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森の中の異物

 




 森へは弓騎兵の10人とクラウド、ラウル、エドガー、レオナルドと魔力使いはルーピンとノエルを同行させた。


 後の者は、設営した天幕やテントの片付けを終えたら宿屋に戻る様に指示を出した。


 もう体力の限界に来ていたであろうレティも宿屋に戻らせて、身体を休ませたかったが。

 この好奇心の塊が言う事を聞く筈も無く。



 一行は森の入り口に到着した。


 最後の一匹を浄化してからは出現していないが……

 この森がガーゴイルの発生の場所だから、油断してはならない。

 

 日が落ちてからは光の魔力使いのノエルが辺りを照らしてくれていた。

 闇を照らす光の魔力使いは、魔力使いの中でも一番需要があり、攻撃性も無い事もあって、光の魔力使いは皆から有り難がられている存在だ。



 レティはずっとアルベルトが抱っこしている。

 そんな疲れた身体で森を歩くのは足元が危ないと言って。

 歩けると抵抗してみたが……

 いざ抱っこされると楽チンだからちょっと楽しい。


 グレイが先頭で木々を剣で切り落とし、他の騎士達も横にある木々を切り開いて道を作って行く。


 グレイは何時も先頭を行く。

 彼は……

 どんな時でも危険な任務を率先して行う勇敢な騎士である。

 レティは……

 そんな所も尊敬しているのだ。



「 奥に……沼があったわ 」

「 えっ!? お前、来た事があるのか? 」

 アルベルトの直ぐ前を歩くラウルが驚いて振り返った。


「 3年前の長期休暇の時に……アルの公務に女官として来た時にね 」

「 何でこんな場所に来たんだよ? 」

「 や……薬草を探しに…… 」

 レティは直ぐ横にあるアルベルトの顔をチラリと見やる。


 あの時は薬草を探しに行ったと言ったが……

 きっとそれが嘘だとバレている訳で。



「 アル……嘘を吐いてごめんね 」

 アルベルトの首に腕を回しているレティが、アルベルトの耳元で小さな声で囁いた。


 アルベルトは自分の頬をレティの方に寄せて、お詫びのキスをしろとばかりに片目を瞑る。


 暗いから見えないわよね。


 アルベルトの肩越しに後ろを見たら、騎士達は剣で草を切るのに忙しい。


 レティはアルベルトの頬に唇を寄せた。




 ***




 森の奥深くにある沼はかなりの広さがある。

 この地域は温泉宿も含めて皇室所有で、アルベルトのリゾート構想の中にこの森も入っている。


 この森を狩り場にして貴族達の娯楽の場にすると言う。


 しかし……

 魔獣が出るなら話は別で。


 最早温泉施設近くに魔獣が出たならば、怖がった客が訪れる筈も無く、この事態をどうするかが頭の痛い所である。


 だから……

 どうしてもここに魔獣が現れた事の原因を調査しなければならないのだった。



 沼地に到着するとアルベルトは、騎士達に手分けして調べる様に命じた。

 ノエルが光の魔力を放出してくれているから、沼地全体が明るい。


 以前にここに来た時は魚もいたし動物もいたとレティは言う。

 しかし今は……

 生き物の気配は全く感じられなかった。



 やっぱり……

 前回この森に入った時の様には薬草は生えて無いわね。

 今は冬だから仕方が無い。


 レティはアルベルトから下ろされるとトコトコと岩場の方に向かった。



「 レティ! 1人で彷徨いたら駄目だ! 」

「 岩場の陰にはレアな苔があるかも知れないのよ 」

 もしかしたら……

 ミレニアム公国の採掘場にあった苔と同じ珍しい苔が生えているかも知れないのだと。


「 万人の患者が救われるのを皇太子殿下がスルーするの? 」

「 分かった分かった……エドガー! レティに付いて行ってくれ! 」

「 御意 」

 キャンキャンわめきたてるレティにアルベルトは負けた。



 岩場の陰になっている場所に黄緑や赤の苔が生えているのを発見した。


 ミレニアム公国にあるエルベリア山脈の、魔石が発掘される洞窟に生えていた苔と同じだった。

 元々日の当たらない森で、岩場の陰と言うジメジメしていた環境が洞窟と似ているのだろう。


 この苔はお宝だ。

 黄緑の苔は痛み止めの効果があり、赤い色の苔は麻酔の様な痛みを麻痺させる効能がある。


 ミレニアム公国からは他国である事から持って帰る事は出来なかったが……

 今回は持ち帰れる。

 レティの指導係の薬学研究員のミレーさんが喜ぶ事だろう。

 この森に生える事が分かればまた採取しに来れるのだから。



 歓喜したレティはデカイ顔のリュックからスコップを取り出した。

 持ち帰る時用のずた袋も。


