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太陽が消えた日

 




 太陽が月に隠されたその日。

 アルベルトとレティ達が、ガーゴイルと死闘を繰り広げていた正にその日。


 世界も闇に包まれた。


 シルフィード帝国では、皇帝のお触れで前もって知らされていた事から、人々は家で静かにその暗闇の時間を過ごし、特に混乱する事は無かった。



 日頃から魔獣が出現する地域の騎士や兵士達には、シルフィード帝国最高指揮官であるアルベルト皇太子殿下から通達があった。

 この日は魔物が多数出現する恐れがあるから臨戦態勢でいる様にと。


 その通達のおかげで……

 多くの魔獣が各地に出現したが、騎士や兵士達は冷静に対処する事が出来たのだった。



 この日……

 隣国との国境を守るカルロス・ラ・マイセン辺境伯の私兵達は、魔獣が出現する事を念頭に置いて国境付近をパトロールしていた。


 マイセン領地には、国に認められたカルロスが厳選した屈強な私兵がいる。


 カルロス曰く。

 我が私兵はお飾りの騎士とは全然実力が違うのだと。

 今度の武術大会では、グレイと自分の私兵の隊長アランを戦わせてみたいと思っている。



 ドゥルグ家とマイセン家は親戚筋だ。

 カルロスは今でも……

 グレイに辺境伯爵の爵位を継いで貰い、レティと結婚をして国境を守って欲しいと本気で思っている。


「 ウォリウォールの娘はただ者じゃないぞ! あれは肝が据わっている。死線を経験した者の目だ! 」

 彼女を皇宮のお飾りにするのは勿体無い。

 皇太子妃なんぞは、何処ぞの王女がすれば良いと主張する。


 あの、グランデルのアンソニー王太子との決闘で審判をしたのはこのカルロスだ。

 レティの戦う姿を間近で見た事から、酒を飲む度にレティの事を称賛するのだった。



 カルロスには娘しかいなかった。

 結婚が遅かったから娘はまだ12歳と10歳。

 やがては婿養子を迎えなければならないのだが。


 グレイは、ドゥルグ家の分家であるロバート騎士団団長の次男である事から、婿養子の条件としては申し分は無い。

 自分の娘の婿に入って貰うのが一番だが……

 何せグレイと娘の年齢が離れ過ぎているのだ。


 それ以上にカルロスはレティが欲しかった。

 お気に入りのグレイとレティが結婚して、この国境を守って欲しい。

 これがカルロスの諦めきれない願いだった。



 太陽が月に隠れた。

 本当にこんな事があるのだと、森の前でテントを張り部下達がパトロールを終えるのを待っているカルロスが空を見上げた。


 その時……

 魔獣のつんざく様な叫び声が聞こえた。


「 やはり出たか! 」

「 団長! あの叫び声はワームですね 」

 何度も魔獣討伐をしている兵士達は声で魔獣の識別が出来る。


 ワームは芋虫型の魔獣で、上体を起こすと人間の3倍もの高さがあり、下半身は蛇の様に動く。

 目は小さいが口を開くと鋭い歯がある。



 声の様子から何匹もいる様だ。


「 やはり……太陽が月に隠された現象のせいか…… 」

 魔獣が群れで現れる事は先ず無い。

 殿下の指令は確かだったとカルロスは顔を綻ばせた。

 皇子の成長が嬉しいのだ。



「 我々にはこの殿下の矢がありますから大丈夫ですね 」

 魔獣が何匹現れ様とこれがあるからと、雷風の矢を手で握り締めた。


 魔獣討伐では必ずや怪我人や死者が出ていた事から、飛距離が出て、首を切らずとも魔獣を絶命させる事が出来る雷風の矢は、魔獣討伐には最強の武器だった。


「 殿下の魔力に感謝だ 」



 やがて……

 森の入り口付近がザワザワとし出した。


 兵士達が拳を掲げて戻って来た。

 一人の男を背中に背負って。


「 誰か負傷をしたのか!? 」

 救護班!と叫びながら駆け寄るが……

 戻って来た兵士達が違うのだと手を横に振っている。


「 こいつがワームに追い掛けられていて、我々が救護して来ました 」

「 あんな森の奥深くに人がいたのか? 」

 どうやらタシアン人の様ですと言って、兵士は床に男を転がした。


 男は気絶していた。


 聞けば……

 4匹のワームに追い掛けられていて、弓兵がワームに矢を命中させると、爆発した時の肉片が頭に直撃して気を失ったと言う。



 魔獣から助け出されたタシアン人の男は、カルロスの兵士達に保護されてマイセン邸に運ばれた。




 ***




 この男を調べたら……

 タシアン人の特徴である黒髪に漆黒の瞳で、タシアン人に間違い無い。

 おそらく国境を極秘に越えてシルフィード帝国にやって来たのだろう。


