まだ見ぬ未来へ
会議の場に呼ばれた虎の穴の所長であるルーピンは、レティの拾って来た矢尻の魔石を見るなり結論を言った。
「 これは間違い無く魅了の魔石でしたね 」
役目は終えているが、魅了の魔力が融合されているのを感じると。
今の段階では、魅了の魔力使いがいるのかどうかも分からないが、この魔石がタシアン王国の物である事は間違い無さそうだ。
今までの経緯から考えても。
そして……
その魔石が魔獣の体内に入り、その魔獣がアルベルト皇太子を襲ったと言う事実が明らかになったのだ。
シルフィード帝国のロナウド皇帝は……
隣国タシアン王国の国王の狂気と、自国に仕掛けて来られた数々の蛮行は許しがたきものである為に、タシアン王国との全面戦争をする事を決心していた。
シルフィード帝国の地が侵害されたのだ。
たまたま皇太子が防ぐ事になったが。
最早静観などしてる場合では無い。
しかし……
だからと言ってこれと言った強い大義名分が無い。
大義名分が無ければこれはただの策略になり、敵国に攻め込めば虐殺行為になってしまう。
敵国に攻め込める為の大義名分。
結局……
どの事件にしても死者は出ていないので、これと言った強い大義名分が見出だせないでいた。
だけど……
アルベルトの命が狙われたとしたら話は別だ。
どの国に置いても……
一国の王や王位継承権第1位の王太子の命の価値は特別で。
アルベルト皇太子の命が狙われたとしたら……
それは当然戦争への大義名分になるのであった。
ただ……
魅了の魔石で魔獣を操れるのかと言う疑問は残るが。
***
皇帝や皇太子、大臣たちが会議に明け暮れている間に、レティはもう1つ気になる事を確かめ様としていた。
虎の穴の薬学研究室の冷凍部屋から、ドラゴンの首を出して貰った。
冷凍部屋は錬金術師のシエルに無理を言って作って貰った、薬学研究には無くてはならない部屋である。
錬金術師シエルは優秀な錬金術師で、彼には不可能と言う文字は無いとレティは思っている。
他の箇所は薬学研究員達が研究しつくしたが……
まだ頭は手付かずだったのだ。
ドラゴンは200キロ超級の身体だが、頭部は身体に反してかなり小さい。
小さいと言っても高さだけで2メートル以上はある。
アルベルトが……
魔力切れを起こしながらも斬り落とした首である。
「 あった! 」
探していた物は直ぐに見付ける事が出来た。
ドラゴンの皺に隠されていたが……
額に矢がめり込んだ後がある。
ドラゴンの頭はカチンコチンだったが、何とか額の部分に杭を打ち付けたりして矢尻を取り出した。
ビンゴだった。
まつ毛ガーゴイルから出て来た魔石と同じ矢尻が、あのドラゴンからも出て来た。
ドラゴンも魅了の魔石を埋め込まれていたのだ。
レティはドラゴンの額から出て来た魔石の矢尻を持って、会議室まで向かった。
会議室は皇帝陛下と皇太子殿下と大臣達だけの会議を開いていた。
まだ他の議員達への通達には及んでいない。
シルフィード帝国の大臣達は、宰相、国防相、外相、財務相、文部相、農林水産相、運輸相の7人で構成されている。
国家の根幹に関わる重要案件は……
皇帝、皇太子と共に、三大貴族であるウォリウォール宰相、ドゥルグ国防相、ディオール外相が会議をする。
その後に、他の大臣達との会議を経て、一般議員達との会議を行う事になっている。
勿論、絶対君主制であるから、最終的には皇帝陛下が裁決を下すのだが。
「 皇立特別総合研究所より、ルーピン・ラ・ガブリエル侯爵様とリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢様が、お伝えしたい事があると起こしになられております 」
「 !? 」
足を組み、万年筆をクルクル回していたアルベルトがレティの名前を聞いて手を止めた。
この万年筆はレティからのプレゼント。
とても大事にしている。
何ですと? 何処から来たですって?
レティは扉の前の警備員を凝視した。
ジーっと。
レティの真ん丸い大きな瞳で見つめられて、警備員がポッと頬を染める。
「 通せ 」
皇帝陛下の声と共に扉が開かれた。
そこには白のローブ姿のレティがいて、彼女は警備員を見ていた。
何処から来たと言ったの?