 何処かへ行く時には、スコップとずた袋を持参するのは薬学研究員としての鉄則である。

 道中で薬になる物は必ずや採取して来る様にと。



「 ここにはガーゴイルの事を調べに来たんだぜ 」

 今やすっかり苔の採取に夢中のレティの側に、ラウルとレオナルドがやって来た。


「 ガーゴイルは消滅しちゃったんだからどうしょうも無いわ 」

 それならこのレアな苔を採取する事の方が重要だわ。




 ***




「 沼地を一回りしましたが何も異常はありません! 」

「 こちらも何も見つかりませんでした! 」

 次々に騎士達からの報告がアルベルトに上がって来る。


 やはり……手掛かりになる物は何も見つから無かったか。


「 取りあえず……ここにガーゴイルがいない事は判明した。それだけでも収穫だ! 」

 まだ戻って来ないグレイ達を騎士達に呼びに行かせ、アルベルトもレティのいる岩場へと向かった。



「 お兄様! あそこに足跡があるわ 」

「 足跡!? 」

 夢中で苔を採取していたレティが、岩場に座って話し込んでいたラウル達の方に振り向いた。


 ラウルとエドガーが、足跡を辿って森の奥に消えて行くと直ぐにアルベルトがやって来た。



「 ラウルとエドガーは何処へ行ったんだ? 」

「 レティが足跡を見付けたから、それを辿って行ったよ 」

「 足跡!? 」

「 誰かがここに来ていたみたいだな 」

 俺達が来た場所から反対の方向に足跡が続いていると、レオナルドがアルベルトに説明する。


「 この5日間はここにガーゴイルがいたから、来るとしたらその前だろう 」

「 一体誰がこんな場所に? 」

 兎に角、もうすぐ騎士達が戻って来るから、元いた場所に戻ろうと言ってアルベルトとレオナルドは歩き出した。



「 レティ! 帰るぞ! 早くおいで 」

「 はぁい 」

 丸まって苔を取っていたレティが立ち上がり、アルベルトに向かって駆けて行く。


 沢山の苔を採取出来たからご機嫌だ。

 何しに来たのやら。

 アルベルトはクスリと笑う。



「 キャアッ!! 」

 その時……

 レティが転んだ。

 派手に。


「 レティ!? 」

 アルベルトが慌てて駆け寄って。


「 大丈夫か? 」

「 だい……丈夫…… 」

 エヘヘ……

 こけちゃったと、恥ずかしそうに笑うレティをアルベルトが手を添えて起こす。



 レティは……

 以前に転んだ時に挟まった木の根っ子に、また足が挟まり転んでしまったのだ。


「 前もね、この木の根っ子で転んだわ 」

「 同じ所でこけるか? 」

 苦痛に歪んだ顔をして……

 座り込んで立ち上がろうとしないレティを、レオナルドも心配している。



「 痛むのか? 」

「 うん……また足を捻ったみたい 」

 レティはデカイ顔のリュックから湿布薬を取り出した。

 アルベルトが紐を緩めてブーツを脱がせたりと、せっせとレティの世話をする。


「 レオ! 見るなよ! 」

「 見てねーよ 」

 女性の足は家族以外は見せてはならないのがこの時代。

 胸の谷間はバッチリ見せても。



「 腫れてるな…… 」

 レティの白い足首が赤く腫れていた。

 アルベルトが小さな足首に湿布薬を貼り、布で綺麗に巻いた。


「 いた…… 」

「 痛むか? 」

 かなり痛そうだ。

 レティ医師の見立ては軽い捻挫だが。



「 ん? 何だこれ? 」

 後ろを見ていたレオナルドが……

 木の根っ子に挟まってある石を拾い上げた。

 レティが挟まってこけた木の根っ子だ。


「 アル! これ……魔石じゃないか!? 」

「 魔石? こんな所にか? 」

 魔石はエルベリア山脈でしか採掘出来ない筈だがと、アルベルトがレオナルドの持っている石をマジマシと見ている。



「 魔石ですか? 」

 騎士達と調査に出向いていたルーピンが戻って来た。


 魔石を手に取ると……

「 魔力を感じる 」と、ルーピンがアルベルトに告げた。


 魔力使いは他の魔力使いの存在が分かる。

 勿論、ある一定の距離にいる場合に限られてはいるが。


 魔石に魔力が融合されていれば、その魔力を感じ取る事が出来るのである。



 この魔石は……

 融合された魔力の役目は既に終えられていて、ただの石になっていた。


 魔石は魔力が融合しなればただの石と同じだ。

 魔力が融合されてこそ初めて魔道具として輝くのだが、魔力も永久的に魔石にある訳ではなく、魔力使いが新たに魔力を融合する必要がある。


 だから……

 錬金術師達は作った魔道具のメンテナンスを、定期的に行っているのだ。



「 ルーピン、この魔石に融合されていた魔石が何なのか分かるか? 」

