決戦前夜
翌日の早朝にもガーゴイルが出現した。
何と8匹もいる。
ガーゴイルが早朝に現れるのを知っているから、既に全軍が揃っている。
アルベルトはこの日は新米弓騎兵を出動させた。
勿論、エドガーもだ。
指揮はグレイに任せる事にした。
31名の新米弓騎士達も、ずっとグレイの指揮下で訓練をしていたのだ。
グレイが統制するのが一番だろうと。
明日には何百ものガーゴイルに対峙せねばならないのだから。
グレイ無くしてはこの戦いは乗り越えられない。
「 頑張れ! ケイン君! ノア君! 皆! 」
緊張でガチガチの新米弓騎兵達に……
レティが拳を前に付き出してエールを送る。
新米弓騎兵達の初陣だ。
31名とエドガーは、バディになって攻撃する。
その周りをベテラン弓騎兵達が固めている。
「 大丈夫だ! 普段通りの訓練を思い出せ!! 魔獣ごときに乱される訓練はしていない! 」
グレイの激励の言葉が飛ぶ。
「 エドガー! ケイン! 先ずは真ん中の狂暴なガーゴイルを打ち落とせ! 」
「 はっ! 」
グレイを先頭に、エドガーとケインのコンビが森の上で旋回をしているガーゴイルに向かって掛けて行く。
その後ろにベテラン騎士達が続く。
ベテランと言っても、昨日の今日だ。
ガーゴイルを前にして……
彼等も新米弓騎兵達と何ら変わりは無い。
先ずはエドガーが矢を射る。
外れた。
後ろに戻ると同時にケインが矢を射る。
矢は狂暴なガーゴイルに命中して、ガーゴイルは落ちた。
「 ケイン! ナイス! 」
陣営にいる皆の歓声とともに……
グレイや先輩騎士達が笑顔で声を掛ける。
エドガーが悔しそうだ。
次々に矢を射るが……
その後が続かない。
ガーゴイルの動きは素早いのだ。
ギャアギャアと叫び声を上げながら向かって来る残りの7匹のガーゴイルは、グレイや先輩達が命中させて地面に落とした。
新米弓騎兵の中ではケインだけが命中させたのだった。
皆が項垂れて引き返して来る。
ガーゴイルの再生までは少し時間がある。
悔しそうなエドガーがアルベルトを見れば……
アルベルトはレティを抱えていた。
「 お前らはこんな時にイチャイチャしてるのか? 」
エドガーが呆れた顔をする。
自分が上手く出来なかったから機嫌が悪い。
「 レティが突撃して行こうとするのをアルが止めてたんだよ」
レオナルドがお疲れとエドガーに言いながらクックと笑う。
天幕の下にいたレティがイライラし出した。
腕を組んで足で地面をトントンと踏み鳴らしている。
「 ああ、もう見ていられないわ! 」
新米弓騎兵達のガチガチの動きと、エドガーの不甲斐無さに、業を煮やした女性アーチャーレティの血が騒ぐ。
ショコラに飛び乗ろうとした所をアルベルトに捕縛されたのだ。
「 君は僕の横に居ないと駄目でしょ? 」
「 下手くそなエドガーやあいつらより、私が矢を射る方が確実だわ! 」
じたばたするレティを、アルベルトが抱き抱えていたと言う訳だ。
「 私なんか最初の一矢から命中したわよ! 」
下手くそ過ぎると腕を組んで仁王立ちしているレティは偉そうだ。
レティは3度目の人生での事を言っているのだが……
エドガーは昨日の事だと思った様で。
あれはアルの魔力の力もあるだろうがと眉を潜めた。
「 次は命中させて見せるからな! 」
見とけよと言って、皆を集めてミーティングしているグレイ達のいる方に馬を走らせた。
***
ガーゴイルVS新米弓騎兵の戦いがその後も繰り広げられる。
もはや訓練。
いや、訓練なのだ。
明日は何百と言うガーゴイルが出現するのだから。
「 昨日よりもガーゴイルが増えたから、明日は倍ぐらいにはなるかもな 」
「 明日は太陽が月に隠されるんだろ? 」
「 おう、倍位の数じゃ余裕だな 」
再々チャレンジで、ガーゴイルに矢を命中させたエドガーが偉そうにしている。
レティは手を口に当ててプププと笑う。
あんたら驚いて腰を抜かすわね。
10匹や20匹の話じゃないんだから。
「 レティ!おいで 」
「 はぁい 」
アルベルトに呼ばれて慌ててレティは側に行く。
騎士達に矢を射られまくられて、怒り狂っているガーゴイルに止めを刺さなければ危険だ。
「 連続で射れるか? 」
