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違う未来

 




 矢で落とした筈のガーゴイルが再び舞い上がり、何百ものガーゴイルが再び空を覆い尽くし、矢が無くなった弓騎兵達を次々に薙ぎ倒して行く……

 

 剣を抜き……

 1人空に剣を向けて闘うグレイ班長も、やがて血まみれになり膝を付いて倒れた。



 そして……ガーゴイルの大群は主君を襲う。


 綺麗なアイスブルーの瞳はくりぬかれ、キラキラ光るブロンドの髪は真っ赤な血に染まり、胸からも血を吹き出しながら横たわるのは私の最愛の人……皇太子殿下。


 そこで……

 泣き叫びながら目が覚めるのだ。


 レティは何度もこの悪夢を見ていた。

 自分が絶命したあの日の続きの夢を。



 だけど……

 そんな未来は無い!


 レティはガーゴイルに向かって雷風の矢を持つ手をキリキリと引く。



 もう……

 そんな悪夢を見ることは無い。


 レティが矢を射ると……

 聖なる矢となった矢が、ガーゴイルに向かって飛んで行く。



 そして……

 その矢が命中するとガーゴイルは消滅した。

 跡形も無く。


 それを見たレティはフッと笑う。



 私は……



 我々はガーゴイルに勝利する。




 ***




 ガーゴイルの数はまだ増え続けている事が分かる。

 クラウドとラウルが浄化したガーゴイルを数えているが、彼等の表情は暗い。



 弓騎兵達に疲労の色が見え始めた頃。

 炎の魔力使いマシューが交代で前に立った。

 横には風の魔力使いイザベラがいる。


 マシューとイザベラが両手を頭上に上げる。

 ブワッと2人の黒のローブが翻る。


 マシューが両手を弧を描くように広げると……

 イザベラはクルリとターンした。

 これはサービスなので特に意味合いは無い。



 炎の魔力は緑の風に煽られて凄い勢いで舞い上がって行く。


 次の瞬間……

 赤と緑が合わさった魔力は広範囲に渡って広がり、空を埋め尽くしている大量のガーゴイルを一気に焼き、断末魔の様な叫び声を上げたガーゴイルは次々と地面に落ちて行った。

 


 皆からは驚きの声が沸き起こる。

 その圧倒的なパワー。

 魔力使いの本領発揮だ。


 うわぁぁ!

 2人……

 魔力使いの2人のコラボだわ!!