 勿論、魔力使いであるアルベルトもこの魔石から魔力は感じるが、専門家では無いので何の魔力が融合されていたのかまでは分からない。


「 この魔力は……シルフィード帝国に存在するどの魔力でもありませんね 」

「 魅了の魔力か? 」

「 いや、魅了とは違う魔力ですね 」


 また……

 新たな魔力使いが存在すると言うのか。

 皆は驚愕した。



 そこに足跡を辿っていたラウルとエドガーが戻って来た。

 草を刃物で切り進んで森に入った形跡がある事から、誰かがここに来たのは間違いない。


「 森の出口付近には馬車が止まっていた痕跡が残っていたしな 」

 車輪の跡と馬の糞が多数あったと。



「 では……誰かがこの森に侵入して来て、この得たいの知れない魔力の融合された魔石をここに置いて行ったと言う事になるな 」


 この魔石が魔獣ガーゴイルの大量発生と、何らかの関係がある事が明らかになった。


 ガーゴイルは群れない魔獣だと言われているのだから。



 この件は、皇帝陛下やルーカス宰相に委ねられる事になった。




 ***




 足を怪我したレティはアルベルトに背負われていた。


 森の中を皆が言葉も無く進んで行く。

 先程判明した、ガーゴイルの発生が人の手によるものだと言う事が皆の心に重くのし掛かる。


 足音だけが辺りに響いていた。



 しかし……

 レティには畏れ入る。

 彼女が転んだ事で魔石が発見されたのだ。


 これは凄い発見だった。

 見落としていたら……

 ガーゴイルの大量発生の謎は解けなかっただろう。


 犯人はあの木の根っ子に魔石を隠していた。

 ガーゴイルに吹き飛ばされたりしない様に。


 転んでもただでは起きないのがレティである。



 アルベルトは……

 レティの心地好い熱を背中に感じながら森の中を歩いていた。


「 レティ? 」

 ガーゴイルのまつ毛の話をしていたレティがいつの間にか静かになっていた。

 眠ったのかと思ったが様子が変だ。


 息が荒い。

 レティはアルベルトの背中でぐったりとしていた。 


「 凄い熱だ……ラウル! レティが熱を出している! 」

 アルベルトの声に皆が慌てた。



 レティの身体はもう限界だった。

 1人で何百ものガーゴイルを射たのだ。

 その小さな肩は熱で腫れ上がり、それは肩だけでは無く身体中が高熱を帯びていた。


 本当は……

 苔を採取する為のスコップを持つ手も震えて持てなかった。

 レア苔を採取するんだと言う気合いで乗りきったが。



 彼女は医師。

 何時も皆の怪我を治療して明るく大丈夫だと言ってくれた。


 じゃあ、彼女が病気時は?


「 大丈夫よ。痛み止めと熱冷ましを飲んだら治るわ 」

 レティはデカイ顔のリュックから薬を出した。


 ラウルが取り出そうとしたがレティはそれを拒否をした。

 レディの鞄の中身を見るもんじゃ無いわと睨まれて。



 ルーピンが魔力で薬を飲む水を出した。


「 それってお前の体液では無いのか!? 飲めるのか? 」

「 失敬な、これは魔力だ! 体液では無い 」

 エドガーが当然な疑問をルーピンに投げ掛けると、ルーピンがアルベルトに助けを求めた。


「 殿下! ()()()()()に説明して下さい 」

 魔力使いにしか分からない事で。


「 ああ、魔力は体液では無い 」

 アルベルトの言葉に納得するが……

 どうにも気持ちが悪いのは確かで。

 指から水が出るんだぜと皆がルーピンの指先を凝視する。



 コップが無いので……

 アルベルトの大きな掌に入れられた水を、レティはコクコク飲んだ。

 美味しいと言って。


 あぅ~

 なんと崇高な場面に俺達は立ち会っているのかと皆は感動した。


 でも……

 あの水は飲みたくは無い。

 他の魔力は違うものと認識出来るが……

 水だけは……


 ルーピンは皆の視線に怒り心頭だ。

「 これは魔力だ! 」



 そして……

 ガタガタと身体を震わすレティに、アルベルトはしっかりと自分のマントを巻き付けて、ラウルの手を借りてレティを横抱きに馬に乗せた。


 レティを乗せたアルベルトが懸命に馬を走らす。



 その姿を見ながら……

 皆は泣きそうになっていた。

 アルベルトが抱き抱えているマントの塊があまりにも小さくて。


 この戦いの一番の功労者はリティエラ様だ。


 あんな小さな身体で……

 たった1人で矢を射続けたのだから。



 レティはその後高熱が下がらずに、ウォリウォール領地の公爵邸に運ばれた。



 その後は……

 領地で2週間滞在する事になったのだった。















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