レティの帰城
レティは提案した。
皆で温泉宿に行こうと。
「 でも……あそこは凄い数の魔獣が出たのでしょ? 」
「 殿下が討伐して下さったから大丈夫ですわ 」
ローズの侍女ハイネと、レティの侍女のマーサがお茶の準備をしながら話をしている。
この2人は母娘である。
爺やのセバスチャンは、ハイネの義理父でマーサの祖父である。
因みに、皇都のウォリウォール邸の執事であるトーマスはセバスチャンの息子でハイネと夫婦。
ラウルの侍従であるカイルは2人の息子でマーサの弟である。
セバスチャン一家は家族でウォリウォール家に仕えているのだ。
高貴な貴族邸では、こんな風に代々家族で仕える者が多い。
皆既日食の日に、森から出現した大量の魔獣を、皇太子殿下が討伐した事は皇都では既にニュースになっていた。
12月の寒い時期に……
三日三晩続いた死闘だったと。
本当は……
日が落ちると温泉に浸かり、夜は暖かいベッドで寝ていたのだが。
美味しい差し入れもあったりして。
弓を引く公爵令嬢の矢と皇太子殿下の雷の魔力が合わさると、それは黄金に光る聖なる矢となり、次々と魔獣を浄化して行ったと言う神話の様な話は人々を熱狂させていた。
飲み屋や歓楽街では、もうその武勇伝で持ちきりだった。
我がシルフィード帝国の未来は、この2人の手にあると言って乾杯するのだ。
温泉宿にやって来たレティ達。
寛ぐローズ達を置いて、レティは御者に頼んで馬車に乗って、あの森のある平地に行った。
調べたい事があると言って。
レティはどうしても気になっていた。
あの、まつ毛のガーゴイルが。
3度目の人生での事を思い出しても不思議だった。
ガーゴイルが皇太子殿下を襲った事が。
今回もそうだ。
他のガーゴイルは前線に出ている弓騎兵達とギャアギャアとやり合っているのに、何故一匹だけがこっちに飛んで来てアルベルトを襲ったのか。
直ぐ側には私もいたのに。
あのまつ毛ガーゴイルは絶対にアルを狙って飛んで来たわ!
あの時……
私は風の魔女イザベラに風の魔力で吹き上げられ、ガーゴイルはアルの雷の魔力で吹っ飛ばされた。
そして……
私と目があった後に……
グレイ班長に射られた筈。
それから……
私とアルが浄化して……
この辺だったっけ?
レティは地面を隈無く探した。
聖なる矢を射って消滅した瞬間に何か光った様な気がした。
今から思えば。
あの時は、次々に浄化しなければならなかった事からスルーしたけれども。
あの光った物が気になる。
どうしても。
確かこの辺で……
気が付くとレティは地面に這いつくばっていた。
暫く夢中で探したが……
「 無い…… 」
光ったのは気のせいだったかも。
早く温泉宿に戻らないとお母様達が心配してるわ。
直ぐに戻ると言って出て来たのよね。
探すのを諦めかけた時に……
「 あっ!? あった! 」
地面に落ちてあったのは魔石。
それは……
矢尻の様な形をしていた。
錬金術師シエルが作った雷風の矢の矢尻と同じ位の大きさの。
しかしそれは魔力が融合した魔石では無かった。
魔力が融合された魔石は色んな色を醸し出しているのだから。
もしかしたら役目を終えた魔石かも知れないわね。
ルーピン所長に調べて貰えば、何の魔力が融合されてあったのかが分かる筈。
レティは魔石をデカイ顔のリュックに入れた。
もしこの魔石が魅了の魔石だったとしたら、ガーゴイルに魔石を射って……
一体何を?
アルを狙ったのだったら……
ガーゴイルに命令した?
ガーゴイルって人間の言葉が分かるの?
謎は深まるばかりだった。
***
レティが帰城したのはアルベルト達が帰城してから2週間後だった。
本当はもう少しのんびりしていたかったが。
クリスマスに殿下が他の令嬢と過ごしたらどうするのかと、ローズに尻を叩かれて戻って来たのだ。
アルベルトはローズに全く信用されていなかった。
ルーカスはアルベルトを信用してレティを丸投げしている程なのに。
「 殿方はね、油断したら他の女性の秋波に靡くものなのよ 」
目を眇める様にして話すお母様が怖い。
これ……
絶対にお父様と何かあったのだわとレティは思うのだった。
皇宮に到着すると両陛下に無事の帰城の挨拶をしに行った。
この日はアルベルトは公務で外出中だった。
レティがロナウド皇帝とルーカスに話があると言ったので、シルビア皇后とローズはお茶をすると言って2人で仲良く退出した。
「 レティちゃんも話が終わったら、私の部屋にいらしてね 」
……と、レティに手を振って。
シルビア皇后とローズは仲良しである。
レティがシルフィード帝国の最高位の貴族令嬢ならば、ローズこそがシルフィード帝国最高位の貴族夫人であり、貴族社会のファーストレディである。
その2人が仲良しなのは当たり前で。
2人の趣味が同じ刺繍な事もあって、ローズはシルビア皇后からよくお茶会に招待されている。
アルベルトとレティが婚約してからは特に。
レティが人払いを要求したので、3人は応接室に移動をした。
侍女がお茶を出した後に、レティはデカイ顔のリュックから袋を取り出して、矢尻の魔石を2人に見せた。
「 あのね……ガーゴイルが急に空から急降下して来て、アルが襲われそうになって……ガーゴイルの目を矢で突き刺そうとして私が馬の背に立ち上がったら…… 」
