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閑話─皇子様の唯一

 




 レティの入内を機に、宮殿のスタッフ達はアルベルトの事を『 皇子様 』から『 皇太子殿下 』呼びに変わっていた。


 側近や女官や騎士達、公務に携わる者は皇太子殿下と呼ぶが、アルベルトの世話をする侍女や警備の者達は子供の頃のままに皇子様と呼んでいた。


 しかし……

 来年には妃殿下が皇宮に誕生する。

 だったら何時までも皇子様と呼ぶのも如何なものかと、皇宮内で取り決めをしたのだと言う。


 アルベルトはどっちでも良いと言っていたが。



 そう……

 アルベルトは元々どんな事にも執着しなかった。

 何事にも拘る事無く、流れのままに流されるままに生きていた。


 幼少の頃から手の掛からない子供で、我が儘なんか勿論言った事も無い。

 ラウル達がいない時は何時も本を読んでいる様な子供だった。


 天才肌な上に努力を惜しまない事から直ぐに何でも完璧に出来てしまう為に、夢中になれるものは無く、唯一続けているのは剣術だけだった。



 そんな皇子様が我が儘を言うのはレティにだけで。

 自分の部屋に連れて行こうとしたり、まだ帰らないでと駄々を捏ねたり。

 子供時代にも見たことが無い姿を、彼女の前でだけみせるのだ。


 初めて皇太子宮にレティが来た時から……

 侍女長のモニカは、皇子様にそんな一面があったのかと驚いているのだった。



 モニカは皇子が5歳になり皇子部屋に移る時に、正式に皇子就きの侍女になった。

 途中結婚をして、子供を産み育てる為に宿下がりをした事はあるが、直ぐに復職をして今は侍女長に上り詰めた。

 皇太子宮の侍女とメイドを取り仕切る存在だ。



 そんな中……

 遂に皇太子殿下の婚約者が正式に皇宮に入内して来た。


 もう、何度も殿下のベッドで一緒に寝ているのだから、改装した皇太子夫婦の部屋を使えば良いと思うのだが。


 2人で暮らすのは結婚式を挙げてからだと、その日が来るのを楽しみにしているのだと言う。

 ケジメらしい。



 そうは言っても、そこは愛し合う男と女。

 何時そうなっても良い様にと、真新しいシーツを何枚も用意している。


 主君が……

 毎日の生活を何不自由無く過ごせる様に配慮するのが、侍女の務めなのだから。




 ***




 ある日の事。

 アルベルトが部屋に戻って来るとレティの様子が変で。


 お帰りなさいのキスをしてくれない。

 上目遣いで睨んでくる。

 何か言いたそうにしているが……

 直ぐに目を逸らす。


「 レティ? 僕が何かした? 」

「 ………… 」

 無言だ。

 嫌な予感しかない。



 レティは、公務を終えて部屋に戻って来たアルベルトの着替えの手伝いをしている。


 そうなると……

 衣装部屋の中を見ることになる。

 侍女の仕事をしないでいたら、見なかったであろうある物を見てしまった。


 衣装部屋の隅に……

 ドレスと下着まで入ったお泊まりセットがあったのだ。



「 レティ! ちゃんと言ってくれなきゃ分からないでしょ? 」

「 ………… 」

「 レティ! 僕を見て!」


 レティはキッとアルベルトを睨んだ。

 可愛い。



「 この部屋に……女性が泊まった事があるの? 」

「 えっ!? 」

 一瞬何の事だか分からずに固まったが……

 また妙な事を言い出したとアルベルトは溜め息を吐いた。


「 無いよ。あるわけ無いだろ? 」

「 だったら! どうしてここにドレスがあるの? 」

 レティが衣装部屋に行ってドレスを抱えて来た。

 お泊まりセットも。



「 えっ!? 何それ? 」

「 下着まであるのよ! 」

 さあ!言い逃れが出来るなら言いなさいよと、お泊まりセットをアルベルトの胸にグイグイ押し付けて来る。


「 し……知らないよ!レティ以外はこの部屋には来た事は無いよ 」

 僕は一途なんだと言いながら、レティを抱き締めようと両手を広げる。



「 嘘を付くんじゃない! アルが女生徒達と何度もデートの約束をしていたのを、私はこの目で見たわ! デートをした後にここに来たのね! 」

 アルベルトの腕をかわしたレティの瞳がキラキラしている。

 さっきまでは泣きそうだったのに。



「 ええっ!? 君は何を言ってるの? 」

 そんな覚えは全く無い。

 留学から帰国してからはレティ一筋だ。


 確かにデートはした事はあるが……

 それは母上の指示で。


 えっと……

 何だ?

 この目で見たって?



「 あっ!……もしかしたらアリアドネ王女様のドレスなの? 」

「 な……何を…… 」

「 2人は婚約をしていたものね。私と同じ様にベッドで一緒に寝たの? 」

 レティはキーッと興奮して真っ赤になっている。


 血が上ったレティの頭の中は、3度の人生でのアルベルトと今のアルベルトがごちゃごちゃになってしまっている。

 ループしてると言っても、レティにとってはそれはリセットでは無い。

 全てがその続きなのだから。



 アルベルトが必死でレティを宥めるが……

 わたくし実家に帰らせて頂きますわと言うレティに、キャーっと叫びながらデカイ身体で小さなレティの前に跪いた。


「 レティ! 落ち着こう。一旦落ち着こう! 」




 その様子を部屋の壁際に控えているモニカは見ていた。

 アルベルトの着替えた物を回収しようと。


 あれは……

 皇子様がお年頃になった頃に、万が一の時の為にと用意していたドレス。

 何時女性を連れ込み、そう言う事になっても良い様に準備をする様にと、皇帝陛下の侍女長からアドバイスを貰ったからで。


 何時なんどきでも皇子様が快適に過ごせる様にする事が侍女の鉄則!


 だからそれらは侍女長モニカが用意した物であった。

 片付けるのを忘れていた事を懺悔する。


 殿下……

 申し訳ございません。



 それに……

 リティエラ様。

 あのイニエスタ王国の王女が、皇太子宮に突入して来た時は……

 私が身体を張ってお止めしましたのよ。


 正真正銘、この皇太子宮に入られた女性は、リティエラ様ただ一人でございます。



 モニカは助け船を出そうとしたが……


 殿下が見た事も無い程に焦って狼狽えている。

 オロオロしているあんな殿下をもう少し見ていたい。



 先帝が崩御し……

 父君が皇帝に即位して両親の住まいが皇宮に移ると、まだ5歳の皇子はこの広い皇太子宮でたった独りで暮らして来た。


 政権が落ち着きを取り戻した頃には、皇子は両親とは距離を置いて甘える事は無かった。

 早くから……

 あまりにも早くから、両親と自分の立場を分かっているかの様に。



 そんなアルベルトを知っているからこそ……

 我が儘を言う姿や、オロオロと慌てふためく様が嬉しいモニカだった。


 リティエラ様は……

 殿下の色んな感情や表情を引き出して下さる唯一の女性(ひと)であると。












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