「 問題無いわ 」
アーチャーリティエラ様を嘗めて貰っちゃ困りますわ。
レティは矢筒に8本の雷風の矢を入れた。
1本たりとも無駄にするつもりは無い。
「 行くぞ! 」
「 はい! 」
レティがオハルを引いて構える。
アルベルトが聖剣を抜くと聖剣はやはり光を放った。
アルベルトが絶妙なタイミングでオハルに聖剣から魔力を注ぐ。
矢は見事にガーゴイルに命中して、その瞬間にガーゴイルは断末魔の叫び声もあげる事無く消滅するのだ。
「 手は痺れて無い? 」
アルベルトからプレゼントされた手袋をしてるから、少々のダメージは平気である。
「 大丈夫よ。次2連続で射るわ! 」
レティは背中の矢筒から雷風の矢を取り出す。
そして……
8本見事にガーゴイルに命中させて……
空には何も居なくなり静かになった。
レティの弓の腕前は確実に上がっていた。
***
その夜……
アルベルトは皆を集めて宴会をした。
明日からの戦いに備えて、現地には誰も残さずに宿屋に引き上げて来た。
ガーゴイルは夜に行動はしない。
それはドラゴンも同じだった。
空飛ぶ魔獣は概ね夜は寝る様だ。
クラウドとラウルは報告書に記載した。
彼らは皇帝陛下とルーカスに報告すると言う命を受けていた。
騎士達が自分の芸を披露して会場は爆笑の渦だった。
グレイは……
レティが鼻歌で歌うあの歌を披露した。
ローランド国の酒場で歌われていたあの陽気な歌だ。
留学した経験のある男達は皆が知っていて、グレイと一緒に歌う。
ケインも楽しそうに歌っていた。
この共通語の歌を歌える様になるには……
どれだけあの酒場に通ったのかと思う所だが。
あの酒場は……
少年が大人の扉を開ける、甘酸っぱい思い出の場所で。
しかし……
レティも声高らかに歌っている事に皆はショックを受けた。
公爵令嬢が楽しそうに歌っているのだ。
あの酒場は……
男達の秘密のロマンの場なのに。
皆は……
ラウルを見た。
お前が教えたのかと。
「 いや、俺は無実だ 」
ケインだろとラウルはケインを見る。
ケインはレティと一緒に留学をしている。
「 俺も無実です 」
ケインは胸の前で掌をヒラヒラさせた。
これは……
レティが3度目の人生の騎士時代に、レティの20歳の誕生日の時に騎士仲間達がお祝いしてくれた時にグレイが歌った歌だ。
だから……
今生ではその誕生日のお祝いが無かった事から、留学経験の無いサンデーやロン、ケチャップ達は知らない歌である。
そして……
グレイは音を外す。
レティと同じ場所で。
グレイなのか!?
ラウル、エドガー、レオナルドが、レティに教えた犯人はグレイだったのかと顔を見合わせている。
しかし……何時?
レティの前では何時も騎士然としているグレイが、この歌をレティに教えるとも思えない。
皆の謎は深まるのであった。
しかし……
レティのループを知っているアルベルトは複雑だった。
間違いない。
レティにこの歌を教えたのはレティの3度目の人生でのグレイだ。
アルベルトはどうしようも無い嫉妬心が沸き上がる。
レティの3度目の人生では……
グレイが彼女の側にいた事実をアルベルトに突き付ける。
レティは俺の事を好きだったと言っていたが。
架空の存在の様な俺よりも……
常に側にいたグレイを好きだったんだろう。
ルーカスが2人を結婚させるつもりだったのだ。
きっと……
レティの16歳のデビュタントで2人が踊った時から、グレイは将来自分の妻になる女性としてレティを見ていたに違いない。
今の俺の様に……
グレイにとってのレティがどんなに愛しい存在だったのかと思うと……
どれ程の愛情を持ってレティに接していたのかと想像したら……
嫉妬のあまりに胸が張り裂けそうになっていた。
宴会はダンサーイザベラが踊る事になって会場は大盛り上がりだ。
「 アタシはね、お金を払って貰わないと踊らないんだけれども……今夜は大サービスだよ 」
イザベラはプロのダンサーである。
会場の盛り上げ方はピカ一で、騎士達はピーピーと指笛を鳴らして大歓声を送る。
楽士達はいないが宿屋にはバイオリンや笛、タンバリンなどの楽器が置いてあり、皆はそれを鳴らしたり吹いたりしながらイザベラのダンスに盛り上がっている。