 タシアン王国とシルフィード帝国と国境は深い森があり、山や谷を越えていかなければならない事から、亡命してくるタシアン人は先ずいない。

 そこには魔獣も多く出現する事から尚更だ。


 あの時場所にカルロスの兵がいた事は、このタシアン人は本当にラッキーだったのだ。



 彼は爆風で飛んで来た肉辺が頭に当たり気絶していたが、次の日には意識が戻った。

 倒れた時に、頭と腕に軽い怪我をした程度だった。


「 助けてくれて感謝する 」

 言葉使いが何だか偉そうだが……

 彼はシルフィード語が話せる様だ。



「 お前の名はなんと言う? タシアン人が我がシルフィード帝国に何しに来た? 」

 カルロスはスパイなのかと疑っている。


 シルフィード帝国が、タシアン王国と戦争をする準備に入った事はカルロスは当然聞いていた。


 国境に近いドゥルグ領地の邸には、既に沢山の不器が運び込まれていて、年明けには全国的に志願兵を集める算段になっている。



 隣国タシアン王国に通じる道があるのかを、以前から調べる様にとルーカスから依頼されて調べていたが、まだ何の収穫も無かった。


 タシアン王国に行ったゴードン元医師の自供では、タシアン王国への行き来は馬車でしたと言うのだ。


 タシアン王国の者が知らない内に簡単に行き来出来ては困るし、反対にタシアン王国に進軍する時にはそこを通らせて貰おうと考えていた。

 普通なら……

 山あり谷あり、深い森を間に挟んだタシアン王国に行くには、3ヶ月を要するのだから。



 カルロスはタシアン人を尋問したが……


「 皇帝陛下にお目通りを願いたい! 」

 ……と言っただけで、その後彼は黙秘した。

 年齢も名前も何も言う事も無く。


 彼は冬なのにシャツにズボンと言う軽装姿で、かなり痩せ細っていた。

 もう何日も食べていなかったからか、出された食事を貪る様に食べた。


 しかし……

 食事のマナーも完璧で彼が貴族である事には違いなかった。



 カルロスは迷ったが……

 皇宮に連れて行く事に決めた。

 彼が諜報員ならば……

 宰相ルーカスに任せるのが言いと考えたからで。



 そうしてクリスマスの夜に、カルロス達は皇宮に到着したのだった。




 ***




 カルロスは深夜にルーカスを呼び寄せた。

 待ってられない。


 帰宅したばかりのルーカスは、カルロスからの伝令を聞いて直ぐに皇宮に戻った。


「 カルロス! 夜中に呼び出すとは無礼だぞ 」

 先程までここに居て、帰宅したばかりだったとルーカスは文句を言ってはいるが……

 カルロスの伝令には、タシアン王国の諜報員らしき者を捕まえたと記されていた事から、喜び勇んでやって来たのだった。



「 夜中でも相変わらず目だけはギラギラしておるな 」

 お互い様だと2人は肩を叩き合った。


 ルーカスとカルロスは学園時代のクラスメートで、文系と体育会系だった2人は、それ程仲が良かった訳でも無い。

 ローズを取り合った事もあった。

 軍配はルーカスに上がったが。



「 それで? そのタシアン人は何処にいる? 」

「 牢屋に放り込んでいる 」

「 !? 何故? 」

「 諜報員の疑いがある者を、宮殿に入れる訳が無いだろが!? 」


 違いない。

 ルーカスは笑ってカルロスと牢屋に向かった。



「 私はルーカス・ラ・ウォリウォール。帝国の宰相をしている 」

 鉄格子の中で蹲っていたタシアン人が、顔を上げてルーカスを見た。


「 そなたが……ウォリウォール宰相か? 」

 ルーカスを見つめ、一瞬泣きそうな顔をしたのは気のせいか。


「 先ずは名前を名乗って貰いたい。名も名乗らない輩を陛下に会わせるのは訳にはいかないのだよ 」

 その方には諜報員の疑いが掛けられているのだと、ルーカスはタシアン人に説明した。



 品がある。

 高貴な貴族なのだろう。

 とてもじゃ無いが諜報員とは思えない。


 第一、諜報員ならば……

 捕まれば死を選ぶが、彼は選ばなかった。


 やはり亡命目的か……

 それなら司法取引を持ち掛けられるだろうから、タシアン王国の事を聞き出せるかも知れない。


 戦争をするのならば、敵の情報は多いに越したことは無い。

 ルーカスの頭の中では様々な憶測や考えが流れていた。



 相手を射抜く様な鋭い目で見つめるルーカスの前に立ったタシアン人は、背筋を伸ばして居住まいを正した。

 そして……

 1つ呼吸をして口を開いた。


「 私の名は……コバルト・セナ・ト・タシアン。タシアン王国の王太子だ 」



 太陽が消えた日に……

 とんでもない人物が、国境を越えてシルフィード帝国にやって来たのだった。














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