レティが話す空中に飛ばされた時の事を、ロナウド皇帝はとても楽しそうに聞いている。
「 何? レティちゃんが風の魔力で飛ばされ、アルがガーゴイルを魔力で吹っ飛ばしたって!? 」
色んな事を報告されていたが……
それは大まかな事であり、こんな細かい描写は勿論聞いてはいない。
ロナウド皇帝はアルベルトの武勇伝を聞くのが大好物。
今はレティの武勇伝も楽しみにしている。
船から落ちたレティを助ける為に、アルベルトが海に飛び込んだ話は特にお気に入りだ。
先日、シルビア皇后と観に行った劇場の『 皇子様と公爵令嬢の恋 』は、2人で手を叩いてアルベルトの応援をしていたと言う。
劇場の支配人に「 続編も頼むぞ 」と声を掛けた位だ。
「 飛んで行って、横を見たらガーゴイルの顔があって……ガーゴイルにまつ毛があって…… 」
ルーカスは思った。
それで、魔石は何時出て来るんだろうと。
それで無くても忙しい陛下なのに。
レティは話したい。
ガーゴイルにまつ毛があった事を。
聞きたいとロナウド皇帝と、話したいレティの2人の瞳は利害関係が一致してキラキラと輝いていた。
「 何だと? アルを狙った? 」
やっと魔石の話が出て来て。
「 はい、あのまつ毛ガーゴイルは、アルを狙ったのですわ 。浄化したまつ毛ガーゴイルからこの魔石が出て来ましたもの 」
ルーカスは側近を呼び……
虎の穴の所長のルーピンを呼んで来る様に伝えた。
***
アルベルトはクラウドと帰路を急いでいた。
「 全く……あの令嬢と食事をしたからって何がどうなんだ? おかげで帰りが遅くなった 」
レティが帰城していると言うのに。
アルベルトが珍しく怒っている。
地方公務では接待される事は当たり前で、何時も言われるがままに食事をして、言われるがままに女性とダンスを踊る。
夫人や令嬢のお相手をするのも公務の一環だと思っているからで。
この日は夜の接待は無しで、仕事が終わると直ぐに帰城する事を前もって領主には伝えてあった。
なのに……
「 殿下の為に用意したのですから。食事だけでも 」と言われれば、無下に断る訳にもいかない。
どうしたものかと困っていたら、そこに領主の娘が出て来たのだ。
その令嬢がレティと友達だと言うから……
レティの話が聞けるならと仕方無しに晩餐を共にする事にしたが。
レティの事など全く話しに出なくて、令嬢は自分アピールばかり。
焦れて聞けば、レティとはクラスが違うから本当はあまり知らないのだと言う。
何処が友達だ!?
だだ学年が一緒だったと言うだけじゃ無いか!
「 うちの娘はウォリウォール公爵令嬢様と同い年ですよ。彼女と似てると言われるんですよ。どうですうちの娘も? 」
ファッファッファと笑いながら、領主がアルベルトに自分の娘を勧めて来たのだった。
あの時の殿下の顔。
クラウドがアルベルトの顔を思い出して笑いを堪えている。
殿下はかなり変わられた。
リティエラ様と出逢わずに大人になられたら、一体どんな大人になっていたのかと。
来るもの拒まずの殿下ならば……
側近である自分は、殿下の恋愛の後始末に追われる毎日だったのかも知れない。
これ程の美丈夫を女性達が放っては置かないのは明らかで。
御成婚の日が決まった今でも……
行く先々で秋波を送られてくるのだ。
令嬢だけで無く、未亡人や夫人達からも。
リティエラ様と出逢われたのは殿下が17歳の時。
本当に早くに出逢われて良かったと常々思う側近だった。
***
「 皇太子殿下がご帰城されました~ 」
ラッパの音と門番の声が響く。
もう、夜も遅いが……
宮殿の正面玄関口には侍従や侍女やメイド達が出迎えにズラリと並ぶ。
「 今、戻った 」
「 お帰りなさいませ 」
皆が頭を下げる横を、アルベルトはその長い足でスタスタと足早に通り過ぎて行く。
早くレティに会いたくて。
「 !? 」
アルベルトが引き返して来た。
「 殿下、何か忘れ物でもありましたか? 」
アルベルトが突然踵を返したものだから、後ろを歩くクラウドが驚いている。
「 レティ! 」
出迎えに来てくれたのかと言いながら、アルベルトが侍女達を掻き分けてレティの前に立った。
「 お帰りなさい 」
レティがクスクスと笑うと……
アルベルトは破顔してレティを抱き上げた。
「 ただいま、そして……お帰りレティ 」
2人は額をコツンと合わせる。
「 アル……だだいま 」
「 会いたかった……もっと顔を見せて…… 」
アルベルトはレティを見つめながら頬にキスをする。
皇宮の正面玄関がピンク色に染まった。
侍女やメイド達は久し振りのピンクの世界を堪能する。
甘い甘い砂糖を振り掛けた様な時間を。
「 私に気付かないと思ったわ 」
「 僕が君に気付かない筈が無いよ 」
2人は見つめ合ってクスクスと笑いながら、アルベルトはレティを片腕で抱き上げたまま、皇太子宮への階段を上がって行く。
そんな2人の後ろを嬉しそうに侍女達が付いて行く。
やっぱりね。
殿下はリティエラ様に気付いたとぞとクラウドは大満足で。
賑やかな皇宮が戻って来た。
レティのいない皇宮は寂しいもんだった。
皇子様も元気が無くて。
皇宮は……
もうすっかりレティのいる毎日が、当たり前になっているのだった。
そして……
レティが見付けて来た魔石が、新たな局面を向かえるのであった。




