表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
568/641

公爵令嬢しか勝たん

 




「 一体……どうなっているのか? 」

 グレイが不思議がっている。


 弓騎兵達が……

 先輩弓騎兵や新米弓騎兵達全員の命中率が極端に良くなっているのだ。


 皆も驚くばかりで。

 おかしいなと、持っている弓矢を見ている者もいる。



 皇太子殿下御一行様は4日目のこの日も、朝からガーゴイルの討伐に出向いていた。


 疲れが出ない筈は無いが……

 熱い温泉に浸かり、暖かいベッドでゆっくり眠れる事と、昨日飲んだレティ持参の回復薬の効果が著しく、騎士達の今朝の目覚めは良かった。



 そして……

 昨夜はウォリウォール領地の邸から美味しい差し入れがあった。

 執事のセバスチャンがご馳走を運んで来てくれたのだ。


「 爺! 」

「 坊っちゃまと、お嬢様がこちらに来られているとお聞きして 」

 ウォリウォール領地はここから3時間の場所にあり、ウォリウォール邸の使用人達もこの温泉宿に度々訪れていた。



 レティは暫く振りだったが、ラウルは秋の収穫の時に訪れたばかりだ。


 ラウルはウォリウォール家の嫡男。

 只今領地経営のノウハウを、ルーカスから教えて貰っている所である。

 この温泉宿にも秋に泊まりに来ていて。

 今回は2回目であった。



「 セバスチャン。久しいな 」

「 殿下……お嬢様がお世話になっております 」

 セバスチャンは、レティが領地にいた頃はずっと世話をしてくれていた執事だ。

 レティが皇室に嫁ぐ事を大層喜んでいた。


 公爵邸の料理と皇宮の料理が違うように、宿屋の料理と公爵邸の料理は違っていて。

 ウォリウォール邸のシェフが腕を振るったその豪華な料理に、皆は舌鼓を打つのだった。



 そんな事もあり騎士達の士気は上がっていた。

 だからと言って、弓矢の腕前が上がる訳は無いのだが。


 しかし……

 その理由は直ぐに判明した。


 騎士達はガーゴイルのまつ毛を意識していたと言う。


 話したいレティは……

 騎士達を捕まえては話していた。

 ガーゴイルにまつ毛がある事を。


「 あんな狂暴な顔をしたガーゴイルにまつ毛があるのですか? 」

「 そうよ。凄いでしょ 」

 騎士達も、何が凄いのかは分からなかったがまつ毛が気になった。


 気になり過ぎて……

 まつ毛を意識して矢を射るものだから、自然とそこに意識が集中して的を絞れて矢が命中すると言う。


 皆がレティマジックに掛かっていたのだった。



 戦いの時には上手く行かない事の方が多い。

 戦う意欲が下がって行く中で、いかに兵士達のモチベーションを維持して行くのかが主君や上官には重要な事である。


 レティはまつ毛で騎士達の士気を高めたのだった。


 矢が命中しない事で落ち込んでいた弓騎兵達が、次々と命中する様になり、彼等の士気が大いに上がったのだから。




 ***




「 なあ、矢を射るのは何もレティじゃ無くても良いんじゃねぇの? 」

 聖剣を持つアルベルトの代わりはいないからどうしようも無いが。


 レティを見るとかなりの疲労を感じる。

 ラウルお兄ちゃんはレティの事を心配したのだ。



「 !? 」

 迂闊だった。

 レティは何百ものガーゴイルを1人で弓を引いているのだ。

 腕がパンパンだろう。


 自分の魔力切れの事ばかり考えて……

 俺は……

 婚約者失格だ。


「 ごめん……君を気遣うべきだった 」

