婚約破棄
ロナウド皇帝陛下と三大貴族のルーカス、デニス、イザークは連日に渡り話し合っていた。
聖女を皇太子の側妃にすると言う事は、彼等の間では既に決まっていた。
慣例通りに。
ルーカスは、ここで否とは言えなかった。
国益を一番に考えなければならないのが宰相の立場なのだから。
しかし……
アルベルトは頑として首を縦に振らなかった。
他の方法を考えれば良いと言って。
あの浄化の旅は、アルベルトが言い出した事だった。
先ずは皇都を魔獣から守る必要があるからと。
こんな風に現場に行けばサリーナの魔力も安定するだろうと。
聖女に浄化の魔力を使わさせる事を渋っていたが、アルベルトとサリーナを近付けさせ様としているミレニアム側は、この案にはあっさりと了承した。
2人の距離を縮めるのには旅が効果的だと考えて。
アルベルトがサリーナを気遣い、サリーナの我が儘に付き合ってくれていたりと、彼女に寄り添う姿勢を見せてくれてはいるが……
寵を得ない事には話は前には進まないと考えて。
まさか……
同行するリストにあった魔獣の研究者が、あの公爵令嬢だとは思ってもみなかったのだが。
あの聖女誕生のパレードの日に、聖女がガーゴイルを浄化した様を皇都民が目撃する事となった。
皇宮に魔獣が現れた事で、魔獣に襲撃される恐怖を目の当たりにしたのだ。
今までも、国境付近に時折出現する事は報告されていたが。
実際に魔獣に遭遇すると……
あんなに大きく恐ろしいものとは思ってもいなかったのだ。
今までは……
魔獣の出現を何処か他人事の様に思っていたロナウド皇帝が、一番危機感を露にした。
シルフィード帝国の平和は、聖杯で守られていただけに過ぎなかったのだと。
浄化の魔力使いが聖女と崇められて来た理由が分かった。
だから……
聖女はどうしても我が国に必要な存在だと考え、何とかして皇太子を説得しなければならないと考えた。
そんな矢先。
アルベルトが記憶を失ったのである。
アルベルトが記憶を失ったと聞いたミレニアム公国側は、それまではのらりくらりと理由を付けて、浄化の魔力を出し惜しみしている程度だったが。
聖女を側妃にしなければ、聖杯と聖剣に浄化の魔力を融合しないでこのまま帰国すると言い出して強気に出て来た。
騙し討ちをする訳では無いが。
アルベルトが記憶を失ったままに、このまま聖女を側室にする話を進める事を考えた。
そして……
記憶を失ったアルベルトに、聖女の必要性の話をしたら彼は理解を示した。
「 皇太子として、国益を優先するのは当然の事だ 」
記憶を失った彼は……
帝王学を学んで来た皇太子だった。
そこにレティへの想いが無ければ国益を優先するのだった。
自分の結婚式を2ヶ月後に控えている事を知らされても。
後はレティだった。
難航するかと思った彼女への説得だが……
彼女の元に訪れた大臣達から、彼女は殿下の意思に従うと言って理解を示してくれたと報告された。
アルベルトがどんなに彼女の事を寵愛しているのかは分かっている。
側妃と言っても名ばかりで良い。
彼女が嫌がるなら、聖女を離宮に住まわせても良いのだから。
兎に角……
ミレニアム公国が主張する、聖女を側妃にする事を決めなくてはならなかった。
2ヶ月後には結婚式を控えている事もあって、早くこの側室問題を終わらせたかった事もある。
帝国のゴタゴタしている様を、世界各国に見せる訳にはいかないので。
何を差し置いても……
先ずは聖杯と聖剣に浄化の魔力を融合させなければならない。
全ては我が国の為に。
***
私の21歳の誕生日の日の結婚式は後2ヶ月後に迫っている。
のんびりとアルの記憶が戻るのを待ってはいられない。
結婚してしまえば逃げられなくなる。
先がどうなるか分からない中では、その時に出した結論を後から考えた時に最善とする必要がある。
今までは先の見える未来と戦って来た。
しかし……
これからは先の見えない未来と戦わなければならないのだから。
それに……
この側室問題を早く終わらせたい。
魔獣は待ってはくれない。
レティは強い気持ちで抱いて会議室に向かった。
シルフィード帝国は絶対君主制なので、全ての決定権は皇帝陛下にある。
しかし……
君主の暴走を防ぐ為に、大臣達がいて議員達もいる。
重要な案件を議題にあげ、この議会室で議論がされた後に、皇帝陛下に決裁されるのである。
レティは以前に、1度この議会室に入室した事がある。
その時はドラゴンの頭から取り出した魔石の事で、ルーピン所長と会議に出向いたのだが。
会議中にお邪魔して報告をすると言う程度のものだった。
しかし……
今回はガッツリ自分の事だ。
聖女のサリーナを皇太子の側妃にしたいから、皇太子妃になるレティが了承せよと言う会議。
決まったばかりの側室制度の廃止を直ぐに反古にする訳にはいかない。
特例を発令する為の会議となる。
二百年振りに現れた聖女なのだからと。
それを議会の場でレティに側室を認めさせれば、全てが上手く行くと考えて。
レティは用意されていた席には座らずに、ある席に座った。
そこは何と被告人席。