すると……
レオナルドがイザベラの手を取り即効でダンスを踊る。
遊び人レオナルドはこんな場所には慣れていて。
2人で妖艶なダンスを踊る。
横ではロンとケチャップが踊り出して……
会場は大爆笑だ。
基本は騎士達は皆が遊び人である。
厳しい任務だから……
癒しを求めて酒場や色んな色街で遊ぶのだ。
レティも楽しそうに手拍子をしている。
バイオリンもあったから、アルベルトもバイオリンを弾こうとしたら……
レティが目からボロボロと涙を溢していた。
楽しそうに笑いながらも。
「 レティ!? どうしたの? 」
「 えっ? どうもしないわよ 」
楽しいわと笑っているが……
やはり目からはボロボロと涙が溢れている。
「 泣いているじゃないか! 」
「 泣いてる? 」
レティは自分が泣いている事に気が付いていない様だ。
「 レティ……おいで…… 」
アルベルトはそっと会場からレティを連れ出した。
楽しく盛り上がっているクラウドに、席を外すと目配せをして。
部屋に連れて行くと……
アルベルトはレティをソファーに座らせ、レティの前に跪いた。
頬に手をやり親指で彼女の涙を拭う。
「 どうした? 何か思い出したのか? 」
レティは20歳の誕生日からはこうして不安定になる事が多い。
「 楽しかったの 」
レティは更に涙を溢す。
6年前のこの夜は……
寒い闇夜の中を馬に乗り駆けていたのだと。
皆が笑っている今宵が楽しくて……
6年前……
昨夜の深夜に急遽皇宮に招集を掛けられた。
皇太子殿下に護衛を就けるまでも無く、皇帝陛下の命のままに出立した事から余程の緊急事態だと言う事は分かった。
勿論、グレイ達がいるから大丈夫なのだが……
先ずは弓騎兵を出発させ、直ぐに応援部隊を出陣させる手筈だった。
皇太子を先頭に10人の弓騎兵が皇宮を発った。
皇帝陛下の側には宰相ルーカスがいた。
レティに招集が掛かる前に、ルーカスは既に登城していたのだった。
一体どんな思いで最愛の娘を戦場に送り出したのか……
今では誰も知る事は出来ないが。
一昼夜馬で駆け抜け、到着したのは2日後の早朝だった。
「 だから……今……あの時の私は……暗い夜道を馬で駆けているの…… 」
アルベルトはレティを抱き締めた。
くだらない嫉妬なんかしてる場合では無い。
レティは……
こんなにも辛い経験をしていたのだから。
「 6年前の今は……私は死に向かって駆けていたのだわ 」
そう言ってレティは目を伏せた。
肩を少し震えさせて。
「 大丈夫。今は僕がいるよ 」
アルベルトはそう言って……
レティの小さな背中をその大きな掌で優しく撫でた。
レティはアルベルトの肩に自分の額をコテンと寄せて。
「 ねぇ、レティ……僕も居たんだよね? 」
アルベルトはレティの頬を持ち上げて瞳を合わせた。
レティのピンクバイオレットの綺麗な瞳に、黄金の髪に、アイスブルーの瞳が映る。
「 僕も君と一緒に……夜道を駆けて行ったんだよね? 」
少なくとも……
あの時の自分がレティと同じ時を過ごしていた事に安堵する。
「 じゃあ、その時僕は君に恋した筈だ 」
こんなに可愛い子と一昼夜一緒にいて、好きにならない訳が無いよとアルベルトは言う。
「 ? 」
レティはアルベルトの逞しい胸をトンと押した。
「 殿下には婚約者の王女様がいるのに? 」
「 えっ!? 」
そうだった。
レティの3度の人生での俺は王女と婚約していたんだっけ。
「 アルって不謹慎だわ 」
「 いや、違う……待って……俺じゃ無いし…… 」
「 アルの浮気者! 」
慌てるアルベルトにレティがプンスカ怒り出した。
その後……
甘い言葉や愛を囁いて、必死でレティをなだめて仲直りをした。
仲直りのキスもしてくれて……
しかし……
寝る時は、2人の間に魔除け人形を入れられてしまった。
昨夜も3人で寝たが……
それでもレティが真ん中で……
レティを抱き締めて眠りに付いたのだが。
そもそも……
何で俺は叱られているのだ?と思うアルベルトだった。
冷たくて寒い夜だった。
6年前のアルベルト皇太子殿下と10人の弓騎兵達は……
確かにこの夜……
馬で掛け抜けて行ったのだ。
暗い夜道を……
只ひたすらに。