好きな人の涙を見たので、彼氏から奪います。
昔からたった一人だけ、泣かせたくない人がいる。
その子と出会ったのは小学校六年生の頃で、かれこれ四年の付き合いになる。小学生の頃は委員会が一緒で、中学、高校は帰り道が一緒で、一週間に数回話す程度の関係。
友達と言えば、友達。腐れ縁と言えば、腐れ縁。
そんな名前のない曖昧な関係が四年間も続いている。
ただ、僕の中で彼女との関係性は明確だ。
それは、片想い相手。ただ、眺めてるだけの四年間だったけれど、僕は彼女の事が好きだ。
彼女を好きになった理由は色々あるが、僕が恋心を確信した出来事がある。
それは、僕らが小学生の頃。
「ねぇなんで泣いてるの?」
物心ついたときから一緒にいた飼い猫のレンが亡くなった次の日。
僕は普通に学校に行き、一日を過ごしていたが、帰り道に悲しみが抑えきれなくて、涙がこぼれてしまった。
そんな時に彼女が声を掛けてくれたんだ。
「……べつに何でもない」
「そっか」
僕の強がりを受け入れてくれて、僕の右手を優しく包んでくれた。そして、涙が止まるまで傍にいてくれた。たったそれだけだったけど、僕は恋に落ちた。
そのとき、今度は僕が彼女の悲しみを癒やしてあげよう。彼女が泣かないように僕が笑顔にしてあげよう。そう誓ったんだ。
そして、今。
その彼女、青山裕利が泣いていた。
誰もいない教室で一人、その泣き声を押し殺すようにして。
「ねぇ、何で泣いてるの」
彼女は覚えていないだろうけど、あの日を再現するかのように同じ言葉を投げかけた。
そして、涙と嗚咽でまともに喋れないだろう青山の返事を待つより先に、教室に入って彼女にハンカチを渡して、適当な椅子に座らせる。
実のところ、彼女が泣いている理由を僕は知っている。
青山は彼氏の鈴村に二股されている。そして、たった数分前まで鈴村も教室にいた。
鈴村の浮気を知った青山は、鈴村に浮気相手と別れるように言ったが、実は浮気相手は青山の方だったという。
「別れるかどうかは勝手に決めてください」
鈴村はそう言い残して、教室を出て行った。
そして、スマホを忘れて教室に取りに戻ってきた僕は偶然にもその会話を聞いていたと言うことだ。
幸い、鈴村が教室を出て行くときには、僕は隣の教室に隠れてやり過ごした。
そして、泣いている彼女の傍にいるために戻ってきたが、どうしたらいいものか。
(ほんと、僕はだめなやつだ……)
四年間も片想いをこじらせており、女の子の扱い方すら分からない僕にできることは、ただ彼女が落ちつくまで待つことだけだった。
「……なんで、いるの」
「スマホ、取りに戻ってきただけ」
少し落ちついた青山から厳しい視線と共に問われる。
僕は偶然だってことを伝えるため、自分の席に向かい、スマホを取り出す。
「――かえる。あっ……」
「ああ、雨か。夕立だろうから、もう少し待った方が良いよ」
少し前から雨が降り始めていたが、自分のことでいっぱいだった青山は気づかなかったようだ。
雨に気づくと、青山は再び椅子に腰を下ろした。
「なんか、はなして」
「え……なんかって?」
「なんでもいい。今は他のこと考えていたい」
腰を下ろした青山に「何か話して」とお願いされたが、何を話せば良いのか全く思いつかない。
だけど、少しでも彼女の気が紛れるなら。
そう思ったら、頭より先に口が開いていた。
「……小学校の頃、飼い猫を亡くしたんだ」
知ってた?と青山に聞いても反応はない。
「その次の日、普通に学校に行ったんだけど、帰り道で泣いちゃってさ。そんなとき当時同じ委員会だった子が手を繋いでくれて、余計泣けてきちゃって」
青山は覚えているか分からないけれど、言うなら今だって、そう思った。
「だけど、気づいたら少し落ちついてた。それで一年くらい経ったあとかな?」
背筋が伸び、俯いたままの青山の様子を伺いながら、何でもないようにそれを口にした。
「その子のことを、好きになってた」
一度、口にしたら想いはもう止まらなくて。
「それで、何もしないまま四年も片想い。その子には彼氏だっているのに馬鹿だよな」
そう言って照れくささと情けなさが相まって変な笑みがこぼれる。
「だけど、その子は彼氏にとっては遊び相手で……」
僕が全部知っていると彼女に伝わってしまっただろう。そして、僕の気持ちも全部分かっただろう。
けれど、彼女はずっと俯いたままで何の反応もない。だから、僕は話し続けるしかなかった。
「アイツは僕がずっと欲しい言葉を貰ってるってのに。もしそれを僕に向けてくれたら”死んでもいい”って思えるくらいなのに」
だから。もう逃げない。今の関係を壊すことが怖かった、臆病だった自分をやめるのに、キミを言い訳にするのはズルいかもしれないけれど。
「だから、僕はキミを泣かせない」
「……っぷ」
「え?」
「あはははっ!似合わないし、キモいっ!あははははっ!」
さっきまで俯いてた青山は先程までの暗い表情から打って変わって大爆笑し始める。
「なに、いきなりペットの話かと思えば、初恋の話でその相手は私!?それで死んでもいいとか、泣かせないとか何!?意味分かんないし、キモすぎっ!」
「……おい、僕の悪口はそこまでにしておけ。今度は僕が泣くぞ」
いや、キモいのは分かるし意味分かんないのも分かるけど、なんで大爆笑するんだ……。
「吉田みたいなの好きになっておけば、こんな風に楽しかったのかな」
そして、ひとしきり笑い飛ばした青山がぽつりとそうこぼした。
「なら、これからは大丈夫だな」
「え?」
「僕が青山を惚れさせる。あんな奴には勿体ない」
――僕が奪って幸せにしてやる。
「ちょ、何言って……って、どこいくの!?」
後ろから青山のそんな声が聞こえたが、僕は教室を出て、そのまま校舎から出る。
僕が校舎を出ると雨は既に止んでおり、目の前には虹が架かっており、つい足を止めてしまう。
「虹だ……」
後ろからそんな青山の声が聞こえてくる。
「久々に一緒に帰るか」
僕のそんな呟きに、いつの間にか隣に並んだ彼女は僕を追い抜いて。
「ほら、早く帰るよ!」
そういって、青山は僕の手を引く。
(ほんと、キミには適わないな)
そんなことを思いながら、一緒に下校した。
翌日。
「急に呼び出すなんて、何の用かな吉田君?」
朝八時十分。あと十分もすれば、ホームルームが始まる。そんな時間に俺は鈴村を空き教室に呼び出していた。
「時間もないし早速本題から。鈴村くん。僕が、いや」
――俺がお前から裕利を奪う。
キミのためなら、自分だって変える。
それを覚悟するのに、四年もかかったけど。
俺は強くなるよ。
キミをもう二度と悲しませないために。俺の隣でキミが笑ってくれるために。
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