貴方……間違っているわよ。
いや、間違っているのはお前だ。
お前が虎の穴と言う変な名称を付けたのだ。
虎の穴の正式名称は皇立特別総合研究所なのだから。
「 早く入りなさい 」
ルーカスがコホンと1つ咳をした。
ルーピンはもう会議室に入室していた。
トコトコと白いローブが歩いて来てルーピンの横に並んで、皇帝陛下と皇太子殿下にカーテシーをする。
何時見ても可愛い。
うちの嫁に欲しい。
いや、うちの嫁に。
大臣達は既にレティにメロメロであった。
「 ルーピン、レティちゃん、2人揃って何用だ? 」
「 はい、先程リティエラ嬢がある物を見付けまして 」
ルーピンはトレーに乗せた魔石をルーカスに持って行った。
「 これは? 魔石の様だが? 」
「 はい、魅了の魔石です 」
「 !? 」
大臣達がざわざわと騒いでいる。
以前手元にあった魅了の魔石は、殿下が雷の魔力で破壊した筈。
「 レティちゃんは何処で見付けたのかな? 」
「 ドラゴンの額からです 」
レティはガーゴイルのまつ毛から説明した。
まつ毛は、あるガーゴイルと無いガーゴイルがいたと。
「 因みにドラゴンはまつ毛が無かったわ 」
レティは残念だわとばかりに首を横に振った。
大臣達は……
まつ毛が何か重要なアイテムなのかと真剣に聞いている。
成る程と成る程と、手でアゴ髭を撫でながら。
いや、魔獣にまつ毛があっても無くてもどうでもよく無いか?
レティと大臣達のやり取りが可笑しくて堪らないアルベルトと、その横にいる側近のクラウドは、肩を揺らして笑うのであった。
「 では、あのドラゴンも殿下を狙った事になるのだな? 」
ルーカスの声が緩んだ場をピリリと引き締める。
迫力のある男なのである。
「 人間なら分かるが……言葉を話さない魔獣を操れるものなのか? 」
皇太子殿下の命を狙ったと言う事だけで、十分な大義名分になるのだが……
それが魔獣なだけにいまいちスッキリしないのである。
「 我々魔力使いは他の魔力使いの存在が分かるのです。それは魔力使い同士が反応しあっているからです 」
あくまでも私の意見ですがと言ってルーピンが口を開いた。
そして更に話を続ける。
「 そのまつ毛ガーゴイルは、体内に魅了の魔石を埋め込まれた事で、一時的に魔力使いと同じ状態になり、殿下に反応したのだと考えられます 」
「 ? それだったらあの場所には他の魔力使い達が大勢いたでしょ? 」
ガーゴイルは上空から、殿下目掛けて急降下して来たのだとレティは言う。
「 いや、殿下の魔力は、我々の魔力よりも桁違いに強い魔力なのであります 」
だからガーゴイルは真っ先に殿下に反応したのでは無いかとルーピンは主張する。
「 確かに……それだったら納得がいく 」
アルベルトを初め、皇帝陛下や大臣達も頷いた。
「 ドラゴンも、まつ毛ガーゴイルと同じ反応をしたのだと考えられます 」
ルーピンは結論を述べると、皇帝陛下の前で静かに頭を下げた。
自分の仮説を受け入れてくれた事に満足して。
ドラゴンは……
海の向こうから真っ直ぐに我が国に向けて飛んで来た。
あの討伐の後にディオールの船で近くの島を調査したが、何処から来たのかは判明しなかった。
海の向こうの国はローランド国だ。
ローランド国が仕掛ける筈は無いし、ドラゴンの巨体ではその距離を飛ぶのは難しいとして、周りにある島を調査したのだが。
しかし……
魅了の魔石が埋め込まれていたなら話は別だ。
人の手によって仕掛けられた事なのだから。
あの時……
ディオール領地にアルベルトがいた事が幸いしたのだ。
アルベルトが他の場所にいたとしたら……
魔力の強いアルベルトを目指して、ドラゴンはシルフィードの街を破壊しながら飛んだのだろう。
皆は背筋が氷る思いがした。
魅了の魔石が嵌め込まれたドラゴンもガーゴイルも、たまたまそこにアルベルトがいたから大惨事にはならなかっただけなのだから。
ポンコツ旅を計画していた息子達に、何時までも子供で困ると呆れていた親達だったが……
よくぞ殿下をお連れしたと、改めてあの悪ガキ達を誇りに思うのだった。
ドラゴンの襲撃は3年前。
「 タシアン王国の国王が即位したのは確か6年前だ。先王は長らく患った病で崩御したと聞くが…… 」
サハルーン帝国のドラゴン襲撃は5年前だ。
状況が似すぎている。
ただアルベルト皇太子がいたかいないかの違いだけで。
もし……
サハルーン帝国も同じだったとしたら……
彼の国王は……
即位して間もない頃に、両帝国への侵略を図っていたと言う事になる。
