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主君の鬨の声

 




 あの日……

 ここに到着したのは早朝だった。


 先に到着していた国境警備隊の弓兵達が頑張ってくれていたけれども。

 死なないのだから弓が命中してもガーゴイルの数が減る訳が無い。


 至近距離でしか矢を射れ無い弓兵部隊の何人かが、この時既に犠牲になっていたと、皇太子殿下とグレイ班長に報告をしていた事を覚えている。



 レティは3度目の人生の自分が絶命した最後の日の事を思い出していた。


 レティの過ごして来た時の中で、15年以上も前の事である1度目や、10年以上前の2度目の人生での最後の日の時の事よりも、やはり鮮明に覚えていた。



 夜明けと共に……

 辺りが暗くなる程に大群のガーゴイルが現れた。


 騎乗弓兵部隊班長グレイが先頭に立ち、9名の弓騎兵隊が最前線に並ぶ。

 皇太子殿下の「 討伐開始! 」の清んだ声に、10騎の弓騎兵達が何百ものガーゴイルに向かって駆けて行った。



 10名の弓騎兵達は縦横無尽に駆け回り弓を射る。

 次々に墜ちて行くガーゴイル。

 指から血が噴き出しても射続けるしか無かった。


 矢が無くなりかけ、補充の為に弓兵隊のいる場所まで戻った時に……

 突如横からガーゴイルが現れ、皇太子殿下に襲いかかった。


 矢が間に合わない!


 私は矢を手に持ち、ガーゴイルの顔に飛び付きその大きな目を突き刺した。



 ギャィィィィーー!!


 暴れたガーゴイルの翼に当たり……

 馬ごと飛ばされ地面に頭を打ち付け私は絶命した。

 

 これが……

 今日この場所でこれから繰り広げられる出来事だ。




 レティは現実の空を見上げた。


「 太陽が隠れ出したのか? 」

 クラウド声に身体がビクリとして驚いた。


 そう言えば当たりはかなり薄暗い。


「 あっ! 太陽を直に見たら駄目よ! 目がやられちゃうわ 」

 そうなのかと皆が慌てて目を押さえた。

 医師レティの言う事は絶対だ。



 何やら嫌な気配が森の方から漂って来る。

 何か大変な事が起きるかも知れないと言う思いが、皆の不安を掻き立てる。


 先程から聞こえるバサバサと言う翼の音は……

 今までとは違う数を安易に想像出来た。



 皆が……

 得たいの知れない恐怖を感じ出した。

 先程までは、たとえ数が増えても楽勝だと笑い合っていた顔がだんだんと凍り付く程に。


 冷たい風がさわさわと……

 木々に残っていた僅かな葉を空中に舞い上がらせて。



 すると……

 ガーゴイルが一斉に飛び上がった。


 凄い数だ。

 ギャアギャアと威嚇する様に鳴き声を上げる。


 森の上空がガーゴイルで黒く染まり、その黒い塊の渦がどんどんと大きくなる。


 皆は驚きと恐怖の為に顔が引つり言葉も無く固まっていた。



「 これより魔獣ガーゴイルの討伐を開始する 」


 主君の声で皆がハッと我に返り、姿勢を正す。

 皆が主君の前に行き、一斉に跪いた。



 アルベルトは落ち着いた声で皆を前に口を開いた。


「 ガーゴイルの数には驚いたが、これも想定内だ! 太陽が月に隠れると言う現象が起きると、想像も出来ない事が起きるかも知れないと言う事は、我が国の学者達が既に発表済みだ 」


 我が国の学者達とは……

 虎の穴の赤のローブを着た10人の爺の事である。



「 魔獣ガーゴイルは聖なる矢でしか絶命させられない事は一昨日と昨日で実証出来ている。お前達がガーゴイルを仮死させている間に、私と彼女が聖なる矢で仕留める! 」

 一匹ずつしか絶命させる事が出来ないのだから仕方が無い。



「 グレイ! 弓騎兵達の指揮は全てお前に任せる 」

「 御意 」

 厳しい顔をしたグレイは馬に跨がり弓騎兵達の前に立った。

 弓騎兵達も馬に跨がる。

 誰もが無言だった。


 大量の数のガーゴイルと対峙しなければならない。

 弓騎兵達にとっては、一瞬も気の抜けない戦いがこれから始まるのだった。



「 ルーピン! マシューが魔力切れを起こさない様に気を付けてやってくれ! 」

「 はっ! 」

「 それから、ルーピンとイザベラは魔力でガーゴイルを飛ばす事は出来るだろうから。弓騎兵達が危険な時は援護してやってくれ! 」


 深く頷くルーピン。


「 了解よ 」

 イザベラはアルベルトに向かってウィンクをした。

 とても色っぽい。


 新米騎士達が見ていたならば顔が赤くなる程で。

 今はそれ所では無いが。

 昨夜の宴会では、妖艶な踊り子イザベラに頬を撫でられて顔を赤くして……

 先輩騎士達にからかわれた者が続出だった。



「 第1部隊は弓騎兵達が矢を取りに戻って来たら、速やかに矢を渡してくれ! 」

「 御意 」

 後ろに控える彼等を見回して、アルベルトは指令を出した。


 第1部隊はやっと殿下の役に立つと言って張り切るのだった。



 そして……

 アルベルトは聖剣を抜いた。


 聖剣は黄金の光を放っている。

 この絶望的な状況化で……

 光を放つ聖剣は希望を持てる礎だ。



「 一匹ずつしか仕留められない事から時間は掛かるが、そこはお前達に頑張って貰うしか無い 」


 その訓練は出来た筈だと、アルベルトはキッパリと言った。


 一昨日と昨日の訓練の様なガーゴイル討伐は……

 この為だったのかも知れないと、騎士達は拳を握り締めて頷いた。



「 良いか。シルフィード帝国には未だかつて敵の侵攻を許したと言う歴史は無い。 先人達の矜持は我々の矜持だ。最後の一匹まで必ずや仕留める! 我が国シルフィード帝国を守る為に! 」


