泣いた王太子
謁見室には奥に皇族が座る椅子が三脚置かれていて、その前にはロープが張られ、壁際には記録係が座るテーブルと椅子が置いてある。
催事に使う広い謁見の間とは違って、個人的に皇族と謁見する為に作られた部屋だ。
他国の王族と面談を行う際には豪華な応接室が使われるが、手土産を持ってやって来た大臣クラスが皇族と謁見をする時に使われている部屋である。
今回は皇帝とアルベルトがその椅子に座り、ロープの前にコバルトがいて、その周りにデニス、イザーク、ラウル、エドガー、レオナルドがいた。
ルーカスは記録係の座るテーブルに座ってメモを取っていた。
この部屋の一体何処にいたのか、レティが突然現れた。
レティは諜報員に憧れている。
かくれんぼは得意だ。
昨夜は酔っ払ってキス魔になり、早々にアルベルトに連れて帰られていたが。
今日は朝から、アルベルトと騎士団での早朝練習に参加して絶好調だ。
「 何でお前がここにいる? いや、それよりも何故お前がタシアン王国の王太子の顔を知っている? 」
「 そ……それは…… 」
ラウルがレティを怪訝そうな顔をして見ている。
いや、皆も同じだ。
タシアン王国は閉ざされた国。
ロナウド皇帝でもザガード国王の顔すら知らないのだから。
レティは椅子に座るアルベルトを見ながらモジモジし出した。
アルベルトは、なぁにと眉尻を下げてレティを見ている。
好き。
この顔が大好き。
いやいや……
そんな事を思ってる場合じゃないわ。
「 ちょっと待ってて! 」
「 おい!? 何処へ行くんだ? 」
部屋までと言って、レティは踵を返して謁見室を出て行った。
シュタタタタと走る。
護衛達が全速力で走るレティを見てビックリしている。
ドレスを着ていてもレティは走るのは早い。
皇太子宮への階段をシュパパパと駆け上がり、自分の部屋にある物を取りに走った。
部屋に入ると侍女とメイド達が掃除をしていた。
レティは、今日は虎の穴の勤務だと言っていて。
「 あら?リティエラ様? 何か……… 」
レティはシュタタタタとベッド横のサイドテーブルに駆け寄り、鍵の掛かった引き出しを開けて中の物を取り出した。
これは誰にも見せたく無い物なんだけど。
仕方無いわ。
そして踵を返し部屋を後にした。
「 ? 忘れ物かしら? 」
昨夜は酔っ払って帰って来られたのにと言って、あの若さが羨ましいと侍女とメイド達は感嘆していた。
バーンと謁見室のドアを開けてレティが戻って来た。
はぁはぁと息を切らして。
早い。
あいつは俺より足が早い。
あんなドレスを着てよく走れるな?
可愛い。
レティは冊子を持っていた。
そして……
またアルベルトを見てモジモジとしている。
「 何だ? 何を持って来たんだ? 」
レティの持っていた冊子を取り上けたラウルは、一瞬固まった。
『 世界の美しい王子様ランキング トップ10 』
ラウルが手にしている冊子のタイトルを、覗き込んで来たエドガーが大きな声で読み上げた。
レティはパッと両手で顔を隠す。
声を出して読まれると凄く恥ずかしいタイトルだ。
「 何だ? これは? 」
皆がどれどれと、冊子を持っているラウルの周りに集まって来た。
うわ~っ!?と、悪ガキ3人が一斉に叫んだ。
「 この冊子の1ページ目に折り目がガッチリ付いてるぜ 」
「 レティ! お前……何だよ気持ち悪りーな! 」
「 こいつ……アルのページを開いて何をしてたんだよ? 」
「 こんな冊子に俺が? 」
冊子を見て固まっているアルベルトの背中に、レティは手を回してガバッと抱き付いた。
恥ずかしいから顔を隠している。
「 だって……このアルが……カッコ良いんですもの 」
「 レティ…… 」
勿論、1ページ目はアルベルトの姿絵。
何度も寝る前に眺めていたのものだから……
折り目がしっかり付いていて。
「 その類い希なる様相はもはや神。誰もが欲する美貌の皇子って書いてあるぜ 」
エドガーが皇子の説明文を読み上げると、大臣達が流石は我が国の殿下だとウンウンと頷きながら手を叩いている。
何事も1番は気持ちが良いと言って。
ラウル達がワチャワチャとしてる横で、冊子を覗き込んでいたロナウド皇帝が頭を上げた。
「 余もいい線いってると思うんだが? 」
「 いやいや……やはり陛下よりは殿下の方が…… 」
デニスがロナウド皇帝にヒラヒラと手を横に振っている。
「 王様ランキングなら余がナンバー1だと思うぞ 」
「 殿下は群を抜いて美しいですが……陛下は…… 」
我々も若い頃は……
などと言いながら親達もワチャワチャしている。
そんな皆の様子をコバルトは目を丸くして見ていた。
何だ?