「 あら? 私は大丈夫よ。今も湿布を貼っているし 」


 第一このオハルを誰にも触らせたくは無い。

 これは私の物だから。


 レティのオハルへの執着は並大抵のものでは無い。

 あの高さの船から落ちても手から離さなかったのだ。

 海に落ちたら二度と手にする事は出来ないのだから。



「 だから、このまま射続けるわ 」

「 いや、駄目だ! そもそもレティの身体に湿布を貼る事自体が駄目だったんだ 」

 昨夜、レティは一緒に寝ないで自分の部屋のベッドでさっさと寝てしまった。


 死と言う恐怖が無くなって安心したのだろう。

 ちょっと寂しかったが。

 疲れているのだろうとそのままにして……

 気遣ったつもりでいたけれど、もっと気遣ってあげるべきだった。



 数はかなり減って来たが……

 ガーゴイルはまだまだ空を飛び交っている。

 弓騎兵達も必死だ。


「 誰か…… 」

 グレイは……駄目だ。

 彼が部隊を統率してるからこそ、弓騎兵達は大した怪我も無くガーゴイルと対峙出来ている。


 エドガーとケインを呼ぶか……

 いや、彼等も駄目だ。

 あの息の合った流れる様な攻撃を崩す訳にはいかない。

 これが乱れればそれこそ命取りだ。


 人間よりも遥かにデカイガーゴイル。

 狂暴な上に機敏な動きをする。

 そんな魔獣が相手では……

 一瞬の違和感も許されないのだから。



「 第1部隊! ニコラス! お前が出来るか? 」

 出来るかどうかでは無い。

 主君がこう言う時はやらなければならないのだ。


「 仰せのままに 」

 第1部隊の隊長ニコラスは内心喜んだ。

 今まで、矢の数を数えて束ねる仕事しかして来なかったのだ。


 勿論、弓兵達みたいに専門的に訓練はしないが……

 騎士の訓練として弓矢の訓練もしていた。

 皇宮の騎士団員ならば誰もが弓を引ける。



「 レティ、ニコラスと交代をするんだ 」

「 ………… 」

「 レティ! 」

 オハルを誰にも触らせたく無いレティは気乗りがしない。


 だけど……

 アルベルトの目を見れば……

 これは既に命令だ。


 レティはライナから降りて、ニコラスに渋々オハルを渡した。



 軽い。


 ニコラスはオハルの軽さに驚いた。

 そして……

 その性能の良さにも。

 コンパクトで構えやすい。

 こんな弓であの飛距離が出るのか。


 雷風の矢は……

 その飛距離と破壊力を持った最強の武器であった。



 馬に跨がったニコラスの横に、アルベルトが乗った白馬がやって来た。


 殿下との……

 コラボ。


 ニコラスはガチガチに緊張した。

 馬も白馬の横で緊張をしている。


 白馬ライナは……

 皇太子殿下だけが乗る事を許されている馬。

 その威圧感は半端無い。

 ニコラスの馬も緊張した。



 ニコラスは震える手でオハルを構えた。

 アルベルトが聖剣からオハルを通して、雷風の矢の矢尻の魔石に浄化の魔力を融合する。


「 離せ! 」

 アルベルトの声でニコラスは矢を放った。


 矢が光っていない。

 そして……

 ガーゴイルに命中するとガーゴイルは爆発した。


 だけど……

 消滅はしなかった。



「 聖なる矢にならなかったのか…… 」

「 私では聖なる矢にはならない様です 」

 折角殿下の役に立てると思ったのですがと、ニコラスが残念そうな顔をする。


「 気にするな 」

 アルベルトとニコラスが話している横を、レティがトコトコと通り過ぎて行く。



 あの肉片が無くなったら再生しないのでは?