***
「 サハルーン帝国を襲撃したドラゴンも、魅了の魔石が体内に入っていたのかしら? 」
「 どうだろうね 」
レティは、部屋に戻って来たアルベルトの上着を脱がせて上げる。
袖口のカフスを外したらそれを受け取りカフス入れに収納して。
アルベルトはずっと会議だった。
レティとルーピンはあの後直ぐに退出したが。
レティが居ない時は侍女達が着替えを手伝うが、レティが居る時はレティがアルベルトの着替えを手伝っている。
誰が決めた訳でも無いが……
気が付くとレティがアルベルトの世話をしていた。
きっとローズがルーカスの世話をしているからだろう。
何時までも仲の良い夫婦なのである。
皇太子夫婦の部屋はもうすっかり改装を終えて何時でも暮らせる様になっているが……
今、2人がいる部屋はアルベルトが小さい頃から暮らしている皇子部屋である。
レティはこの部屋の前にある客室が自分の部屋なのである。
結婚式が終わるまではと、ここで生活をしているが、本音を言えば、侍女達は早く夫婦の部屋に移って欲しいと思っている。
広い皇太子夫婦の部屋の方がお世話をしやすい事もあって。
「 真っ直ぐに皇都の宮殿に向かって飛んで行ったと、騎士団の隊長が言っていたわ 」
レティはドラゴン襲撃当時の様子を、ドラゴンを討伐した騎士団の隊長に聞いていた。
「 ドラゴンの襲撃があった時は、魔力使い達を宮殿に集めたらしいから、魔力使いを目指して宮殿に向かって行ったのかも知れないね 」
宮殿を守る為に一ヶ所に集められたのだろう。
確かに……
炎の魔力使いのマシューのパワーを見ても、それは良い考えだと思う。
ましてやドラゴンは、聖なる矢でしか絶命しないガーゴイルと違って、首を落とせば絶命させる事が出来るのだから。
「 ジャファルに聞いてみるわ 」
「 えっ!? 何? ジャファル? 」
考えてるアルベルトにレティが驚く事を言う。
「 ええ、私達は手紙のやり取りをしてるの 」
ジャファルはまだレティを妃にする事を諦めてなくて、ラブレターを送って来るのだとか。
「 レティ、他の男と私的にやり取りをするなんて駄目だよ!ましてや彼は皇太子だ! 色んな面を考えても、もっと慎重になるべきだ! 」
「 駄目なの? 」
「 駄目に決まってるだろ? これからはジャファル殿の手紙は僕に見せる様にして! 」
「 それってプライバシーの侵害じゃ無い? 」
「 皇族にはプライバシーなんか無いんだよ 」
……と、恐ろしい事を言うアルベルトにレティは憤慨するのであった。
「 皇族もプライバシーがあるべきよ! 」
2人はキャイキャイ言いながら、ディナーが準備されたサロンに入って行った。
この日の議会では……
満場一致でタシアン王国と戦争をする事が決まった。
***
レティは3度目の人生で絶命してからのその後に、何があるのかは当然ながら知らない。
まさかその続きの未来に……
隣国タシアン王国との戦争があるとは思いもしなかった。
未来を経験していないのだから、これからは知らない未来しか無い。
シルフィード帝国とタシアン王国の両国が本当に戦争をするのかも……
戦争が始まりシルフィード帝国の行く末がどうなるのかも分からない事なのである。
だけど……
まだ20歳の1年はまだ終わってはいない。
レティの4度目の死が訪れるのかも知れないと言う恐怖が、常に2人にはある。
それがどんな形で訪れるのかは未知の世界だ。
ただ……
レティの3度の死と向き合う事で事の真相が明らかになった。
その全てが……
タシアン王国に繋がっていたのだと言う事が。
何故ループするのがレティだったのかは分からない。
そんな重い運命を背負うのは、自分じゃ駄目だったのかとアルベルトは常に思っていた。
時々不安定になるレティを抱き締めながら。
しかし……
乗り越えられるのは、皇太子である自分が側にいるからだと言う自負がある。
2人が出逢ったからこそ乗り越える事が出来たのだ。
2人の出逢いは……
レティの死だけでは無くシルフィード帝国の未来も救った。
もうすぐクリスマスが来て……
新しい年が始まる。
この話でレティの3度の死に関わる話は終わりです。
エンドは近いですが……
物語はもう少し続きますので、引き続き読んで頂ければ幸いです。
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感謝感謝です。
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