この人達は?
皇帝陛下の前なのに……
いや、皇帝陛下までもが皆の輪に入り込んでいる。
先程までのピリピリした雰囲気が嘘の様だ。
「 3ページ目を見て! 」
アルベルトの背中に顔を埋めたままでレティが言う。
しかし……
ラウルはそれを無視して、1ページ目を捲って2ページ目を見た。
「 おっ!? 2番目はジャファル皇太子か!? 」
「 何々……ナンバー2はサハルーン帝国ジャファル皇太子殿下。怪しげな微笑みは岩をも溶かすだってよ 」
確かにあの顔は怪しいわなと言って皆はゲラゲラと笑った。
「 ジャファルより俺の方が美しいと思うんだがな 」
レオナルドが顎を触りながら言う。
「 王子様ランキングだからな 」
ラウルとエドガーが、俺達は関係無いと言いながらも、俺達もジャファルよりは美しいと言っている。
「 あっ! 前にレティがジャファルは2位とか騒いでいたのはこれを見ていたからか…… 」
建国祭の時にジャファルがレティに求婚した時の事を思い出したとレオナルドが言えば、皆はアルベルトにしがみついているレティを見た。
「 お前は、何時からこれを持ってたんだ? 」
「 お兄様! 良いから3ページ目を見てよ! 」
冊子の破壊力が凄過ぎて、中々次のページに進まない。
「 レティ、そんな姿絵よりも本物の僕を見て欲しいな 」
「 今は……毎晩アルと一緒だから……その冊子は見てないわ 」
「 毎晩? じゃあ、寝る前にその冊子の僕を見ていたんだ 」
これだけじゃ無いけどね。
レティはアルベルトの姿絵を沢山持っている。
10歳の頃の姿絵と横顔の姿絵がお気に入りだ。
立太子の礼の時の、白馬に乗った姿も捨てがたい。
「 僕を大好きなんだね 」
アルベルトはレティの頭に唇を寄せる。
そんなイチャイチャする2人を気にせずに皆は冊子を見ている。
何時もの事だから慣れている。
慣れていないのはコバルトだけで。
幽閉生活3年。
男女のイチャイチャは刺激が強すぎる。
何よりも……
レティの美しさにドキドキしている状態だ。
世話をしてくれるメイドはいたが。
こんなに若くて綺麗な令嬢なんて……
3年間は全く見ていないのだから。
「 ナンバー3はタシアン王国コバルト王太子殿下。秘密のベールの奥に隠された優しい微笑み 」
コバルトはギョッとして、慌てて冊子を見に行った。
「 ………私だ……何故ここに? 」
冊子を見て不思議がるコバルトを、皆が凝視している。
確かに……
彼はタシアン王国の王太子。
コバルト・セナ・ト・タシアンだ。
この姿絵よりはかなり痩せてはいるが。
レティは凄い物を持っていた。
ルーカスは改めて自分の娘の凄さを実感した。
幼い頃から感じていた、たまたま論とそんな子論がまたもや炸裂したのだ。
たまたま持っていた妙な冊子が……
彼がコバルト王太子だと証明出来たのだから。
「 レティ!こんな物を何処で手に入れた? 」
「 ミレニアム公国の……雑貨屋さんで 」
「 成る程……あそこか…… 」
ラウルは頷いていたが……
それを聞いていたエドガーとレオナルドはニヤニヤとしている。
「 俺達もあの店で買ったぜ! エロ本を 」
「 なっ!?……… 止めてよ! これはエロ本じゃ無いわ! 」
「 似たようなもんじゃねーか 」
「 何処がエロ本なのよ! 」
健全な王子様ランキングよと、ギャアギャアと揉め出した。
出所がミレニアム公国ならば、こんな本が作られていた事は理解出来る。
あの国は半年近くも氷に閉ざされる国。
皆は、家に籠る時に姿絵などを買い集めるのだ。
退屈な日常の為に。
「 エロ本を買ったって……アルも買ったの? 」
「 ………いや、私は買って無い 」
私?
