、死に至る。しかし、レナードは颯爽と攻撃をかわすと二撃目、三撃目を加えていく。
氷の騎士レナード様はその異名通り冷静冷徹でクレバーな剣術をこなすようだ。猪突猛進のレウスさまとはひと味違った。
しかし、レウスのようにパワーはないらしく、なかなか致命傷を与えられない。戦闘は長引く。
「っく、俺にレウスのような力があれば」
と彼は嘆くが、当のレウスは熱血気味に叱咤する。
「ばっきゃろー! 弱音を吐くんじゃねえ。人間、配られたカードで勝負するしかねーんだよ。おまえはその小賢しい剣技で頂点を目指せ!」
「……小賢しいは余計だ」
レナードはそのように言い放つと元気を取り戻す。このふたりはとても熱い信頼関係を構築しており、互いに互いの背中を預け合うことができる戦友でもあるようだ。
「すごいです。これがボーイズラブというやつなのでしょうか」
小説で見た男同士の厚い友情、そして深まる愛が想起される。ちなみにエリザベートは腐ってる要素はほぼない。その手の小説も読むが、性愛よりもストーリーを楽しむタイプである。
一方、カレン嬢は男の厚い友情に興味津々で鼻息を荒くしている。ああ、この子はそっち系の素養もあるのですね、と改めて意外な一面を発見すると、レナートは華麗なステップを決め、ワイバーンの右目に剣を突き刺す。
さすがに目を突き刺されたワイバーンは咆哮を発し、絶命をする。
「……ふう、なんとか倒したぞ」
とレナードと拳を突き合わせて健闘を祝すが、その次にエリザベートに視線をやる。どうだ、見たか、四騎士の腕前も捨てたものではないだろう、という意志が感じられたが、たしかに四騎士様の腕前も捨てたものではなかった。
「すごいです」
と素直に賞賛すると、先ほどよりも強い突風が。
見れば周囲には五匹のワイバーンがいた。
彼らは突き殺された仲間の遺体を見て怒り狂っている。
「な、ワイバーンは一匹ではなかったのか」
「そ、そんな一匹でもあんなに苦戦したのに……」
カレンは絶望色に瞳を染めるが、この場でただひとり冷静なものがいた。侯爵令嬢エリザベート・マクスウェルである。
エリザベートはぽきぽきと拳を鳴らすと、
「そろそろわたしの出番みたいですね」
と言った。
「ま、待て。いくら君が強いと言っても危険だ。ワイバーンは竜なんだぞ。五匹いっぺんに相手はできん。ここはいったん引いて王都に戻って正式な討伐隊を派遣すべきだ」
「大丈夫です。わたし、こう見えてもレベル99なので」
エリザベートはそう言い放つと、ワイバーンの一匹に蹴りを入れる。
ばこーん!
と蹴りを入れられたワイバーンの頭は一撃で陥没する。
「な、一撃だと!?」
あれほど苦労してワイバーンを倒したレナードは顔面を蒼白にさせるが、レウスは「まあ、そうだろうなあ」的な顔をしていた。
「あのレベル99女の強さ、人間の領域を超えているもんな」
実際に剣を合わせたものだけが感じることができる凄みを知っているレウスは納得しているが、その間にも戦闘は進む。エリザベートはワイバーンの尻尾を掴むとぐるぐると回し、遠心力を使って一匹を空の彼方に送る。
キラン!
と夜空に輝く星。たぶん、大気圏外に届いたことだろう。
残りの三匹はまだ戦闘意欲が衰えていないようなので、魔法で一気に終わらせる。
エリザベートお得意の闇魔法を使うのだ。
「暗黒より生まれし、原初の黒よ、
宙の闇よりも暗き猛き炎の渦よ、
敵を燃やせ。骨まで焼き尽くせ!」
呪文を言い終えると闇の炎が生まれる。
三匹のワイバーンたちの中心に黒い炎が沸き立つと、一瞬で辺りは高温に包まれる。
あっという間に燃え上がるワイバーンたち。
その光景を唖然とした表情で見つめるカレンたち。
「す、すごい、これがレベル99の力……」
皆、一様にエリザベートを凝視するが、エリザベートはいたたまれない。実はこれでもかなり力をセーブしているのだ。本気を出せばこの森にクレーターを開けることも可能であった。さすれば彼らにも被害が及ぶから、最小限の力でワイバーンを倒したのである。
あっという間の出来事であったが、エリザベートはひとつだけ後悔をしていた。
「ワイバーンさんを手懐ける機会を失いました……」
カレンの使い魔の候補が一匹減ったことを少しだけ嘆くエリザベートであった。
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