 再生するにはパーツが必要よね。


 それに……

 肉片を持ち帰って調べたい。


 レティの好奇心は天をも貫く。



「 レティ!? 何をしている!? 危ないぞ! 」

「 リティエラ様! 危険です! 」

 アルベルトが馬から飛び降りてレティの側に駆けて行く。


 レティが肉片を触ろうとしたら……

 それは赤くなり、シューシューと熱を発し始めた。


「 キャア!! 」

 レティが慌てて手を引っ込めると、肉片はビュンと何かに引き寄せられる様に飛んで行った。


「 大丈夫か!? 」

「 ええ……大丈夫よ。触って無いわ 」

 アルベルトがレティの掌を確認する。


「 良かった…… 」

 そう言ってその小さな掌に唇を寄せた。



 直ぐにグレイが駆け付けて来た。

 ニコラスとグレイがアルベルトとレティの前に防波堤の様に、馬で横付けをする。

 第1部隊の騎士達も駆け付けて来て、アルベルトとレティの周りを囲んだ。



 辺りは爆発で飛び散ってバラバラになった肉片が、再生しようと飛び交っている。

 肉片からシューシューと蒸気を発する臭いが辺りに漂っていて、気持ち悪過ぎて吐き気がする。



「 殿下! お2人共無事ですか!? 」

「 ああ、問題ない 」


 魔獣の恐ろしい程の再生能力と有り得ない生体に、見ていた皆が唖然としている。


 人間なんかこんな化け物に勝てる訳が無い。


 しかし……

 これに打ち勝つ事が出来るのが聖女の浄化の魔力なのである。

 絶対に欲しい魔力だ。



「 アル! あの肉片に聖なる矢をぶち込むわ! 」

「 えっ!? あっ! ……うん 」

 皆が考えている所にレティの可愛らしい声が響く。

 何気に口が悪い。


 レティの好奇心は天をも貫く。


 肉片に聖なる矢を放ったら……

 本体はどうなるのかを調べたい。



 アルベルトとレティは肉片に聖なる矢を射った。

 何と……

 バラバラになった肉片達も……

 本体も綺麗に浄化されて跡形も無くなった。


「 これじゃあ、研究が出来ないじゃないの~ 」

 持って帰れないわとレティの落胆の声が響いた。



 皆は頭が付いて行かなかった。

 今、目の前で起きたこの現実を受け入れられないでいる。


 強い。

 強過ぎる。


 こんな場面を目の当たりにしたら、大概の女性ならば気絶するレベルだ。

 辺りも生臭い悪臭が漂っていて。


 現に遠くで見ていた風の魔力使いのイザベラは、吐き気をもよおして口を押さえて座り込んでいる。

 最早、気絶寸前だ。



 医師であり薬師であり騎士であるレティは強かった。



 しかし……

 ニコラスの射た矢は何故聖なる矢にならなかったのか?


 聖なる矢は殿下とリティエラ様で無いと作れない?

 何故?

 愛の力?


 皆の謎が残った。



 やはり思った通りだ。


 そんな様子を見ていたクラウドは……

 以前からアルベルトとレティの不思議な力に注視していた。


 思わぬ所で出会ってしまうと言う2人の引き合う力。

 それが……

 リティエラ様には見られたく無い場面な事も多々あって、側近としては頭を抱える事もあるが。


 それでも2人は出会ってしまうのだ。



 聖杯と聖剣は皇帝陛下と皇太子殿下にしか持てない神器とされている。

 その2つの神器と同じオリハルコンで作られた弓。


 このオリハルコンの弓もきっと神器に違いない。

 きっと……

 殿下とリティエラ様だからこそ2人のコラボが聖なる矢を作り出すのだろう。


 クラウドは自分の思っていた仮説に満足するのだった。




 ***




 そうして一匹ずつガーゴイルを浄化して行った。

 戦いは翌日の夕方に、最後であろう一匹に聖なる矢を放った。


 グレイが射落として地面に落ちたガーゴイルに、アルベルトとレティが放った聖なる矢が命中すると……


 ガーゴイルがジュッと消えた。



 その瞬間。


 やったぁーーっ!!


 大歓声が沸き起こり、皆は跳び跳ねたり肩を抱き合ったりしながら各々の健闘を称えあった。


 結局、レティは1人で矢を射て何百ものガーゴイルを浄化したのだった。

 アルベルトとレティしか出来ない事なのだから仕方無い。




 アルベルトは弓騎兵、第1部隊の騎士達1人1人に握手をした。

 グレイ、トリス、ワシャル、マージ、サンデー、ジャクソン、ゴージュ、カマロ、ロン、ケチャップ。


 何故かレティもロンの横に並んでいて、アルベルトと握手をする。


「 1人で聖なる矢を射続けてくれた事を感謝する 」

「 労いの言葉を有り難うございます 」

 アルベルトはレティの小さな手を握ってクスリと笑う。


 レティもアルベルトの瞳を見て……

 2人でちょっとだけにらめっこをした。



 そして……

 レティの次にエドガー。

 エドガーはどうしてもレティより後らしい。


 ケインやノア達31名の新米騎士達。

 第1部隊の騎士達。


 次は……

 ルーピン、ノエル、マシュー、イザベラ達魔力使い達と握手をする。


 そして……

 クラウド、ラウル、レオナルドと1人1人に労いの言葉を掛けた。


 本来ならば……

 皇太子の婚約者であるレティは、戦士達に労いの言葉を掛ける立場なのだが……

 彼女は騎士達の中に混じっていて。


 そんな所が可愛くて……

 騎士達はキュンキュンするのであった。



 そして……

 アルベルトは聖剣を突き上げた。


「 我々の完全勝利だ! 我がシルフィード帝国に栄光あれ! 」


 エイエイオー!!!



 皆は勝鬨を上げた。

 何時までも何時までも勝利を喜ぶ声が木霊する。



 勿論、レティも腕を高く上げて……

 エイエイオーッっと皆に交じって勝鬨を上げるのだった。




 ***




 その後は森に検証に行かなければならない。

 もしかしたら……

 あの森にはまだガーゴイルが隠れているかも知れない事から、眠るとされている夜に向かう事になった。



 持って来ていた軽い食事を終えて……

 皆は森に向かう。



 ガーゴイルが大量発生したあの森へ。

















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