 アルベルトは皆の顔を1人1人見つめ……

 そして鬨の声を上げる。



「 勝機は我々にある!! 討伐開始! 」


 オーーーっっ!!!



 白馬に跨がったアルベルトが……

 光輝く聖剣を頭上に掲げた。

 まるで神話の彫刻の様に美しい姿だった。


 皆も両腕を天に突き上げ……

 唸る様な鬨の声を上げた。




 ***




 レティは1人こっそりと涙を拭いた。


 皇太子殿下の成長が嬉しかった。

 こんな風にして……

 皆に色んな指示を与えている姿は3度目の人生では見られなかった。


 あの時の皇太子殿下と同じ筈なのに……

 今の皇太子殿下はとても頼もしい。



 勿論、レティの記憶から前もっての準備や心積もりが出来ていたからなのだが……


 ドラゴン討伐や他国への訪問。

 アルベルトはレティと出会ってからの5年間に色んな事を経験して乗り越えて来た。


 レティとの出会いは……

 アルベルトもまた皇太子として大きく成長していたのだった。



 一旦白馬のライナから降りたアルベルトが、手綱を引いてパカパカとレティの側にやって来た。


「 レティ……見惚れる程に僕は格好良かった? 」 」

 レティは皆に指示を与えてるアルベルトをじっと見ていた。


 それに気付いていたアルベルトは、首を傾けながらレティの顔を覗き込んで来る。


 ん?どうなの?と言って。

 眉尻を下げたその顔はレティの大好きな顔だ。



「 皇子様が成長してるなって…… 」

「 何それ? 見惚れていたんじゃ無いの? 」

 クスクスと笑い合いながら……


 アルベルトはレティがショコラに乗るのを手伝い、自分も白馬のライナに颯爽と跨がった。



「 さあ、一匹ずつ狩って行こう 」

「 御意 」



 レティの騎士モードにスイッチが入った。




 ***




 アルベルトとレティは、一匹ずつ確実にガーゴイルを浄化して行った。

 しかし……

 まだ増え続けている様で、空はガーゴイルで覆い尽くされているかの様に薄暗かった。



 グレイは……

 弓騎兵達に指示を与えながら自分でも弓矢を射抜き、ガーゴイルを地面に落として行く。


 しかし……

 命中させても復活して来るのだ。

 そのどうしようも無いストレスが皆に蓄積して行く。



 夢中で矢を射続けて……

 どれだけの時間が経ったのか分から無い。

 もう、空は……

 暗くなる程にガーゴイルで埋め尽くされていた。


 ギャアギャアと叫ぶ声は自分達の声も掻き消された。



 あの時と同じだ。


 レティは何とも言えない嫌な予感がした。



 その時……

 パァァァっと空が明るくなった。


「 !? 」

 皆が明かりの元を振り返った。


 ノエルだ。

 光の魔力使いノエルが魔力を放出したのだ。


「 ノエル! 助かった 」

 アルベルトだけで無く、皆がノエルに歓喜の言葉を投げる。

 暗いだけで戦闘力意欲が消失しそうになる。

 この光は彼等の戦闘意欲を押し上げるものだった。



「 私は何の役にも立たないと思っていましたが、こんな所で役に立ちました 」

 そう言ってにっこりと笑うノエルは、錬金術師のシエルの弟だ。


 空に向けて光の魔力を放つノエル。

 黒のローブが翻っている。


 格好良い。

 似ていない兄弟だと思っていたけど……

 やはり似ている。

 でも……

 一番似ている兄弟はエドガーとキース兄弟だわ。

 奴等は双子かと言う位にそっくりだ。


 因みに……

 あの可愛かったキースは学園の4年生になり、生徒会の会長をしている。

 勿論、騎士クラブの部長だ。



「 こら! レティ集中しろ 」

「 はぁい 」



 一瞬の気の緩みだった。

 周囲が明るくなった事に皆が安堵した。



 その時……

 一匹のガーゴイルが頭上から急降下して来た。


 まるで……

 シルフィード帝国の皇太子アルベルトを狙ってるかの様に。



 間に合わない!



 レティはオリハルコンの弓を手から離した。

 自分の分身の様にあれ程に大切にしていた()()()を。



 そして……

 今から射ようとしていた雷風の矢を右手に握り締める。


 やはり……

 ここまでなのか。



 レティはガーゴイルの目に雷風の矢を突き刺そうとした。

 3度目の人生のあの時の様に。



「 殿下は私が守る! 」



 ガーゴイルのその鋭い嘴がレティの目の前にあった。












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