 もう、レティのテンションはマックス。

 疲れも吹っ飛ぶ程で。

 格好良いと言ってキャアキャアと大喜びだ。


 マシューとイザベラはハイタッチをして、2人は次のガーゴイルの塊に向かって魔力を放出した。



 しかし……

 これ程の魔力を持ってしても、ガーゴイルは再生をするのである。

 たとえ黒焦げになっても。


 ガーゴイルは……

 聖なる矢でしか絶命させる事が出来ないと言う、誠に厄介な魔獣だった。




 ***




 いつの間にか空が明るくなっていた。

 太陽の明るさが戻って来ていて、警戒していた皆既日食は終わっていた。


 ずっと光の魔力を放出し続けていたノエルには、ルーピンがポーションを飲ませている。


 ノエルに感謝だ。

 辺りが暗いと……

 それだけで気が滅入ってしまう。


 レティは光の魔力使いのノエルに手を合わせた。



 一仕事終えて戻って来たマシューとイザベラにも、ルーピンはポーションを渡していた。


 強い魔力が戦力にもなる魔力使いだが、彼等の弱点は魔力切れを起こす事である。

 下手をすれば命をも落としてしまう危険性がある。


 普通の魔力の使い方ならば、食べる事で魔力を補う事が出来るが……

 魔力を酷使し過ぎて魔力切れになり、戦場で命を落とした魔力使いも多くいたと文献に残されている。



 ドラゴンを討伐した時のアルベルトは、ヒーラーであるレティがいなければ魔力切れを起こしていて命が危なかったのだ。

 本人達は魔力切れの危険性を知らなくて、ただイチャコラしながら弓を射たのが項を称したと言う。



「 アルもポーションを飲んだ方が良いんじゃない? 」

「 僕には君がいるから大丈夫 」


 アルベルトはそう言って……

 自分の腕の中にいるレティの顔を自分の方に向けさせ、後ろから覆い被さる様にしてレティの唇に口付けをする。


 馬の上でイチャコラする2人。

 家臣達は主君のイチャコラは見ない振りをするのが鉄則だ。



 レティに触れているだけでも魔力は入って来るが。

 しかし……

 やはり口付けは格別で。


「 …………もう我慢が出来ないわ! 」

 レティはアルベルトから身を捩る。


 やり過ぎたか……

「 ごめ…… 」

「 ガーゴイルに…… 」

 お互いの言葉が重なった。


「 えっ!?何? 」


 キスをするのは、魔力の回復の為に必要だと言う事はレティには言っているが……

 しつこいとレティは怒る。


 顔を茹でダコの様に真っ赤にして。

 それがまた可愛いのだが。

 どうやら今はしつこいキスの事では無いらしい。



「 ガーゴイルにはね。何と……まつ毛があったのよ 」


 レティは話したい。


「 空中に飛ばされた時に、横にガーゴイルの顔があって目が合ったのよ。その瞼にまつ毛があったの。そのまつ毛が何だか可愛くて…… 」


 あんな怖い爬虫類みたいな顔をしてる癖にと、最早どうでも良い事を並び立てる。



「 ねっ!凄いでしょ? 」

 何が凄いのかは分からないが……

 喋り終えて満足したのか静かになった。

 何だかご機嫌さんで。


 アルベルトは……

 そんなレティの可愛さに萌え萌えだ。

 再びキスをしたくて顔をレティに近付ける。



 その時……


「 おい! イチャコラしながら浄化するのも構わないが、お前らが浄化するのは、落ちてるガーゴイルでも良いんじゃねぇの? 」

 こいつらは、兄の前でも平気だから嫌になるとラウルが眉を潜める。


 確かに……

 空中で機敏な動きをするガーゴイルを、直接狙うのにはかなりの労力がいる。

 翼で矢を弾き飛ばされる事もあるから余計に慎重になる。


 数に限りのある雷風の矢を、一本たりとも無駄には出来ない事からかなりの精神的疲労がある。

 2人のタイミングを合わすだけでも骨が折れるのだから。



「 ラウル! 」

「 お兄様! 」

 アルベルトとレティは歓喜してラウルを見つめた。


「 何でそれに気付かなかったのかしら? 」

「 ラウル! お前は天才だ! 」

 この事をグレイに説明すると、直ぐに2人はグレイが射落としたガーゴイルに聖なる矢を射った。


 勿論、簡単に命中する。

 当たり前だ。

 ガーゴイルは動かないのだから。


 ガーゴイルはそのまま消滅した。


 やった!