「 リティエラ様!? 貴女様の席はそこではありません! 」
「 わたくしはここに座って断罪されたいの! 」
レティを案内して来たクラウドが慌てるが、レティはテコでも動かないと言う勢いで椅子にへばり付いた。
レティはワクワクした。
一度ここに座ってみたかったのだと言って。
クラウドは、宰相の大臣席にいたルーカスに助けを求める視線を送ったが……
ルーカス黙って頷いただけだった。
悪そうな顔しているレティを見つめながら。
「 皇太子殿下の御成りでございます 」
皆が一斉に立ち上がると、アルベルトは皇族が通る扉から入場して来た。
レティも立ち上がってアルベルトの歩く姿を見据えた。
やっぱり格好良い。
黄金の髪はサラリと揺れて。
前を見据えたその綺麗な横顔に……
レティはまた恋をするのだった。
「 皇帝陛下の御成でございます 」
アルベルトが皇太子の席の前に立つと、続いてロナウド皇帝が入場して来た。
皇帝の席は議会室の一番奥の上座の高い位置にあり、その一段下に皇太子の席がある。
その周りをコの字の様に大臣席や議員席があり、コの字型の真ん中に被告人席があるのだ。
被告人がいる会議ではここに被告人が座らされ、尋問される事になる。
「 着席しなさい 」
皇帝陛下の声に皆が着席をした。
アルベルトは……
自分の正面にある被告人席に、レティがいるのを見て驚いた。
「 私の婚約者が何故あんな席に座らされているのか!? 」
席に座ったアルベルトが再び立ち上がり声を荒らげた。
自分の婚約者が、側室を承認する為にこの場に呼ばれている事は聞いていたが。
まさか被告人席に座らせるとは。
直ぐに秘書席にいたクラウドを呼び寄せ、レティを別の席に移動させる様に言った。
いくら記憶が無くても、自分の婚約者をあんな席に座らせる訳にはいかない。
「 リティエラ様は……ご自分で被告人席にお座りになられまして 」
「 ………何? 誰かに無理強いされたのでは無いか? 彼女は泣いてはいなかったか? 」
被告人席に、1人ポツンと座っている小さなレティは、それだけでか弱く見えていて。
殿下……
リティエラ様は好奇心の固まりで、牢屋にも入りたがる様なご令嬢です。
クラウドはレティを心配そうに見つめているアルベルトを見ながら、早く記憶が戻る事を願うのだった。
***
「 ………と言うわけで、ウォリウォール公爵令嬢には、サリーナ聖女様が側妃になる事を認めて頂きたく思います 」
聖女がいかにシルフィード帝国にとって重要な存在かを、文相が述べて行った。
「 他国に聖女が渡れば……その国には魔獣が出現しなくなり、そうなれば他国が我が国よりも発展してしまう恐れがある 」
歴代の聖女を他国に渡さなかったのもその為だとも言った。
この時……
静かに話を聞いていたレティの表情が少し曇った。
「 この話は先延ばしには出来ません。この会議でリティエラ嬢には特例を認めて頂く必要があります 」
ここまで一気に言い終わり、文相は自分の席から俯いているレティの顔を覗き込む様に身体を傾けた。
「 殿下からは既に、特例を認めると言う返事を貰っております 」
皆の視線がレティに集まった。
レティがYESと言うのを待っていて。
レティは被告席に座り、ずっと静かに話を聞いていた。
すると……
スッと立ち上がり、顔を上げて真っ正面を見た。
そしてスーハーと深呼吸をする。
「 わたくしは……殿下の意思を受け入れます 」
「 おお……受け入れてくれるのだな 」
「 はい…… 」
皆が安堵の声を上げた。
あの「 私の男に手を出すな 」と言っていた令嬢が、成長したものだと感嘆の声を上げて。
「 それでは……特例を認め、聖女サリーナ・ロタをアルベルト・フォン・ラ・シルフィード皇太子殿下の側妃とし、皇太子宮に入内する事をこの議会での決定とします 」
議長が記録係が記載した書類を手に取って、今、決まったばかりの事を読み上げた。
皆は拍手をしながらでウンウンと満足そうに頷いた。
後はロナウド皇帝陛下の決裁を賜れば、この特例が認められ事になる。
ロナウド皇帝が右手を上げて口を開こうとした時。
「 皇帝陛下にお伝えしたい事があります 」
ハイッと右手を高く上げて、レティがその可愛らしい声を張り上げた。
何?
何だ?
皆が被告席にいるレティに視線を向けた。
「 申してみなさい 」
右手を下ろしたロナウド皇帝が、レティに優しい眼差しを向ける。
彼女の言う事は何でも受け入れようと思った。
どんな要求も叶えて上げたかった。
辛い選択をしてくれたレティには、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「 先ずは陛下のお言葉を遮った事を謝罪します 」
そう言ってレティは、皇帝陛下に向かって深くお辞儀をした。
そして……
姿勢を正し真っ直ぐに前を向いた。
凛とした顔が本当に美しかった。
「 わたくしリティエラ・ラ・ウォリウォールは今ここで、アルベルト・フォン・ラ・シルフィード皇太子殿下との…… 」
そこでレティは更に声を大きくした。
「 婚約を破棄致します! 」