急に畏まった口調になった。
怪しい。
アルベルトは視線でラウルに助けを求めるが、ラウルはロナウド皇帝やルーカス達と夢中で冊子を捲っている。
「 4位がグランデル王国アンソニー王太子だと? 」
……と、ブツブツ言いながら。
ラウルとアンソニー王太子は未だに遺恨がある。
レティとアンソニーは仲良しだが。
「 アルは買わなかったけど……見たよな、皆で 」
「 レオナルド! 黙れ! 」
「 あのエロ本は凄かったよな~アル? 」
「 エドガー! 言うな! 」
見たのねと言って、真っ赤な顔をしてアルベルトを睨み付けるレティの前で、皇子様は次の言葉が見付からずにオロオロとしている。
「 いや、だから……つまり……その…… 」
コバルトはアルベルトを改めて見ていた。
彼が……
シルフィード帝国のアルベルト皇太子殿下。
シルフィード帝国のアルベルト皇太子の事は、3年間の幽閉生活でも時折り耳にしていた。
メイド達が窓の外で噂話をするのが聞こえていて。
お喋りなメイド達の話は貴重な情報源だった。
「 シルフィード帝国の皇太子殿下は背がお高くて、お顔もそれはそれはそれは美しいんですって 」
「 皇太子殿下の婚約者って公爵令嬢なんですって。他国の王女では無かったのね 」
「 皇太子殿下がドラゴンをやっつけたって! もう完璧な皇子様だわ。素敵だわ~お会いしてみたい~ 」
メイド達がそんな事を言っていたが……
実際に見ると彼は想像以上の美丈夫だ。
オーラも半端無い。
その完璧な皇子様が……
小さな令嬢の前でオロオロしているのだ。
エロ本を見たとか見てないとかで。
きっと彼女が婚約者の公爵令嬢なのだろう。
足の早い公爵令嬢……
アハハハハハハ……
コバルトは笑った。
腹を抱えて。
こんなに笑ったのは何時振りだろうか。
自分もちゃんと笑えるのだと思った。
「 お前達! コバルト王太子殿に呆れられているぞ 」
笑いながらロナウド皇帝がコバルトの前に進み出た。
冊子の全ページを閲覧し終わり……
この冊子には正しい事が書かれている事を、ルーカス達と確認したのだ。
息子達が、エロ本だなんだと騒いでる間に。
「 えっ!? 」
今、王太子と……
ロナウド皇帝が手を差し出して来た。
コバルトは恐る恐るその手と握手をした。
暖かい手だった。
「 余は、シルフィード帝国の皇帝、ロナウド・フォン・ラ・シルフィードだ。我々はタシアン王国の王太子、コバルト・セナ・ト・タシアン殿下を歓迎する 」
「 あの…… 」
戸惑うコバルトに……
次はアルベルトが握手の手を差し出した。
「 私は、シルフィード帝国の皇太子アルベルト・フォン・ラ・シルフィードだ。コバルト殿、ようこそ我が国へ 」
そして2人が握手をすると……
大臣や息子達は胸に手を当てて頭を下げ。
レティはドレスの裾を持ち、カーテシーをした。
そうだ……
私は王太子だった。
漆黒の瞳から涙がボロボロと溢れ落ちる。
コバルトは涙で前が見えなくなった。
自国とは……
あまりにも違う隣国が眩し過ぎて。