 アルベルトとレティは馬の上でハイタッチをする。


 これなら仕留め甲斐があると、グレイは直ぐに弓騎兵達に通達した。

「 我々が射ち落としたガーゴイルを、殿下とリティエラ様が浄化してくれる 」


 皆は喜んだ。

 射ても射ても再生して来るガーゴイルに、すっかり閉口していたのだから。



「 なぁ、騎士のプライドとか誇りとかは無いのか? 」

 相手は人では無く魔獣なのだから、そんな事を言ってられないのは分かってはいるが。

 無抵抗の奴を殺る事に、何かひかかるものは無いのかとレオナルドは思うわけで。


「 はぁ?勝てば良いんだよ。勝てば 」

 それが我が国の策士であるウォリウォールの考え。


 そう言えば……

 学園時代に騎馬戦をした時や、缶蹴大会でのこいつらの反則には驚いたな。

 ずるをしてでも勝ちたいと言う。

 特に未来の我が国の妃が目の色を変えていて。


 レオナルドは思い出したら何だかおかしくなった。



 無抵抗のガーゴイルを浄化させるのだから、格段に効率が上がった。


「 これで騎士達と、アルとレティの負担が軽減したぞ 」

「 おっ!?策士は勝つ事だけに固執してる訳では無いんだ? 」

「 まあな、先ずはどんな戦いでも、主君と兵士達の安全が第一だからな 」


 成る程……

 我が国は代々そうやって勝利を収めて来たんだと、レオナルドはクスクスと笑った。



 因みに……

 戦いの最中では外交を重んじるディオール家の出番は少ない。

 ディオール家が力を発揮するのは戦後の処理の時で。

 敵地まで乗り込んで行き、その全てを我が国の有利になる様に取り決めてくる手腕は見事なものだった。


 シルフィード帝国の三大貴族と呼ばれるウォリウォール家、ドゥルグ家、ディオール家が、各々の力を酷使して来たからこそ今のシルフィード帝国があるのだった。




 ***




 日が暮れて……

 ガーゴイルが森に帰って行く。


 カラスみたいだと思いながら……

 レティは後ろにいるアルベルトの胸に凭れた。

 アルベルトはレティの後頭部に唇を寄せる。


「 終わった 」

「 終わったな 」

「 うん……ちゃんと()()()の続きを見る事が出来たわ 」



 ずっと……

 この時の為に準備をして来た。


 牧場で馬の育成をしたり、矢の研究が続けられた事も……

 皇宮騎士団騎乗弓兵部隊を発足してくれたのも、その全てが皇太子殿下の名が無ければ成し得なかった事だ。


 軍事関係の事は……

 レティの力では、動かす事なんか到底出来ない事なのだから。


「 アル……色々と有り難う 」



 アルベルトとしては……

 ループをするレティがいたからこそ、帝国に起こる様々な大惨事を免れたのだと思っている。


「 レティ……皇太子として改めて礼を言う。君がシルフィード帝国を救ってくれた 」


 2人は……

 皆に見られない様にそっと口付けを交わした。

 今更なのだが。

 魔力の回復のキスとは違うと言う認識なのだ。



 明日も……

 残りのガーゴイルを浄化しなければならない。

 ガーゴイルの数を数えていたラウルとクラウドが、太陽が出てくるとガーゴイルの数が増えなくなったと言っていた。


 やはり……

 この現象が、これ程の数のガーゴイルを発生させたのだと考えられる。


 こうして……

 運命の()()()が終わったのだった。




 ***




 弓騎兵達の皆が疲労困憊で地面に転がっていた。

 暫くは身体をピクリとも動かせ無い程に。


 医師レティは、落馬して怪我をした新米騎士達の手当てをする。

 薬学研究員のレティお手製の回復薬も皆に配った。

 打撲した者には湿布薬を処方して。



 デカイ顔のリュックからは色んな物が出て来る。

 レティの必需品だ。


 ラウル達は笑う。

 あのリュックは底無しなんだと。


 因みに……

 海に落ちて海水でびちょびちょになった時は……

 公爵邸の庭に逆さまに干されていたとラウルは大笑いをする。

 宮殿では干せないからとわざわざ公爵邸に帰宅して来て、自分でごしごしと洗濯をしていたと言うエピソード付きで。



 皆に回復薬を配ったレティは……

 木の下に独り座り込んでいたグレイの側に行った。


「 お疲れ様です 」

 レティはニッコリと笑ってグレイに回復薬を渡した。


 グレイが一番の功労者だ。

 新米騎士達を指示しながらも1番沢山のガーゴイルを射ち落とし、殺られそうになっている弓騎兵には、グレイが何度も矢を放って助けるのをレティは見ていた。



「 有り難うございます 」

 少し疲れた顔をしていたが……

 グレイは受け取った回復薬をごくごくと飲み干した。


「 苦いでしょ? 」

 お父様もお兄様もこの回復薬が苦手で、これでも飲みやすくなったのよとレティは言う。


「 リティエラ様の作る薬は即効性がありますね 」

 苦そうな顔をしながら、火傷の薬もよく効きましたよとグレイが笑った。


 この湿布も自信作よと、デカイ顔のリュックからハイと湿布薬を取り出す。


「 これを貼って肩を冷したら明日は楽になりますよ 」

 効きそうだと言ってグレイは嬉しそうに受け取った。



「 リティエラ様は大丈夫でしたか? 」

 ガーゴイルに飛び掛かった時は肝が冷えましたよとグレイが言う。


 レティは話したい。


「 あのね……ガーゴイルにはまつ毛があるの…… 」

 レティは自分の武勇伝を意気揚々とグレイに話し始めた。


 身振り手振りで。

 その姿がとても愛らしい。


 グレイは……

 目を細めて楽しそうにレティの武勇伝を聞いていて。

 それは……

 2人だけの優しい一時だった。



「 リティエラ様。殿下が呼んでるみたいですよ 」

 見ればアルベルトがこっちを見ていた。


 横にはラウルやエドガー達もいて、おいでおいでと手招きをしている。


「 本当だわ 」

 レティは慌てて駆けて行く。


 途中でグレイを振り返り……

「 湿布は温泉から上がってから貼ってね 」と言って。

 グレイが了解と親指を立てるとレティも親指を立てた。


 レティの駆けて行く後ろ姿を……

 グレイはずっと見つめていた。



 あの時……

 信じられない事が起こったと思った。


 殿下を守る為にあの恐ろしいガーゴイルに飛び掛かって行ったのだ。

 こんな可愛らしい小さな少女が……

 手に矢を握りしめて。



「 参った…… 」


 グレイは空を見上げた。

 空はすっかり日が落ちて……

 先程までのガーゴイルとの戦いが嘘の様に静かだった。




 レティの3度目の人生では……

「 ごめん、弓なんかさせるんじゃ無かった 」と、出陣する時にグレイから言われた。

 泣きそうな顔をして。


 騎士養成所時代に、レティはグレイから弓をする事を薦められた。


 レティを守る為に急遽発足された騎乗弓兵部隊だったが……

 皮肉にも発足されて直ぐに、この部隊が出陣する事になったのだった。



 ガーゴイルに地面に叩きつけられて絶命する瞬間に、グレイが何かを叫んでいた事をレティは記憶している。


 自分が将来グレイの妻になる筈だった事を、レティは今生で知った。

 レティの騎士養成所時代に、グレイが程に会いに来てくれていた理由も今なら分かる。



 あの時……

 将来の自分の妻の死を目の当たりにした最後の瞬間……

 彼は何を叫んでいたのか。


 勿論それは……

 今となってはもう誰も分からない事。



 そんな未来にはならなかったのだから。




 明日も戦いは続く。











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